デートの約束が決行されたのは三日後だった。
 自分だと一目では分からないような格好になってくるので、ゼルガディスさんはセイルーン城門前で待っていてください! とアメリアから言われたので、俺は兵士の邪魔にならないよう少し離れたところから彼女を待っている。
 のんびり人々が行き交う城下町のほうを眺めているとゼルガディスさん、と声をかけられたので振り返った。

「お待たせしました!」

 一瞬、誰なのかと目を見張った。
 そこにいたアメリアはいつもお団子に結わえている髪を下ろし、若い町娘のような服装をしていた。淡いピンクのワンピースにカーディガンを羽織る姿はドレスよりも実年齢に近く見せる。
 変装という変装ではないものの、確かにこれならば一瞬見ただけでは直ぐにアメリアだと分からないかもしれない。国民はいつものお団子頭にドレスの姿を印象に持っており、それが崩されるというだけで意外と分からなくなるものだ。
 そんな風に彼女を凝視していた俺を不審に思ったのか、アメリアはいつもの白い魔道服に身を包んだ俺の表情を覗き込んできた。

「どうかしましたか?」

「い、いや。なんでもない」

 なぜだか動揺しつつ彼女の何気ない言葉に答えた。
 とたんに、この着慣れた白い魔道服が場違いなものに思える。
 そんな俺の行動はアメリアにも不審なものに思えたらしく、彼女は変なゼルガディスさんと呟いていた。

「あ、ところでどこに行くか決めています?」

 話題を切り替えるように聞いてきた内容は、デートというものに誘われたのであれば当たり前に聞くことであろうものだった。
 が、俺はその問いに対する色よい答えを持っていない。
 なのでどう答えたらよいだろう、と沈黙するとアメリアは俺の表情を見て何を思ったのかにこっと微笑んだ。

「ゼルガディスさんのことだからきっと考えていないだろうと思っていたので、問題ないですよ。わたしの行きたいところでいいですか?」

「ああ。……アンタの休日だしな」

「よかった。じゃあ、いきましょう! 開演時間迫ってきていますしっ」

 開演時間、ということは演劇か何かだろうかと思いながら、俺を急かしつつ歩くアメリアの後を追った。


 デートと称し城下町へ繰り出した俺達は、なぜだか声を張り上げる子供達の中にいた。
 隣にいるアメリアも、そこで正義の鉄拳です! と熱く叫びながら拳を天に向かって掲げている。
 そんな子供達とアメリアの視線の先にあるのは、ステージである。聖戦士セイレンジャーという子供達に大人気の正義の五人組……らしい。そう彼女が熱弁していた。
 ステージ上ではどうやら終盤らしく、彼らの必殺技"スィーフィード・ボンバー"が敵に向かって繰り出され、不気味な姿をした敵が断末魔をあげながら派手に倒れていく。
 正義がうんたらかんたら〜と口上を述べ、終わると共に爆発系呪文の変形か大きな爆発音と共にピンクやら緑やらの煙が表れると共に子供達の歓声が大きくなった。無論、アメリアの歓声も。

「……これって、ふつーのデートに来る場所か……?」

 そんな俺の常識的な言葉はその大きな歓声に潰されて、消える。
 ステージが終了し子供達が親に連れられ帰る中、アメリアは満足そうにぐっと体を伸ばした。

「いやー、やっぱり正義が勝つって気持ちいいですねっ!」

「いまいち何が面白いのか分からんが」

 正直な感想を述べると、アメリアはびしっと俺の鼻に向けて人差し指を突きつけた。

「ゼルガディスさん、正義の行動が分からないなんて悪の道まっしぐらですよっ! 駄目です、それは矯正していかないとっ」

「いや、戦隊ものの魅力が分からなくとも悪の道にひた走ることはないと思うが」

 まっとうな意見を述べると、むぅとアメリアは唇を尖らせて不満げに視線を落とした。
 その表情や、この戦隊ものを見ているアメリアの表情は再開してから見せていた大人びたものではなく、以前リナ達と旅していた頃に見せていたものだったので、まぁいいかと口角を緩めた。
 今のセイルーン城で見せるアメリアも彼女らしい一面だと思うが、こうして無邪気に笑っているアメリアは本当に楽しそうだから。
 彼女は俺の表情を見て、なぜか驚いたような目をしていた。
 そうしながら、アメリアは目を細めて口角を引き上げる。
 不意に流れた雰囲気がなんだか慣れぬもので、俺は彼女に話を切り出した。

「ところで、アンタは今でもこういった子供向けの劇を見に来るのか?」

「ええ、時折ですけど。アズリエルがちっちゃい頃は彼も連れてきて見ていたんですが、近頃なんだかアズってばつれないんですよ。わたしなんか、小さい頃に見た正義伝承歌の劇に感動してこんな風に国を動かしたいと思ったのに」

 王女の国を動かす理念の源が子供向けの劇とは、どういった方向に進むのか見物であるセイルーン聖王国。
 いや、もうすでに賽は投げられているのだが。

「……アズリエルは大人びているからな。劇を見ているより政の勉強をしたいんだろう」

「えー。劇を見ることだって立派な政の勉強です。わたしなんか、こういった正義が勝つ劇を見るたび国政に対する原点を見直しているんですから」

「アンタの場合は激しく特殊なだけだ」

 普通は自分の国政に対する理念を再確認するための材料として、子供向けのヒーロー劇を持ってこない。そこがアメリアがアメリアたる所以といえばそうであるのだろうが。
 そんな俺の言葉にそうですかねー、と不思議そうに首をひねるがその話題は唐突に幕引きをした。
 ぐうと鳴った彼女の腹の音によって。

「飯の時間か」

「うう、人の腹の音で時間を確認しないでください」

 すねたように視線を落としお腹に手を当てそう言うアメリアを見ながら、これはデートと称するものだから少しは俺がリードしたほうがよいのだろうかと最近見始めた恋愛小説の内容を思い出しつつ、近くで食べたことのある美味しい料理屋を脳内で数点ピックアップした。

「じゃあ、食べにいくか。近くに美味しいゼフィーリア料理を出す店がある」

「へぇ、ゼフィーリア料理ですかぁ。そんなところあったんですね、知りませんでした」

「つい最近出来たらしいからな。……案内する」

「お願いします」

 そう言ったアメリアは手を俺のほうへ差し出した。
 その意図が分からずに首をひねる。
 すると、彼女は俺の行動を呼んでいたのかくすりと笑い、言った。

「デートなんですから、カップルらしく手を繋ぎましょう?」

 ああ、そういうことかと気がつくと俺は彼女の手を取り離れないようにと、指と指を絡ませる。
 アメリアは少し驚いたような表情で俺を見たが、嬉しげに微笑むとじゃあ行きましょう、と俺を見上げて料理屋へ促したのだった。

 料理屋で食事を済ませると、アメリアのリクエストによりショッピングに付き合った。一般的服が欲しかったらしく、流行の形を豪快に買っては荷物を増やしていく。
 洋服の色はどっちがいいですか? とかこれどうですか? などという半分確認の意味合いを含んだ質問に適当な相槌をこなしつつ(適当すぎます、と怒られたが)、直ぐに持ち帰る分の荷物を片手に持ちながらもう片手はアメリアの手を離さぬまま、店を数件回り彼女の年相応な笑顔を見ていた。
 そうするうちに、東にあった太陽は西へ暮れていき。
 彼女のわずかな休日は終わりを告げようしていた。

「あー、楽しかった!」

 セイルーン城へ帰る道の途中、彼女は満足そうにそう言った。

「お買い物に付き合っていただきありがとうございました」

 手を繋いでいたため寄りそう形になっていたので、必然的にアメリアは少し顔を上げてにこりと笑みを浮かべた。
 それは、このデート中よく見せていた無邪気な笑顔で。
 リナたちの前ではともかく、俺と二人っきりになると絶対に見せなかったその笑顔はなぜか表情筋を緩める作用があるようだった。
 きっと今も、彼女の笑顔を見て俺の口元は緩んでいるだろう。

「いや、たまの休みを俺のせいで潰してしまったようなものだからな。楽しかったのならそれでいい」

「潰したなんてそんな! ゼルガディスさんとこうしてデートすることはわたしにとって有意義で楽しい時間なんですよ? 楽しいのは当たり前です」

 言葉に添えられた笑顔は、なぜだか俺の心臓を打ち鳴らす。
 何かの病気のように痛くなる胸に訳が分からず、きゅっと指を握り締めるとアメリアの細く長い指を締め付けて存在を明確にした。

「……ゼルガディスさん?」

 アメリアは不思議そうに俺の顔を覗く。
 しかし、なぜこのような行動に出たのかまるで分からない俺は、とりあえず握り締めアメリアの指を圧迫していた手の力を抜いた。

「なんでもない」

 なんでもなくはないのだけれど、なぜだか感じたそのままを言うのはためらわれてそっけなく呟くと、夕日に照らされてオレンジに輝くセイルーン城を見る。
 見たとたん、繋がれた指と指はどちらからともなく外されて、アメリアにとってのつかの間の休日は終わった。



      >>20090326 少しは恋愛小説らしくなってきました。



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