グリア王国の第三王子が訪問する予定日の三日前、俺はゴーストライターとして仕事内容の打ち合わせすべくアメリアの執務室隣にある休憩室にいた。
というのも、執務室は基本的に彼女一人が使うべく家具が配置されているため打ち合わせの場合はこちらのほうが向かいあわせで書類を広げて意見を交わせるためである。
「じゃあ、とりあえずは前年の予算構成比を参考にしながら独自に来年度の予算編成を組んでみればいいんだな?」
「ええ。無駄な予算の削り方や逆に必要な予算のアイディアがあればメモでも何でもいいので、書いてみてくださいね。参考にしたいので」
「分かった。グリア王国の第三王子が帰るころまでに作っておく」
「よろしくお願いします」
話がまとまったところで、広げられた参考資料をまとめつつそういえば、と俺はアメリアに聞いた。
「そういえば、防衛に関する新法って成立したのか?」
「まだ、国会に提出されたところですね。議論してから可決ですのでもう少し時間はかかりますけど、防衛大臣は国民の信頼も厚いですし、今回の新法は有事における軍隊に属する人々の保障について具体的かつかなり保障された内容で世論の評価は良く、通る確率はかなり高いと思います。あ、こんなに質の高い法案になったのはゼルガディスさんのおかげだって、防衛大臣すごく喜んでいましたよ」
成立まで遠そうな言葉にそれはそうか、と納得した。
防衛大臣から見せられた原案は俺が手直しするところなんてないぐらい理想と現実の調和がなされている素晴らしく、さすがは国民から支持される大臣だなと有能さに唸ったほどで。
だから直ぐに成立すると思っていたし、そう思っていたからこそ新法を成立させるための時間など排除してしまっていたのだ。
そんな素晴らしい原案を作り出した防衛大臣に褒められる要素などまったくないぐらいなのだ、手直しなんてほとんどしていないに等しいのだから。
「二〜三言いっただけで褒められるようなことはなにもしていないんだがな。あの人も人をおだてるのが得意なようだ」
まとめた書類を封筒に入れながらそう呟くと、アメリアが言った。
「防衛大臣曰く、その二〜三言がいいんだそうですよ。周りの人に見せても絶賛の言葉だけで何も意見をくれないからって」
「有能っていうのも貪欲で大変なものだな」
「こちらとしてはその貪欲な有能さに助けられていますけどね」
くすくすと楽しげに彼女は笑った。
俺も封筒に書類を全部いれながら、口角が緩むのを感じる。
そうしながら次の行動はどうしようかとアメリアを見ようとした瞬間、大きな音が執務室側の扉から響いた。
「アメリアさんっ!」
音と声で反射的にそちらを見ると、そこに居たのは見たことのない男だった。
金色の癖のない短髪に同じく金色の目。ごてごてした装飾がなされている服は、素材は良いものであるが成金趣味に近いセンスである。顔立ちは悪くはないが別段いいともいえないだろう。印象的なのは口の端の右側上あたりにある黒子、であろうか。
そう姿を認識し、アメリアのほうを見ると笑顔であったが彼女にしては珍しく表情を強張らせていた。
「クティオリレス様」
その名は、先ほどから話題に上がっていたセイルーン聖王国に訪問するというグリア王国王家三男坊のものであった。
「お久しぶりですね、アメリアさんっ! 貴方に会えない日々が辛すぎて早めに来てしまいました」
「……そうですか」
愛想笑いで相槌を打つアメリアを見る限りクティオリレスは彼女に良い印象を与えていないようだったが、本人はそんなアメリアの様子に気がついていないのか上機嫌な様子でにこにこと笑っている。
そこへ、ばんっと直接廊下に繋がるほうの扉が開かれ、二人の男が居た。
一人はクティオリレスの部下なのだろうか、記憶上にあるグリア王国の文様が彫られた止め具でマントを着込み、胸甲冑を着て剣をさしている男が感情を映し出さない緑の目でこちらを見ている。
もう一人は、セイルーンで支給されている文官の制服を着た男(俺の記憶にないところを見ると対外に対して配置されている部下なのだろう)が慌てているのか息を荒げながら言葉を発した。
「アメリア様、すみませんっ。私の力不足でっ……」
先を続けようとする文官に対し、アメリアは言葉を重ねることで文官の言葉を制した。
「構いません。けれど、ここではクティオリレス様の応対にはふさわしくありませんので侍従のものへ応接間の体裁を整えるよう知らせておいて下さい」
「それは、指示を出しておくよう命令しておきましたので、もう体裁は整えられているかと」
「ならば貴方が謝ることなどありません。……クティオリレス様、ここはわたしの執務室。貴方様のお出でいただいてよい場所ではございませんので移動しますが、よろしいですか?」
「もちろん。僕もこんなところに長く居る趣味はない」
ふんぞり返ってさも当然と言うように述べるクティオリレスは、自身で乗り込んできたというのに横暴である。
しかし、友好国の王子に対してぞんざいな振る舞いをすることも出来ないのだろう、アメリアは少しばかり顔を顰める程度に留まり、駆けつけた文官に更なる命令をくだした。
「専門外の仕事で申し訳ありませんが、クティオリレス様を応接間まで案内してください」
「アメリアさんが一緒に来ればいいじゃないか」
はい、と肯定の返事をしようとする文官よりも先にクティオリレスはさも不満げにそう述べた。
そんな彼に、アメリアは困ったように微笑む。
「すみませんが、友人と話をしていたので彼に謝罪せねばなりませんし、貴方がいらっしゃったのでスケジュール変更を部下に告げなくてもいけません。そのお時間を少しいただきたいのです」
俺を部下、ではなく友人と述べたのはアメリアの配慮なのだろう。
居候としてセイルーン城に滞在している俺はゴシップ誌に存在をかかれる程度には民衆に存在を知られているし、ゴーストライター的な存在として彼女の仕事に茶々を入れているが、俺の存在はあくまでゴーストライター的なものであり、存在を(特に彼女の仕事に関わる部分においては)出すつもりはない。
余生とも違うが、今はのんびりと何かに追われることなく暮らしたいのである。
その辺りを理解しているアメリアは、だから友人というもう一つの面を出すことによってぼかしたのだろう。
……今回は見事に失敗しているようだったが。
「友人?」
呟き、俺の存在に気がついたかのように睨みつけるクティオリレスの表情は明らかに敵意で満ちていたから。
しかし、たかだか一国の王子ごときの敵意などたかが知れている。フィルさんならばともかく、別段気にすることなくアメリアの言葉に返事をした。
「俺は気にすることない。では、これで失礼する」
これ以上俺がいてもなんの得もないだろうと二人の脇をすり抜け廊下に出て、廊下でこちらの動向を見ていた鋭い緑の目をちらりと見つつ執務室から遠ざかった。
>>20090401
今頃登場オリキャラです。
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