それから更に数日が経過したもののクティオリレスが国に帰るそぶりは一切なく、俺も若干違う生活を余儀なくされていた。
 それ自体はどうでもいいのだが、一つだけ問題がある。
 アズリエルから出されている宿題だ。
 俺が、今後アメリアを女性として見る可能性があるのか。
 他者の気持ちはもちろん、自分の気持ちすらよく分かっていないのに一人で考えていたって堂々巡りを繰り返すだけなので、本当はアメリアに会って一緒に居る時間をなるべく作りたいのだ。
 感情というものは行動して分かるものなのだと、フィルさんが言っていたので。
 まぁ、アメリアとろくに会えないままタイムリミットが来て結論を出さなくてはいけなくなったとしても、それは俺に用意された一つの人生なのだからしょうがないことなのかもしれないが。
 そういえば、その期限を握っている白蛇の進行状況はどうなのだろうか?
 切羽詰ってやることもないので、白蛇のところへ行こうかと歩を進める。
 と、その廊下途中でアズリエルに会った。

「アズリエル」

 俺は、彼ならば白蛇がどのくらい呪文の開発を進めているのか知っているのではないかと呼び止めた。
 アズリエルは不思議そうに俺の元へ来る。

「……お久しぶり、ですよね? お兄さん」

「ああ。グリアの第三王子が来てから行動範囲が狭まれているからな」

「そうですね。母さんには悪いですけど、母さんの案内で城下町へあの人が出かけている今ぐらいしかこうして話することも出来ないでしょうし」

 アズリエルの言葉の通り、今クティオリレスはアメリアと共に視察と称して城下町を歩いている。
 障子に耳あり壁に目ありと言うとおり、アメリアの――ひいてはセイルーン聖王国の評判を落とさないためには俺のような身分不詳の人物と話さなければ手っ取り早く済み、王子という立場のアズリエルはその手っ取り早い方法を採用していた。
 まぁ、俺がアズリエルと同じ立場でも同じ方法を選んでいただろうし、違う立場といえどクティオリレスが俺に対し良い印象を抱いていないことを承知していたので、自ら王家の人物と接触しないようにしていたのだが。
 ともかく、クティオリレスへの愚痴言っていてもしょうがないので本題を切り出した。

「ところで、白蛇の研究は進んでいるか?」

「ええ。僕への人体実験が再度始まりましたから」

 その言葉に、当分はアズリエルを呼ばないと言った白蛇の言葉の適当さ加減がうかがえた。
 まぁ、白蛇は一から十まで適当な人間であるので、彼女の期限や約束に関する言葉を信用するつもりは端からなかったが。
 それにしても、元々ある呪文のアレンジとはいえ随分早い。
 さすが白魔法の腕だけはぴか一なだけある。他はてんで駄目な人間であるけれど。

「そうか、ならアンタの身体の問題も早くに解決しそうだな」

「そうですね。でも、ナーガさんはここに戻ってきていることをどうしても隠しておきたいそうで、僕が頻繁にナーガさんの部屋に行くと外部の人間に下手な勘繰りを与えてしまうといけないから控えめにするって言っていましたけど」

 ふぅん、と相槌を打った。
 まぁ、白蛇がこの国を治めることになったらセイルーンはとりあえずおしまいだと思うので、民にとっては歓迎すべき選択であろう。

「僕も無駄な火種を作るつもりはありませんから、治癒呪文が完成するのは早くてもグリア国王子が帰る頃になるかと思います」

「それは良かった」

 いくら治癒呪文を作る本人がズボラであってもめどがつくことはいいことだ。
 特に、アズリエルの体に関しては俺に責任がある。
 だからほっとして呟くと、アズリエルは少し困ったように目線を斜め下に落とし、決意がついたのかなんなのかぱっと俺の顔を見た。

「……僕が提案した話、もう少し先にしましょうか?」

「アメリアのことか?」

「ええ。グリア国王子が来たのは僕にとって予想外でしたし、そのせいでお兄さんは母さんへの感情を見定めるための機会を失っています。想定外のことに対して対応するのは当然のことでしょう」

 そう述べたアズリエルに対し、俺は首を振り表情筋を動かさぬまま彼の目を見た。
 先ほど出した結論を言うために。

「いや、いい。アメリアに多く会おうが少なく会おうが最終的に決めるのは俺だ。ほとんど会えぬまま結論を迫られても、それは俺の人生なのだろう。アンタが俺みたいななのの遺伝子を引き継いでしまったせいで命の危機を強いられてしまったようにな」

「それとこれとは違います」

「本質は一緒さ」

 さらりと言うと、アズリエルは分からないと言いたげに首をかしげた。
 まぁ、言葉遊びの一環のようなものだから分からなくてもいいと思う。
 俺は不思議そうな表情をするアズリエルに対しふっと口角を緩める。――と、不意に視線を感じ後ろを向いた。

「お兄さん?」

 アズリエルは不思議そうに俺の呼称を呼ぶ。
 視線を感じたというのに、長く続く廊下には何の変化も起きていない。

「気のせいか」

 呟くと俺はアズリエルと一言二言喋り、忙しい彼と別れた。
 それが後々厄介なことを引き起こすとは知らずに。



      >>20091010 フラグ立てましたー。



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