その厄介なことが露呈されたのは、一週間ほど経ってからである。
 突然侍従からアメリアが呼んでいると言われ、まだクティオリレスが帰っていないというのに何の用だと思いながら呼び出された一室に行くと、そこには最近では珍しく苛立ちを押さえきれないのか眉を顰めてたんたんと足を床にたたきつけているアメリアと、ソファに座りながらそれを心配そうに見ているアズリエル、更に困った表情をしているフィルさんがいた。
 そう俺が認識すると同時に、三人の視線が俺の元へ集まる。

「ゼルガディスさん、これ見てください」

 アメリアはそう言い、テーブルに広げられているものを見るよう促した。
 俺は部屋の中に入るとアズリエルの隣に座り、テーブルに広げられているものを覗き込む。
 それはセイルーンスポーツ新聞、略してセイスポのようだった。俺の目に飛び込んできたのはでかでかと書かれた文字と絵で。
 文字は『真相! アズリエル様は犯罪者の息子だった!』というもので、絵は指名手配中にかかれたものであろう合成獣であった頃の俺の人相書きと今の俺の顔が比較対照するように載っていた。
 思わず眉間に皺がよるのを感じながら、俺は詳細を見るために細かい字で書かれた内容を目で追う。
 『アズリエル様の不明とされていた父親は各地で強盗や殺人を繰り返し行い指名手配を受けていたゼルガディス=グレイワーズだということが、我々の独自の調査と真実を伝えようとする投稿者の勇気により判明した。氏は白のゼルガディスという忌み名を持ち部下に指示を出し様々な悪事を繰り返させていた首謀者であると我がセイルーンにおいても指名手配している。一説には赤法師レゾ氏との関連が指摘されているがそれは未確認である。氏がアメリア様と出会ったのはアメリア様が各地を漫遊していたころとされており、アズリエル様が身ごもった時期もアメリア様が漫遊なさっていた頃であるから時期としては一致する。(中略)……このような犯罪者をセイルーン城に居ることを許していいものだろうか。なおかつ、その血を引き継ぐアズリエル様にこのセイルーンを任せていいものだろうか。私は、一セイルーン国民としてセイルーン聖王国の未来を嘆く』
 そう締めくくられた内容は悪意に満ちていたが、大筋は真実だ。
 俺は犯罪者であるし、アズリエルは犯罪者の息子ということになる。

「なんで今更こんな物が出てくるのっ!」

 アメリアは苛立ちを発散するためか、壁にばんっと手をたたきつけた。

「だが、これは真実だ。悪意を感じるけれどな」

「どうしてゼルガディスさんはっ! そんなに冷静でいられるんですかっ」

 淡々と述べた俺に対し、アメリアは声を荒げた。
 そんなこと、分かりきっていることだというのに。

「俺はアンタ達の迷惑になってまでここに居るつもりはない。俺が出て行ってこの騒動が解決するのならば、俺はそうするだけだ」

 俺の言葉にアメリアは顔を伏せ、首を振る。
 その行動が分からず彼女の次の言葉を待ったが、それよりも先に発言したのはフィルさんだった。

「ゼルガディス殿が出て行ってもセイルーン王家の体面は保てるかもしれんが、アズリエルの王としての素質を問う意見はなくならないだろう。これはゼルガディス殿が出て行って解決する問題ではない」

 なるほど、フィルさんの意見は道理であった。
 俺が出て行っても、アズリエルの王としての素質を問う声は消えないだろう。
 そうなれば、恐らくフィルさんもアメリアも国民の声を無視することが出来ないに違いない。二人はセイルーンの平和を望み国民のことを一番に考えているのだから。
 国民の声が強くなってしまえば、少なくともアズリエルを表舞台から降りさせなければいけないし、最悪セイルーンから追放されるだろう。
 そう考えた途端、脳裏にアメリアの表情が浮かぶ。
 それは、旅の最中に見せた苦しげな笑みで。
 俺は歯を喰い締め頭を下げた。

「まったく、ろくなことを考えないなあの王子はっ」

 腹立たしげに当事者であるアズリエルの呟きに俺は顔を上げた。

「こんなに事を荒立てた犯人は分かっているのか?」

 そう問うと、アズリエルは考えるまでもないと肩を竦めた。

「政治的には比較的落ち着いた局面にいて反乱分子は今のところ静かですし、それに付随して国民もセイルーン王家への好感度はいいと思います。お祖父さんの人柄もあるんでしょうけどね。敵国との考えもありますけど、お祖父さんの政策は友好外交ですからさほど敵意を持つこともないでしょう。それに、この新聞の内容」

 視線を落とし、アズリエルは呆れたようにそれを見る。
 そうして、ついっと『犯罪者の息子』と称されている文字を指差した。

「母さんやお祖父さんを陥れるような言葉は少ないですが、僕とお兄さんの悪い部分の事実をわざと強調して書くことによって、国民の感情を僕やお兄さんに敵対するよう煽ろうとしています。お兄さんはともかくとして、僕までついでに追い出そうと考える輩と考えれば、必然的に消去法で僕とお兄さんに居てもらっては困る相手――つまり母さんと結婚し自分が、もしくは自分の子供がセイルーン王家を支配する立場になりたい人でしょう」

「なるほど。だが、それだけで犯人を特定するのは難しいんじゃないか? アメリアと結婚したいと送られてくるお見合い写真は結構な量だし、それらの人々にはセイルーンという巨大な国家をこの手に握りたいと思う感情は少なからずとも含まれると思うが」

 俺の指摘にアズリエルは肩を竦めた。

「まぁ、それはそうですけど。でも、その中でセイルーンに滞在して半年ほどしか経っていないお兄さんの存在を知る人となると限られてきます。お兄さんの存在がセイスポに初めて載ったのはつい最近なんですよ? それぐらい、お兄さんの存在って口外されてなかったんです。まぁ、うちの部下が優秀なことに起因するんですけど」

 うちの部下ってすごいでしょう、とアズリエルは自慢するように笑みを浮かべる。
 確かに半年ほど暮らしているが、セイルーンに勤めるものは皆セイルーン王家に敬意を払っているのか彼らの幸せを願う者達ばかりで、それはセイルーン王家とは何の関係のない滞在者である俺に対する丁寧な対応からも見て取れた。
 故に王家のプライバシーは守られているらしく、世情を見るために読む新聞にはセイルーン王家のことは公式行事や公開しているプライバシーのみが書かれており、スキャンダルなど今回以外見たことがなかった(ちなみに俺が長期滞在していたことは別段秘密にしていたわけではないのでスキャンダルには当たらない)。

「そして、ここ半年ほど母さんが外交で他国に行くことはあっても他の国の人がこちらに来ることはありませんでした。――グリア王国の第三王子以外は」

 あの王子は本当にろくなことをしない、とアズリエルにしては珍しく悪態をついている。
 まぁ、アズリエルはクティオリレスが嫌いだったようなので、今回のことで更に苛立ちが募っているのだろう。

「でも――」

 ぽつりとアメリアが呟いた。

「犯人が分かったからといってこの事態が解決するわけではありません。だって、これは悪意が大いに含まれていますけど、事実ですもの」

 ゼルガディスさんがさっき言ったようにとアメリアは付け足し、困ったように俺を見た。

「わたしには、どう国民を納得させればいいのか思い浮かびません。ゼルガディスさん、なにか良い案はありませんか?」

 俺には押し黙ることしか出来なかった。
 真実を覆すのは不可能だ。――せいぜい真実を真実で覆い隠すぐらいしか出来ることはないのだから。

 部屋を出ると、そこにはクティオリレスと従者だろうか妙に目の鋭い剣士が彼の後ろに控え、居た。

「今日和、アメリアさん。……あれ、君はまだ居たのか?」

 にこやかな笑顔をアメリアに向けたクティオリレスは、俺が居ることなど分かっているのにわざと強調して言う。
 流石に人の感情に疎いと自負する俺でも、それが棘の含んだ言葉だとわかった。
 それでも、返答しないとそれはそれでつっかかってこられるだろうと分かるので端的に返事をする。

「ええ」

「ずうずうしい奴だな。君のことが載っている新聞を見たよ、随分悪いことをしていたようだね。……いや、今もかな?」

 わざとらしく新聞から情報を仕入れたと言ってのけるクティオリレスの表情は満足げである。
 面倒だなと思いながら前に居たアメリアを見ると、なぜだか拳を握り締めていた。その拳は小刻みに震えている。
 彼女の感情を読めない俺は疑問符を浮かべながらも、クティオリレスの会話にそこそこ乗らないと面倒だろうと思い言葉を返した。

「ついさっき、新聞に俺のことが載っているのを知りましたから」

「それは! 身を潜めて生きていかなくてはいけない立場にしては随分情報に疎いようだね。ああ、アズリエル君が居るから自分の身は安泰だとでも思っているのかな? 世間というものは意外と見ているものだよ」

 優位に立っていると思っているのか、クティオリレスは言い聞かせるようにそう述べた。
 どうやら、彼は俺がアズリエルの存在を利用してこの城に居座っているものだと解釈したらしい。あくどい思考回路をしているのはむしろクティオリレスのような気がするが……まぁ、いいか。俺がそう思っていても何かが変わるわけでもない。

「そうですね」

 面倒だし、世間の見解に関しては俺も同意見だったので相槌を打つと、クティオリレスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「そうさ、だから君もさっさと」

「ところで、グリア様は何用でこちらに来られたのですか?」

 彼が最後まで言葉を述べるよりも先に、俺は言葉を重ねた。
 別に最後まで言葉を聞いてもよかったのだが、なぜだかアメリアから殺気のようなものを感じたのでとっさに話題転換をしたのである。
 事実、アメリアの殺気に気がついたクティオリレスの従者らしき剣士は剣に手を掛けていたので。まぁ、クティオリレスはそういったのに疎いようで、まったく無防備だったのだが。
 とにかく、俺が言葉を重ねたことによりクティオリレスの意識は別なほうに向いたようで、ああと呟くとアメリアのほうを見ていた。

「忘れていた。アメリアさん、明日セイルーン王家が出席する城下町での"平和と緑について考える集い"、なるべく行こうと思っています。ああ、でもお忍びで城下町視察ということにしてありますので、僕の席を用意するなどのお気遣いは必要ありませんからね」

 事態を理解していないクティオリレスはにこやかな笑みを浮かべアメリアにそう述べる。
 話が変わったことにより、アメリアの心情も変わったのか拳は依然震えたままだったが、殺気は消えていた。

「――そうですか。わかりました、是非クティオリレス様も来て下さい」

 アメリアがそう述べると、クティオリレスは満足したのかでは、と立ち去る。
 それとともに剣士もクティオリレスの後を追うように歩き、廊下を曲がり二人の背が見えなくなるまで彼らの背中を見ていた。

「あの時感じた視線はあの従者のものだったのかもしれんな」

 呟くと、アメリアに促され廊下に出たアズリエルがああ、と納得していた。



      >>20091019 さて、オチに向かうだけですな。



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