そうして、次の日。
 セイルーン王家(白蛇除く)が出席する"平和と緑について考える集い"に俺もついて来ていた。
 本来、公式行事に関しては俺がついてきても意味がないためこういった場面についてくることはないのだが、今回は特別であった。
 俺の過去が取り上げられアズリエルまでに被害が及んでいる新聞が発売されて、初めての王家正式公務だったため。
 昨日のクティオリレスの言葉ではないが、世間というものは話題が広まるのは早い。悪いものであれば尚更。
 王家のものと一緒に入るのはまずい、ということで久しぶりに白いフードを深くかぶり彼らより少し後に舞台裏に入った。俺が舞台裏に入っても何も言われないのは偏に王家の部下達が優秀で彼らを慕っているためだろう。
 舞台裏に入ると、スタッフが慌しく動いている。
 それは俺が起こしてしまったスキャンダルのせいだろう。警備も厳重になっているらしく、セイルーン城から出るときですらマスコミが押しかけるからと裏手から出ていた。
 となれば、話題の中心になってしまったアズリエルや話題の鍵を握るアメリアが姿を現すこの会場に押しかけるマスメディアや真実を知りたい民衆は、きっとものすごい数になっているはずだ。

「ゼルガディスさん」

 人ごみをとにかく掻き分けて前へ行くと、アメリアに呼び止められた。

「なんだ、アメリア」

「どうして、今日に限って来たんですか? 今の状況ではゼルガディスさんは不愉快になるだけですよ」

「だが、こうなった種をまいたのは俺だ」

 舞台裏という、民衆と壁一枚だけで挟まれた場所において幾重にも重なった声が聞こえる。
 『ゼルガディスという男は本当にアズリエル様と関係があるのか』『アズリエル様はセイルーン王家としてふさわしくないのではないか』『アメリア様は正義を掲げながら犯罪者の子を産んだのか』『なぜ犯罪者がセイルーン城に居ることに対しフィリオネル殿下は何も言わないのか』『我々民衆は王家にだまされたのか』
 それはどれも昨日の新聞にかかれたことに対する疑問や不安や怒りという負の感情ばかりだ。ゼロスが居たら喜びそうである。

「どうにかできるのであれば、俺が決着をつけるべきだろう。それなりの代償をもってして」

「ゼルガディスさんっ?」

 なにも……自身の感情すら不確定で持っていない俺が払える代償など微々たるものだが、それでよければ。
 そう思い舞台袖へ向かって歩き出した俺に対し、アメリアは不安げな声で俺の名を呼んだ。
 けれど、人の波にさえぎられているのか動くこともしないのか行動として止めることはなく。
 俺は、舞台上に出ると司会者らしき人間が持っていた音声拡張魔法がかけられているマイクを奪い取った。
 突然現れた俺の姿に、民衆はどよめきの声を上げる。その中にクティオリレスの従者の鋭い目が居たような気がした。きっとクティオリレスもこの様子を見ているのだろう。
 俺は、彼の思惑通りに動く。俺のことに関しては。

「俺はゼルガディス=グレイワーズ。ここ半年ほどセイルーン城にて居候をさせてもらっているものだ」

 マイクをオンにしそう言うと、『あのセイスポに載った?』『犯罪者じゃん』などと先ほどの訴えとは違うどよめきが起こる。
 しかし、俺はそれを遮るように言葉を続けた。

「新聞に載った内容は尾ひれや故意な悪意を含んだものを除けば、ほぼ事実だ。俺は合成獣となり、大小様々な犯罪を犯した。無論、罪のない人を殺したこともある。何の因果か、今は人間の姿に戻れたがな」

 ふっ、と思わず失笑が洩れる。
 新聞の内容について語ろうとしているのが分かったのか会場は静まり返っており、その失笑すら響き渡った。

「そして遺伝子上、セイルーン聖王国第二王女アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンの息子、アズリエル=ファル=ルグディア=セイルーンの父親に当たる」

 その一言により、静まり返った会場は再度ざわめきに包まれた。
 『アズリエル様の父親が……』『犯罪者の息子が時期王になるのか?』『セイルーン王家は大丈夫なのか?』そんな、当然とも言える言葉が飛び交う。

「――俺は」

 ざわめきを遮る一言で、再度会場は静まる。

「俺は非難を受けて仕方のない人間だ。罵倒や非難は甘んじて受けるし、こうなった以上セイルーン城からも出て行くつもりだ。――だが」

 俺は、少しでも彼らに俺の言葉が通じることを祈りながら、会場に居る民衆一人一人の顔を見るつもりで、言葉を並べた。

「アズリエルには何の罪もない。どうしようもない犯罪者の血を半分引いていたとて、彼がなにか悪いことをしたか? 俺は彼の存在を知って半年しか経っていないから、どういう振る舞いをあなた方の前で見せてきたのか知らないが――アズリエルは俺のようなどうしようもない人間だっただろうか?」

 問いかけに、会場は一際ざわめきを見せた。
 『アズリエル様はそんな方ではないっ』『子供ながらきちんとした考えを持つ素晴らしいお方だ!』『セイルーンの将来を見据え勉学に励みアメリア様を助けていらっしゃるっ!』『我々国民の声にも耳を傾けてくださっているっ』『アズリエル様はセイルーン王家の王子として立派に勤めを果たしていらっしゃるっ』『子供ながら立派な王家の一員だ!』
 重なる声の言葉達は、アズリエルの振る舞いがどのようなものだったのか示していた。
 もっとも、アズリエルは子供にしてはしっかりと理知的に物事を考えていたし、母親の不利になるようなことをしないだろうと今までの行動を見てわかっていたので、国民への対応もきちんとしたものだろうと予測した上で、わざと質問したのであったが。
 その言葉の群れで、更に確信した。
 彼は、この国に居なくてはいけない。
 それを民衆に気付いてもらうため、俺は言葉を重ねる。

「あなた方の言葉から俺が普段見ていた彼の振る舞いから、彼は母親の背を見、母親の力に――セイルーン聖王国の力になろうと幼いながらも尽力したことと思う。そんな彼を、どうしようもない男の血を引いているからといって蔑み悪意の目で見ることだけはどうか、止めて欲しい。俺に言える義理ではないが――俺がこの国から姿を消すことでどうか、アズリエルを偏見のない目で見てやってはくれないだろうか」

 そうして、俺はふかぶかと頭を下げた。
 もし、俺が立ち去るぐらいでアズリエルがこの国に居られるのならば安いものだと思う。半年ほどしか見ていない俺でも彼の国に対する愛情は見て取れたし、王族として責任を持ち国や民衆の暮らしをよくしようという意欲が分かった。
 なにより、彼がいなくなってしまってはアメリアが悲しむだろう。
 彼女はアズリエルが居たから自分でいられたと言っていた。
 そんな相手が自分の元から居なくなってしまえば、感情に疎い俺だって彼女が悲しく感じることぐらい分かる。
 それは嫌だった。
 彼女には、以前旅した時に見た何かに耐えるような大人の表情ではなく、ここで暮らし始めてから見るようになった子供のような満面の笑みで居てほしい。
 なぜそう思うのかは分からないが、この騒動の結末を考えた時にまず浮かんだのがそれだった。
 だからアズリエルのために、そしてアメリアのために頭を垂れ続ける。
 頭を垂れているので、目には分からないものの声と雰囲気で民衆が戸惑っているのが分かった。もうひとつ、何かがあれば国民の感情はどちらかに動くだろう。
 と、かつかつかつと足音が聞こえた。
 それが近づくと共に国民のざわめきは更に大きくなり、その足音が止まるとざわめきは一瞬にして収まる。

「我がセイルーン聖王国の平和と正義を愛する国民達よ」

 その声はこの国の最高権力者であり国王であるフィルさんだった。

「主らにアズリエルの父親について黙っていたことは、謝罪する。主らの暮らしの行く末を左右する国を動かす我ら王族の血筋を気にするのは当たり前のことだ。それが我らのわがままで隠されていたのは国民に対する裏切りと取られても否定しようがない。アズリエルの父親、――彼は凶悪な犯罪を犯した身であるのだから尚更だろうな」

 しかし、と謝罪の後に更なる言葉をフィルさんは続けた。

「その分、ゼルガディス殿は合成獣という人とは違う形になることで罰を受け続けた。異形たるものとなってしまった彼の苦しみは我らには想像の絶するものだっただろう。彼は強さを望んだものの、異形の姿になるのは今の姿を見ても分かるとおり、望んでいなかったのだから」

 悲しげなフィルさんの声音に、会場の雰囲気が変化していく。
 これが国のトップに立つものの力なのだろう。
 フィルさんは更に事実を伝えるかのように力強い声音で言葉を続けた。

「そして、心を入れ替え今は我が国のために尽くしてくれている。諸君らには隠していて申し訳ないのだが、諸外国との災害時における連携方法や先の会議で提出され審議中の国防に関する法律は、このゼルガディス殿のアイディアや意見で生み出されたものだ」

「なっ」

 驚き声を発したが、会場のざわめきに声はかき消されたようだった。
 『連携方法ってレテディウス公国なんて古い国の奴を基盤として作った奴だよな? すげぇマスコミで絶賛してた奴!』『今審議中の国防って軍隊派遣時の本人や家族に対する保障の規定でしょ? すごい画期的だって言っていた奴?』『どっちも奇抜なアイディアだって書いてあったわね』『防衛大臣すごいって思っていたけど、彼があってこその防衛大臣だったのか』『頭が回る人なんだな』『人のこと考えていなくちゃあんなアイディア出せないわよ』
 それらはどれも高評価で、どちらも俺が関わったのはほんのわずかなのになぜだか好転している。……防衛大臣が可哀想だ。あとで謝っておかないと。
 なによりも国民の誤解を解かないとと思いマイクを握るが、それよりも先にフィルさんが声を発していた。

「過去に犯した罪は、罪として受けなければならん。だが、聖王国の民は悔い改めたものを断罪するのか!」

 強い口調のそれに、国民のざわめきは一気になくなる。

「聖王国の民よ! 平和を愛するわしの民たちよ。どうか、ゼルガディス=グレイワーズの更生を見守ってやってはくれんかの」

 フィルさんは柔らかく笑った。
 それが、決め手だった。
 会場の結論は一つにまとまった。――アズリエルの、ひいては俺の存在すらも認めるという一つに。

 国民の激励に頭を下げながら舞台裏に戻ると、嬉しそうに微笑んでいるアメリアとアズリエルが居た。

「一時はどうなることかと思いましたよ、お兄さん」

 一歩前に出てそう声をかけたのはアズリエルだった。

「そうだな。俺だけじゃきっと駄目だった。フィルさんはさすがだな」

「僕のお祖父さんですから」

「まったくだ」

 そう互いに軽口を叩くと、不意にアズリエルが微笑んだ。
 アメリアに似た藍色の瞳で。

「ありがとうございます、お兄さん」

 突然出たのは、俺に対する感謝の言葉で。
 俺は首を振った。

「アンタには何もしてやれなかったどころか迷惑までかけた。これぐらいはすべきだろう」

 俺が父親であったことで、彼は普通の人が親であればしなくてもいい命の危機にあった。しかも、今後も命の危機がある可能性だってあるし、そこまでいかなくとも俺から受け継いでしまった合成獣の遺伝子が表面化する可能性は高い。
 それを考えれば、彼の居場所を守ることぐらいはすべきだろう。
 アメリアの顔が浮かんだことが起爆剤であり、彼の居場所を守ることは下地にある揺るぎない考えであった。

「それでも」

 アズリエルは少し照れくさそうに言った。

「ありがとう、――父さん」

 慣れない言葉に、未だ実感としてない父親としての自分が浮き出て唐突に照れくさくなり、ぽりぽりと頬をかいた。
 その流れで少しアメリアのほうを見ると、笑みを浮かべていた。
 それはきっと母親の笑みだったのだろう。もしくは家族の笑みか。

「しかし一本取られたんじゃないですか、お兄さん」

 そんな空気が照れくさかったのか、唐突な言葉を述べたアズリエルには? と聞き返す。
 彼は気がついていなかったのか、と俺に指摘した。

「お祖父さんがああ言っちゃった手前、お兄さんもう裏でのんびり生活できないですよ。表舞台に出て更生したっていう所を見せないと、お兄さんを引き入れたセイルーン城はもとよりお祖父さんや母さんの評判が悪くなります」

 その言葉は、俺に静かな隠居生活の終わりを告げるものだった。
 そういえばそうか、と額に手を当てた時点で混乱した会場の準備が済んだようで、アズリエルとアメリアがスタッフに呼ばれる。
 俺は、王族として舞台に立つ二人を見送った。
 表舞台に立つこともまた、俺の望みを叶えるための選択だったのだろうと思いながら。



      >>20091024 次で最後ですよ。



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