不変化




 日が暮れ夜になると、やんちゃなヴァルはだんだんこっくりこっくりと舟を漕ぐようになる。早寝早起きという生活習慣は健全な体を作るには欠かせないものなので、私は八時ごろになるとヴァルと一緒に風呂に入り彼の髪や体を洗う。体や髪を洗うといった動作に興味を覚えるヴァルにそれを任せながら、私は危ないことがないように細々と彼にタオルを渡したりお湯をかけてあげたりして助手になるのだった。
 そうして私も体と髪を一緒に洗ってしまうと一緒に湯船につかり歌を歌うように百まで数えると湯船から出る。百まで数えるという行為はまた教育につながるものであり、効率的だなぁと昔から伝統のように続いているそれに先人の知恵を見る(というのは大げさだろうか)。
 うとうととしているヴァルの手を引き(ほぼ寝ているようなら抱き上げ)、籠の中の子を持ち二階の寝室に上がるとベッドサイドに籠を置きヴァルと一緒にベッドの中に入ると、ほぼ九時ぐらいには就寝する。
 と普段は私も朝までぐっすり寝てしまうのだが、今日は彼を寝かしつけてからなんだかホットミルクが飲みたくなったので、起こさないようにベッドから抜け出すと一階に降りて台所でミルクを温めるとマグカップにそれを入れ、ソファに座った。
 温かいミルクが喉を通ると精神が安定したような気がするのは何故だろうか?
 私はそんなことを思いながら、静かな夜の時間を何も考えずに温かなマグカップを持ったままぼぅっとしていた。
 しばらくその状態が続いたのだが、半ば夢見心地できちんと焦点を合わせていない瞳に突然どこにでもあるような神官服が映りこんだ。
 こんな夜に無粋な、とは思うが所詮可燃性有害生ゴミである。生きとし生けるもの全てに備わっているそんな遠慮など端から彼の辞書には存在していなかったのだろう。

「今晩和、フィリアさん」

 いつも通り底の見えない笑顔で彼はにこやかに挨拶をした。
 ホットミルクの温かさを感じながら二階の気配を探ると、静かに眠っているヴァルと卵の子の気配を感じたのでほっとした。どうにも信用できないのは、所詮彼が魔族という種族で正とは正反対の属性を有しているからだろう。

「今晩和、ゼロス。夜分遅くに土足で人の家に上がりこむだなんて無礼もいいところじゃないですか?」

 私も彼に負けないぐらいにこりと微笑んで見せると、歓迎していないのがありありと分かるような声音で言葉を発した。
 しかし、彼は別段気分を損ねるようなこともせず、にこりと人を舐めきったような笑顔を向けた。

「そうですか? 精神体の僕には本来空間という概念は存在しませんし……」

 確かに、精神世界面アストラル・サイドに於いて空間の概念というものは存在しないだろう。彼が瞬間移動を出来るのは、空間の距離を無視して意識した場所に表れることが出来る精神世界面を利用しているからに他ならない。
 ならば、その世界に身を置くことが当たり前である魔族やその他精神体の生き物は空間を余り理解していなくともしょうがないのかもしれない。

「なにより、夜這いをかけるのに礼儀をわきまえる必要などないでしょう?」

 すっといつの間にか私の隣に来ていたゼロスは、にこにこと微笑みながら私の顎に手をかけて唇にキスを落とした。
 途端、ぶん殴りたい気持ちになった。
 別段夜這いという言葉やキスしたこと、そしてその先の行為を匂わせたことに対してはそれほどの怒りを持ってなどいないのだが、彼のいけしゃあしゃあとした態度はやはり私の琴線に触れるには十分だ。もっとも細胞から刻み込まれた魔族に対しての軽蔑や憎しみの感情もそれを助長しているのだろうが。
 ならば、何故私はやすやすと彼に抱かれる? 細胞に刻まれた存在意義すらも無視して。

「――せめて、ホットミルクのうちに全部飲ませてくれません?」

 けれど、出てくる言葉は彼を許容するものばかりだ。
 ああ、そんなにも恋心という奴は寛容な感情なのだろうか?
 生物としての存在意義を無視できる程度には。

「嫌です……と言ったら?」

 ぼんやりと事象についての考察している私にゼロスは変わらぬ底の見えない笑みを浮かべながら、まだミルクが入ったマグカップを私の手から引き離しことりとテーブルの上に置いた。
 ああ、冷えたホットミルクなんて飲みたくないのに。

「生理現象でもないのに、性急に私を抱きたいだなんて言う目の前の獣神官を笑うわ」

 そう言って口角に笑みを添えると、ゼロスはそのまま私の体をゆったりとソファに倒した。
 すると、明かりをともしていたランプが一斉に消え、目を凝らして彼を見ると普段めったに見ることが出来ない紫紺の黒目を見ることが出来た。

「本当に貴方は無茶で無謀な黄金竜の巫女だ」

 分かっているくせに、と彼の落とした唇を受け止めながら思った。
 緩やかに手袋をはめたままの手が私のパジャマを剥ぎ取ろうとボタンをはずしていく。
 タータンチェック柄の可愛いけれど色気という点では程遠いそれは、私の身を守ることはせずにさらりと素肌をさらした。彼と関係を持ったのは確か半年ほど前だったので既に情交の痕はなくなって、ただ白い肌が現れる。

「まったく、子供を生んだとは到底思えない身体ですね」

 そうかしら? と私は彼の問いに肩を竦めた。
 まだ彼に対して身体をさらすことに抵抗はあるが、それほど強い羞恥心を感じなくなった。慣れというものは時に恐ろしいものだ。
 ゆっくりと首筋に顔を埋めた彼はまるで吸血鬼のように首筋をぺちゃりと舐め、吸う。
 ただの首だというのにひくりと身体が震え、柔らかな痺れと情交へ突入する密やかで濃密な雰囲気が私を包み込む。
 つぅっと何かを辿るように舐め、時折立ち止まり肌を吸い上げるということを繰り返しながら徐々に南下していく。それに呼応するように私の息も徐々に乱れていった。

「そういえば、竜というものは母乳で育てるのではないのですか?」

 丁度唇が乳房にたどり着こうかという時、ゼロスは唐突に疑問を呈した。

「いいえ。本来私達の姿はこれではありませんから……っん」

 質問に答えると同時にゼロスは乳首をちゅうっと吸い上げた。
 そうしながら、左手を余っていた左側の乳房に添え軽く揺さぶる。
 強い性感帯の其処を嬲られるとさすがに息を乱すことしか出来ず、甘い喘ぎ声を上げることはないがくぐもった声を発しながら息を更に荒げていた。

「なるほど。僕はなんとなくカモノハシのようなものではないかと思っていましたが」

 カモノハシ――単孔目カモノハシ科の原始的な哺乳類。体長約四五センチ、尾長約一五センチ。鴨に似たくちばしをもち、体は太く黒褐色、四肢は短く、足に水かきが発達。尾は扁平。河川の堤に長い穴を掘って住み、卵を産み、孵化した子は乳で育てる。
 と知識を手繰り寄せてみて、なるほど確かにゼロスの想像したとおりであればかなりカモノハシににているのかもしれない。と思った。

「もっとも、貴女がた竜は哺乳類ではなく爬虫類に分類されるでしょうけどね」

 にこりと笑って見せて、べろんと乳首を舐めた。
 情事とは思えないほど甘くないやりとりである。もっとも、甘さを求めた時点でゼロスが滅する勢いに到達するであろうが。

「私達は爬虫類ではありませんっ」

 息を荒げ(恐らく赤い顔で)強い口調で反論をする。トカゲ辺りと間違われてはたまったものじゃあない。

「ま、確かに今の擬態で爬虫類にはとても見えませんけどね」

 そう言いながら、乳房に飽きたとばかりにお腹の辺りに舌を這わせたゼロスは手を臀部にさ迷わせた。
 なんだか痴漢をされているような気がして、激しく気分が悪い。
 しかし、気分が悪いのはあくまで気持ち上の問題であり既に熱を上げさせられた身体はゆったりと撫でる痴漢のような手にすらもほんの少し痺れのような感覚を脳に伝達していた。

「貴方だって黒い錐にはとても見えないですよ、その擬態では」

 荒い息を吐きながら憎まれ口を叩くとゼロスは面白いと言わんばかりに口角を上げて、どこか気持ちの悪い仮面のような笑みを見せた。
 そうしながら私がまだ履いていたズボンの中に手を潜らせると、太ももを撫で上げながら前のほうに移動させた。
 びくびくっと生理反応から身体を震わせると、ゼロスは臍の中に舌を入れいじくるように舌を動かした。

「まったく奇妙なものですね。擬態同士の戯れとはいえ、貴方は本来敵である僕に対し性的欲求を感じているのですから」

 種族すらも違うのですから、本来性的欲求など感じないはずなのですけどね。と言葉を続けたゼロスは確かめるように太ももの間に手を入れパンティの上から今までの愛撫で多少濡れてしまっている其処を撫でた。
 どこかじれったような、けれど本質に触れたようなその行動に私はぴくんっと身体を揺らしていた。
 本来、生殖行為というものは種を保存するために用いられる本能なのだから、他種族に起用されることはあまりない。人間がゴブリンを見て性的欲求を覚えないのは種の保存が出来ないという理由に尽きるからだろう。
 目の前の獣神官は元々種の保存という本能が存在しないので、食事のためにはどんな種族とも(好みはあるだろうが)性行為を持つことは出来るのだろう。しかし、私は黄金竜だ。生きとし生けるもので種の保存という本能が存在している。だから普段は広い範囲での竜(それは古代竜や黒竜など竜という名のつく種族だ)に対し性的欲求を持つことが出来るが、目の前の魔族に性的欲求を持つことは出来ないはずだ。
 何故なら、彼とは本来種の保存が出来ないのだから。
 でも、それが出来るのは――確率としてはかなり低いが子を成すことができるため?

「何を考えているのですか、フィリアさん? 少しはこちらに集中してほしいものですが」

 どこか冷静な頭で考えていた私ははっとゼロスの顔を見る。
 彼は少し不愉快そうに目を細め、しかし口元には笑顔を携えたまま私を見ていた。

「なら、集中させてください」

 挑戦的に微笑むと、ゼロスは目を開いてまるで日の高さによって目が移り変わる猫の昼間に見せる黒目のような紫紺の目を開いて、真っ直ぐ私を見ていた。

「それもそうですね」

 そして彼はパンティごとパジャマのズボンを下ろしてしまった。
 私は裸だというのに、ゼロスは対照的にきっちり服を着込んでいる。その差が温度の差を如実に現しているような気がした。例え、彼が魔族で於ける最大限の愛情を示しても種の本能を私以上に逆らえない彼の温度は、私が彼を恋仲として求める感情よりかなり低いのだろう。
 いつの間に手袋を脱いだのだろうか? ゆっくりと膣内に入り込む指を感じながら、一時の戯れですら溶け合うことなど出来ないだろうなとどこかで聞いた恋歌の歌詞を虚像だと否定しながら、身にまとう神官服が妙に気に食わなくなって手を伸ばすと襟元にある飾りに手を掛けた。

「フィリアさん?」

「貴方だけ服を着ているなんて理不尽でしょう?」

 不思議そうに名前を呼ぶ彼に、息を荒げながらも変わらぬ声音で言った。
 それで納得がいったのか、ゼロスはにこりと能面のような笑顔を見せた。

「どうぞ好き勝手に脱がせていいですよ」

 あくまで私に任せるというニュアンスを含ませるゼロスに、分かりすぎるといえば分かりすぎる性感帯を弄られていた私は息を荒げ、手を震わせながらもゆっくりとその飾りを外し、肩にかかるマントをぐっと引っ張って外す。
 中に来ている徳利襟型長袖シャツの胴体部分を左右から引っ張って上げてみるが、さすがに腕が邪魔をして脱がすことが出来ない。寧ろ中途半端にまったく日に焼けていない色白の腹が見えて笑えるだけである。
 それでも無理だと分かっていながらぐいぐいとオフホワイトの長袖シャツを引っ張り上げた。
 そんな私の行動にゼロスはやや呆れたようにため息をつき、膣に入れていた指を抜いた。
 思わずため息が漏れる。

「無駄なところ強情ですね」

「無駄なところだったつもりはありませんけどね」

 ゼロスは自ら中に来ていたオフホワイトの長袖シャツを脱ぎ捨てる。
 色白なのに程よく筋肉のついた身体が月明かりの下にさらされた。もっとも筋肉云々は擬態である彼にとっては作ることなど簡単なのだろうけど。
 ついでだからと言わんばかりの勢いで、ズボンとパンツも脱いでしまうと彼も真裸になった。
 もっとも彼にとって裸になる意味などまったくないのかもしれないが。
 そうして、ゼロスは私の片足を掴んで自らの肩にかけた。こういうとき身体が硬く無くてよかったなぁとか別段意味のないことを考えてみたりした。

「貴方は本当に強情だ」

 ふっと目を細めたゼロスの表情は今までの仮面のような笑みではなく――上手くは言えないが、どこか感情を持った生きとし生けるもののような笑みを私に向けていた。



      >>20061115 カモノハシの説明的な記述はネットの大手検索サイトから調べました。



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