不変化




 今日は火曜日なので、店番のほうはジラスさんとグラボスさんに任せている。
 丁度食料品を買い出したいと思っていたので、ヴァルと公園に行ってから買い物をして戻ってきますので一時間ほどお願いします、と彼らに言うと快く承知してくれた。
 何故そんなことを言ったかというと、ずっと家の庭で遊ぶというのもつまらないだろう、と思ったためである。もっとも木曜日の定住日にはかなりの頻度を皆で出かけているのだけれど。
 公園に着くと誰も居らず、少し残念に思った。人とは時の流れが違うといえど幼児期に感じることはほとんど大差がない。私やジラスさん、グラボスさんという大人としか遊ぶ機会がないヴァルにとって、同世代の子供たちと遊ぶことは感情を豊かにし人間関係(竜関係?)を学ぶ素晴らしい機会なのに。
 しかし、タイミングが悪かったものはしょうがない。

「ヴァル、何をして遊びましょうか?」

 問いかける私にヴァルはとても嬉しそうににこーっと笑った。
 ブランコを押してあげたり滑り台を一緒に滑ったりと遊具で一通り遊んだ後、私たちは砂場でトンネルを作ることにした。
 私がバケツを持ってくると、ヴァルは小さな手で水を含ませた砂をぎゅっぎゅっと押し付けてこんもりと小さな山を作り上げる。
 正反対の位置に私が座ると、一緒にとゆっくり山を崩さないように砂をかき出し小さなトンネルが出来上がっていく。
 そのうちに私と小さなヴァルの手が触れ、ヴァルは嬉しそうにぎゅっと私の手を掴んだ。

「トンネルかいつうー!」

 ばっと顔を上げたヴァルの顔には砂が少しついていたが、それでもとても嬉しそうなヴァルの表情に私の頬も緩んだ。こんな、ほんの些細なことが前世のヴァル=ガーヴが父母に受けた愛情と同じであればとても嬉しい、と思いながら。

「まるで、本物の親子のようだ」

 届いた無粋な声にゆらりと黒く蠢く魔力が意思を持って動き始め、私の感情が低く冷えていくのを感じる。
 無粋な声が人間であれば私は威嚇して(このような言葉を発する人間なぞ変人に違いない)逃げ出すように仕組むだけなのだが、その声が届いた瞬間から感じられた気配は人間のものとはまるで違ったので尚更だった。

「生きとし生けるものですらない貴方に言われる筋合いはありません」

 そう言いながらヴァルを守るため、男の視界に入り込むように意識しながら振り向いた私は、ようやく視覚で男を認識した。
 見た目の年齢としては中年――四十代程度だろうか。粗野な顔立ちをしたその男は見た目武道系であった。やはり魔族と言っても各神官・将軍のように完璧な人間の造詣を出来るわけではないらしく、首から右腕にかけてまるで爬虫類のような緑色の鱗に覆われている。一見竜族の鱗といってしまってもいいのではないかと思われるような造詣をしていたが、どこかぬるっとしたような気持ち悪さは爬虫類だな、と嫌悪感から同類と認めたくなかったので勝手に決め付けた。

「まるで恐怖など覚えていない台詞だね。黄金竜である君と純魔族である私に力の差などないのに……。寧ろ、私のほうが勝っている」

 本当に不思議だと言わんばかりの声音で男は呟いた。
 だから私はくすり、とほんの少しだけ笑って見せた。それは見る人から見れば、卑下しているようにも見えたかもしれない。
 眉間に皺を寄せて不快な表情を見せた魔族は、恐らく私が予測していた認識をしたのだろう。

「だからだわ。貴方がたは裏づけされた勝利の元でしか動かないからこそ、私は余裕が出来るのです」

「では、其れを覆せるほどの奇跡を所有しているとでも?」

 男ははんっと鼻で笑った。
 お前の信じているものなど全て幻だと言いたげに。

「さぁ? 持っているかもしれませんし、持っていないかもしれません。けれど私が生きとし生けるものである限り、力以上の能力を発揮する事は出来ます。――もっとも、人間ほどではないけれど」

 私の言葉に、魔族はなにか変なものを見るような目で私を見ていた。
 まぁ、気持ちは分からなくもない。
 魔族にとって人間など取るに足らぬ存在なのだ。強力な魔法を習得し――もしくは強力な魔道具を持ち――それを実際に使いこなせるものなど、人間の中でほんの一握りにも満たないほどしかいないのだ。

「君のその口調では人間が一番強いと言いたげだね」

「ええ。自由に善にも悪にも転がる事が出来る人間こそが、一番強いと思います。――現に、私の知っている限りでは魔族よりも神族よりも人間が一番強かった」

 私が知る人間というのはその一握りの存在に入り、しかも運なのか実力なのかは分からないが赤眼の魔王や異界の魔王すらも倒してしまったほどの人間である。
 しかし、勝てたのは私たち神族にも魔族にも存在しない自分のためというエゴ故だ。
 世界などこれっぽっちも知らぬと言わんばかりの行動。
 私が知っているのは異界の魔王を倒したときのみだったが、違うときですら彼女は彼女らは自分が生き延びるために戦ったのだろう。勝てぬ相手と知りながら。
 その、善にも悪にも転がらぬ――しかし転がることも出来る――エゴを持ち縛られぬ人間が一番強いのだと分かったのは、信じていた黄金竜すら時には悪になるのだと知った、私の時間の流れから見ればほんの刹那的な旅の中であった。
 そして、今もそれを感じ続けている。
 人の世界に住むことによって。

「それはそれはとても狭い世界だ」

 男は嘲笑した。

「いいえ。きっと、貴方が見てきたものよりは広い世界だわ」

 けれど、私は男ににこりと笑ってみせた。
 ふと、魔族の相手をしていたことにより、予定していた時間より遥かにオーバーして公園に留まっていたことに気がついたので、視界から隠すようにしていたヴァルのほうを向くと、砂をさらさらと手の中で弄って遊んでいたので微笑みながら声をかけた。

「おうちに帰りましょう、ヴァル」

 するとヴァルは泥んこだらけにした顔を上げて、満面の笑みを見せた。
 年の差もあるのだろうが、転生する前のヴァル=ガーヴであったのなら宿敵であり自身の一族を滅ぼした黄金竜に対して、このような無邪気な笑みを浮かべることなどなかっただろう。
 だからこそ、その笑みは今私が何も打ち明けずに黙っている罪を思い出させた。
 嬉しいのに、ほんの少しだけ苦しい。
 そんな些細な痛みなど、彼を引き取ると決めたときに分かっていたことだけれど。

「うん! ねぇねぇ、ごはんはなに?」

 ヴァルは無邪気なまま、昼食のメニューを聞いてきた。
 私は頭の中にある家にある食材を総合しつつ、魔族に関わり遊んであげられなかったことも考慮した。

「そうですね、シチューにでもしましょうか」

「やったぁ!」

 シチューもまたお子様メニューに入るのだが、お子様であるヴァルはもちろんこれが好きだった。もっともシチューの中に入っている人参はどうしても避けて食べようとするが。
 人参といえばリナさんに馬よろしく前に垂らされ急いで! と急かされたイヤな思い出がある。
 確かに竜体形の私は素晴らしい乗り物であるだろうが、決して馬ではないのだ。別に人参が嫌いなわけではないが、わざわざ人参を生で食べたいとも思わない。
 などと思っていると、焦れたように話を進めようとする魔族の声が聞こえた。

「私を無視するとは随分余裕……っ!?」

 魔族はようやくそれに気がついたようだった。
 焦る声を出したのは、まさかあるとは思わなかったのだろう。――自分達によく似た魔力が。

「――余裕なんてありません。だから常に罠を張っていたんです」

 私の身体から染み出した、私が所有しているはずもない黒く魔族独特の精神体の基礎となる魔力は、彼の本体に纏わり付き覆いかぶさるようにその姿を見えなくした。
 もっとも精神世界面の話なので、実際には恐怖に顔を引きつらせている中年男性が目の前にきちんといるのだが。
 にこりと彼に微笑みかけると、楽しげににこにこと笑っているヴァルの手を取り魔族とは正反対の入り口へと一歩歩み始めた。
 刹那、絡みつき覆った黒い魔力は彼の本体を破裂させ、消滅させた。

『―――ようだね』

 声が聞こえ、振り向くけれど其処には誰もいなかった。



      >>20061122 終わりへの上手い間の持っていきかたを誰か教えてください。



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