愚かな寓話
リナさん達に手紙の内容をさりげなく確認して、僕が行動を起こしたのはリナさん達にご挨拶してから4日ほど経ってからだった。
ミルガズィアさんが今どこにいるのか、僕は精神世界からゆっくりと魔力を動かしてその気配を探していた。
精神世界で誰かの意識を探す事は僕にとっては至極簡単な事である。
もちろん僕以上の魔力の持ち主で存在にプロテクトをかけているのならば探す事も出来ないのだけれど、この世界で僕より強い存在といえば、獣王様と同列の赤眼の魔王様率いる腹心様方の5人と神族側の赤竜の神とその臣下である4つの王たちである。
それを考えれば、僕の人探しというものは酷く簡単なものであるということが分かる。
しかし、ミルガズィアさんの気配をはっきりと探し出す事は出来なかった。
ミルガズィアさんの気配がかすかに感じる場所とリナさんたちが指定された場所は同じ森で、そこにはおぼろげな結界がかかっていた。
それは、ぼくでさえ簡単に破る事が出来ない、つまり黄金竜の中でも特に力の強いものが作ったであろう、迷いの森。
何故、こんな何もない場所にそんなものが必要だったのか。
思惑は分からなかったがともかく、僕はその空間を歩いた。
見る分にはおぼろげに見えづらくなっているが、歩く分には僕にとっては障害の1つにもなりはしない。恐らく、人間や古代竜を除く下級竜はこの空間は迷うものであろうが。
まるで細い糸を辿って歩いていくと、1つの小屋を見つけた。
そこはどうやらこの迷いの森の中心で――つまりは、これを作った者たちが守っていたものが此処にあるだろうということで。
其処に意識を移した僕は驚いた。
なんと強い魔力!
僕と同列のその魔力はまるで知らない者のもので。
これほどの魔力の持ち主ならば、僕たち高位魔族の耳に入ってもおかしくなど無いのに。
ミルガズィアさんを探さなければならなかったが、強い興味を引かれ擬態を作る事も無くその小屋の中を覗く。
其処には、まるで金糸のような長い髪を持つ女性が一心に手を組み祈りを捧げていた。
木漏れ日が彼女に降り注ぎ、まるで神が彼女の存在を祝福しているような…僕には不快そのものでしかないその風景が広がっていた。
しかし、その風景は一瞬の呼吸で破られる。
「――何か、用でしょうか?」
そう呟いたのは未だに祈りを捧げているその人で。
僕は予想していた事に声を発した。
「ああ、やっぱりバレちゃいましたね♪」
そうして、擬態を作って彼女の隣に降り立つ。
祈りの形を解いてゆっくりと瞳を向ける。それは深く透明な海の色。――そう、ガウリィさんの瞳が空の色だとしたら彼女の瞳の色はまるで、海。全てを生み出す母親のような。
彼女は息を呑んだ。
今更ながら、僕が魔族だということに気がついて恐れでもなしているのか?
しかし彼女の口から出たのは、予想にもしなかった言葉。
「―――いやぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁっっ!!!?おっきなゴキブリぃぃぃぃぃぃいいぃぃっっっ!!」
「ゴ、ゴキ…?!」
右側の口角がヒクヒクと攣り上がっていくのが自分でもわかった。
そうして彼女はまるで恐ろしいものに出くわしたように、ざざざッッ!と素早い動きで、僕と表情を向き合わせたまま後ろへと下がっていく。
その半ば怯えた表情に、まさかそんな事で恐れられるだなんて…と思わずにはいられなかった。
殺されることへの恐怖や僕自身を怯えて、というのは何度も有ったがこういう驚かれ方は初めてである。
「ちょ…さすがの僕も、ゴキブリに間違われるのは……」
どうやら彼女にとって、魔族とゴキブリは同レベルのようである。
その前に彼女が魔族を見たことがあるのかは分からなかったが。
その言葉にはっとした彼女は、ふぅーと深い息を溜めて息を整えている。そうして、その深い青の双視を僕に向けた。
「あ、貴方がどんな方だったとしても初めて会う方に言いすぎでした。でも、後姿があの末恐ろしい姿にあまりにもそっくりだったもので…」
「い、いえ、それはいいんですけどね。ともかく――、貴方の正体を教えてはくれませんか?」
僕は引きつった口をどうにか普通のものに戻すと、そう彼女に聞いた。
彼女は困ったように首を傾げた。まるで少女がするような仕草で、目の前の女性は18、9歳程度に見えたものだから酷く違和感を覚えた。それは、黄金竜の年の取り方が人とはかなり違う事を考えてもらえば想像がつくだろう。たとえ見目が20歳未満であっても、黄金竜の振舞い方はまるで妙齢の人間のようなのだから。
「正体だなんて、私はただの黄金竜です。それは魔族である貴方も分かっているでしょう?」
正直なところ、彼女が黄金竜だということは分からなかった。
無論この結界を貼ったのが力の具合から黄金竜だということ、そしてリナさん達にミルガズィアさんが指定した場所が此処だったことから、なんとなく目の前の女性が黄金竜だとは思っていたが、黄金竜にはありえない魔力の高さが僕にそれを疑問視させていたのだが…。合っていたようだった。
「それはそうなんですけどね、その魔力の高さが異常なんですよ。黄金竜の平均的容量を考えると貴方はおかしすぎます」
その言葉にきょとん、と彼女は僕を見た。
まさか自分の魔力の容量が一般的なそれを異なっているということを、彼女は理解していないとでも言いたいのだろうか。
しかし、それにはさして興味が無いように彼女は言った。
「そうですか。ともかく、私は何も知らないのです」
「何故?」
「何故って…」
僕が聞くと彼女は困ったような表情を見せた。
この女性の事などどうでもいいのだが、しかしこの女性が火竜王に使える黄金竜たちの不審な動きの原因なのだとしたら、僕はそれを知る必要がある。
と、不意に彼女はドアのほうを向いた。
僕も意識を向けると誰か来るようだった。――それは恐らくリナさん達を引き連れたミルガズィアさんなのだろうけれど。
「…誰か来るわ。ともかくさっさと出て行ってください。黄金竜の巫女である私が魔族となんかと一緒にいたとなっては、世間様に白い目で見られてしまいますからね」
「ええー!?別にいいじゃないですか?」
僕はそう叫んだ。
なにも彼女自身になにかするわけでもないし(今のところは)問題ないだろう。
それでも彼女は嫌そうな表情をした。まぁ、魔族だと分かっているのならその反応は当然のことなのだろう。黄金竜の巫女となれば尚更。
「良くありません。お引取りくださいませ」
「多分、今から来るのは僕の知り合いなんですよ。いいでしょ?」
「良くありませんッッ!!」
さらり、と留まっている事を強調すると彼女はその海のような目を吊り上げて、ヒステリー気味に声を荒げた。…黄金竜は人間なんかと比べ物にならないほど生きている所為か、非常に大らかで彼女のように直ぐに怒り出すということはほぼ無い。もちろん彼女のように若い竜ならば、それでも感情の変化はあるのだろうがそれにしても違和感を覚えた。それは先ほどと同じもの。
――がちゃり。
ドアが開き、やはり予想通りにミルガズィアさんとリナさんたちがぞろぞろとその小さな小屋に入ってきた。
ミルガズィアさんの表情に変化は無いものの、酷く恐れているようなそれでいて、心配している複雑な負の感情が僕の中に響き渡る。
一体この娘に何があるというのだ?
僕はともかくにこりと微笑んだままで、ミルガズィアさんに挨拶をした。
>>20050413
違和感と疑問。
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