愚かな寓話




 ともかく、状況と彼女が自分の事を何処まで知っているのかを知るためも含みつつ、どのような行動をとる事にしたのか確かめるため3日程度経った後にリナさんたちがいる場所を覗いてみる事にした。
 リナさん達は教会の中に入っていった。
 現在の教会はスィーフィード教が主流で、もちろん邪教や他教も存在してはいるがスィーフィード教に敵うものはない。スィーフィードが存在している事もあるが、黄金竜が人々の暮らしと深く関わりあっているのが強い要因だろう。
 中にはスィーフィードに似せた偶像が祭られており、人間の司祭がにっこりと笑っていた。

「今日和、我らはあなた方を歓迎します」

 それは、生きとしいけるものなにものでも排除しないという偽善にも似た嘘を表すためだろうか、初めて来たものには必ずその言葉をかけるようだった。それが、真実でない事は僕ら魔族ですら…いいや、敵対する僕らからだろうか、知っている。
 なにも興味などないようにすぐに席をつくリナさんと並ぶようにガウリィさんが席を着いて、ゼルガディスさんは面倒だ、といわんばかりに入り口付近の壁に背を預けている。アメリアさんは興味しんしんに忙しなくその教会の構造を見ているようだった。
 そして、かちかちかち、と整備されているリノリウムが靴の音と共に軽快な音を立てて、金色の髪を靡かせて桃色が特徴的な巫女服を纏っている彼女は、司祭が立っている教壇の前に立つと手を合わせて静かに神に祈りを捧げた。
 その様は森の中で祈っていたときとなんら変わりないほどに清らかだと錯覚させるほどに透明で純粋で痛々しいほどに美しいものだった。
 短い時間であったがそれを終わらすと、彼女は偶像に向かって並べられている椅子の一角に座った。ほとんど空席であるのに祈りでも捧げていただろう子供の隣に座った事で、子供は祈りを止めると彼女に向かって微笑んだ。

「今日和。お姉さんはこの町で見ない人だね」

「ええ。旅人ですから」

 にっこり、と光が差して深層の海が晴れの日の光に煌いているような薄い海の色に変化している瞳を細めると、子供はじろじろと彼女を遠慮なく見ていた。旅人、という言葉が子供に好奇心をもたせたのだろう。疑うことを知らない漆黒の目がきらきらと輝いている。
 まるで穢れなど知らぬように純粋で無遠慮なものは子供特有のものだった。

「ふーん。でも、スィーフィード教の巫女服を着ているってことは、巫女さまなんだね!そっちのお姉ちゃんの巫女服は見たことないけど…」

 興味深そうに一定の規則に沿って彫られた機械的な美しさをかもし出すその柱を触っていたアメリアさんを指して子供は呟いた。その言葉を聞いたアメリアさんは少し困ったように頬を掻いた。
 確かに、アメリアさんが信仰していた宗教は特殊なものだったから。この子供が知っているわけはないだろう。

「…偉いです。まだ小さいのに祈りを捧げているのですね」

 そう彼女が嬉しそうに言うと、その子供はとても嬉しそうにでも照れているように黒色の頭を手で掻いて無邪気に笑った。

「えへへ…。だって、神様は僕達を魔族から救ってくれるんでしょう?」

 それは、所詮子供の空想に過ぎないのだが。
 確かに彼らは人間から見れば生きるために、自分達を守るために戦っているように見えるのだろう。しかし、結局は使命というエゴイズムのために戦っているに過ぎないのだから。それはまるで仕組まれたゲームのように。
 スィーフィードは使命は人間の欲により近いものであるから、人間たちから見ればまるで神様のように見えるのだろうけど。

「そうですね」

 彼女は無邪気に肯定した。
 それは彼女が黄金竜だからだろうか。スィーフィードが全ての長で彼女はそれに仕える巫女だから、それが正しいのだと何一つ疑わずに子供のように無邪気に喜んで頷く事が出来るのだろうか。
 もっとも、スィーフィードの行いは確かに何も知らぬ彼らに無償の行動だと思わせるには充分なのだろうが。

「ねぇ、黄金竜は見た事がありますか?」

 そう問う子供に、彼女はその金色の髪を揺らめかせてこくり、と頷いた。
 いっそのこと自分が黄金竜なのだとばらしてしまえば良いのだと僕は思ってしまうのだが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
 肯定の意を示した彼女に子供は更に黒い目に光を宿して、彼女のその今は青空に近いような海の色をしている瞳を見ていた。

「僕は見たことがないんだ!黄金竜ってとっても偉くてスィーフィード様のお近くにおられる種族なんでしょ?ねぇ、やっぱり黄金竜はすごい?」

「ええ。とても強くて正しい神の使者ですよ。迷える生きとし生ける者を引き連れるのもまた彼らなのでしょう」

 彼女の瞳は何一つ嘘など言っていなくて、きっと心の奥底から思っている言葉なのだな、と思って僕は笑った。
 もっとも、僕がそれを否定する必要性などどこにもない。彼女がそれが正しいと思うのならばきっと、黄金竜はどこまでも正しい神の使者なのだろう。生きているものが何の代償も求めぬままに正しい事ばかりを繰り返すなど、狂気の沙汰かそれとも何も知らぬほどの愚か者でしかないのだけれど。
 その言葉に子供はさらに目を輝かせて彼女の言葉を信じたようだった。

「今度ね、黄金竜のとても偉い人が来るんだって!僕、絵本でしか見たことないから楽しみなんだ!」

 そう声を高くする少年に、彼女はとても嬉しそうに微笑んで彼の頭を撫でた。
 その様子はまるで、姉がもしくは同じ歳の子が偉い偉い、と撫でるようなさま。その風景はどこかちぐはぐで、でも自然だった。
 様子を見ていても有益な情報を発する様子がなかったので、丁度彼女が立ち上がったときを見計らってその目の前に擬態を練り上げるとちょこん、とリノリウムの床に着地して現実世界に姿を現した。
 その瞬間、彼女はその深い様を見せぬ晴れた日の海の瞳を大きく見開いて、顔を真っ青にするとざざざざざっと勢い良く後ろに下がっていった。まるで、一緒の空間にいるのさえ嫌だと言いたげに。

「ど、何処から降って沸いて出てきたんですか!!?」

 気配などその魔力で感じる事が出来るはずなのに、上手く使いこなせていないのか集中力が足りないのか。僕はどちらかというとそのちぐはぐさを見せる嫌そうな表情をした彼女が奇妙に思えた。
 もっともそれ以前に叫んだ言葉が今まで浴びせられてきていない部類のものだったから、僕は口角が引きつるのを感じながらそれでも微笑んでいた。怒る様は僕にとっては良い食事になるはずなのにそれ以上に精神ダメージがきつい。

「酷い言い草ですねぇ。まるで人をゴキブリか何かのように」

 余裕を見せて笑うように呟くと、彼女は烈火のごとく怒り出した。
 もしかしたら、初めて会ったときに言ったミルガズィアさんへの言葉が僕への怒りや憎しみを増幅させているのかもしれない、となんとなく思った。なぜその程度で怒らなくてはいけないのか理解に苦しむが、人や竜の行動を見てきた僕の経験上からそうのような気がした。
 もっとも、リアクションが激しすぎるし、僕を知っているものならばその様な愚かな真似をしない。極力触れないようにするのだ。それが正しいか正しくないかは別としても生きるものらしい行動だと思う。

「魔族なんてゴキブリも同然です!!いえ、何の生産性もなく、寧ろ、生きる有害物じゃないですか!!」

「ゆ、有害物って…」

 精神的ダメージを軽く受けながらも激しく僕を罵倒し貶めるその調子は初めて見るものだった。
 それはまるで僕の力を分かっていないような、そう恐れてもいないような挑戦的な口調。
 気の強いリナさんでさえ、まるで僕を挑発するようなことは言わなかった。果たして彼女は無知なのか、それとも全てを知っていてそれでも恐れずに言っているのだろうか。
 ガウリィさんと共に居たリナさんは僕の姿を見るとため息をついて外に出るように促した。
 まぁ、それが僕と相反する教会という空間の中にいても別段苦痛すらも感じないのだが、なんの有益な事もないので促されるままに僕達は外に出た。



      >>20050504 純粋なる者達。 



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