愚かな寓話




 雲が泳いでいる晴れた空はまさに僕と正反対のもので、その全てを包み込むような太陽の光が眩しく感じながら外に出ると、リナさんが人の歩く流れなど気にせぬように道の真ん中で、後ろのほうを歩いていた僕に向き合うようにひらりと踵を返してじぃっと僕を見ていた。まるで、僕の心理を探り当てようとするかのように。
 そんなリナさんの行動に合わせるかのように僕を見ているゼルガディスさんとアメリアさんとは異なり、まったく気にすることのないように隣にいたガウリィさんはリナさんを見ていた。…思うのだが、この人の行動は実直のようでいて複雑のようでいて、魔族の僕にでさえ分からないものだ。

「ともかく、なんでゼロスは来たの?」

「ひどい、リナさん。僕は何の用もなしに来てはいけないというんですか?」

 言葉に戯れで反応を示し、道の端のほうにちょこちょこと寄って座りこんでのの字を書くと、リナさんは呆れたようにはぁ、とため息をついた。
 恐らくは人間じみたその行動が戯れである事を、リナさんは知っているからであろう。まぁ、もっともその反応が誰でもそうなのか、僕だからそうなのかは分からないけれど。

「事実を言ったまでよ。アンタがあたしに会いたいからーなんて、愁傷な理由で来る訳無いじゃないの」

 その言葉に図星をつかれ、はっはっは、と笑った。
 もちろんリナさんが言ったようなことで来たとなれば、それこそ魔族失格である。というか、そんな訳があるはずもない。人に会いたいという余計な感情など魔族に持ち合わせていないのだから。それこそ、不純物と融合してしまった魔族ぐらいしかありえないことであろう。
 なので僕はいつものように人差し指を唇に当て、いつもの台詞を言う。

「――それは秘密です♪」

 そう言うと、深いため息をついたかと思うとリナさんはびしぃっと人差し指を天に向けて指すと強い目で宣言するように言った。

「ともかく!やっぱし、火竜王の神殿に行くわよ!」

 その言葉に、やはりミルガズィアさんがあの森の中でこの黄金竜の巫女の事に関して言葉を濁したとおりに、彼女には何かあってそれを彼女自身は知らないのだということを、確信した。
 全てを知っているのなら火竜王の神殿などに行く必要はない。
 いや、そもそも全てを知っているのならば、あの森の奥で火竜王に仕える黄金竜の為に自害でもしていたのではないだろうか?水竜王の長老であるミルガズィアさんは彼女を逃そうとしていたようだから、この辺の管轄である火竜王付きの黄金竜が積極的に彼女を殺そうとしているのだろうし。
 全てを知るためには行動する事を厭わないらしいこの黄金竜の巫女は、だからこそ、火竜王の神殿に行くことを決めたのだろう。もちろん、リナさん達の気性も相まってのことだろうが。

「やはり、貴方は何故自分が狙われているのか知らないんですね」

「――ゼロスは知っているとでも?」

 じぃ、っとその深海のような瞳が僕を睨んでいた。
 まったく恐れなど感じていない、そう――まるで見たことの無いもの。
 その瞳に吸い込まれるようにぎしり、とどこからとも無く意味もわからない痛みが悲鳴をあげた。それは僕には何を意味しているのか理解できなかったが、例えば面白い玩具を見つけたときの胸の高鳴りのようなものなのだろうか。僕が高位魔族だということを知れば知るほど、その様な表情をするものなどいなかったのだから。

「いいえ。あなた方黄金竜の考える事なんて何一つわかりませんよ。第一、知っていたとしても、僕が何の目的もなしにその情報を貴方達に教えるとも限りませんが」

「そりゃそうよねぇ。アンタはそういう奴よ」

「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃいますね」

 ぽりぽりぽり、と頭を掻くとリナさんの行動を隣で見ていたガウリィさんが不思議そうに首を傾げて言った。

「それって褒めているのか?」

「貶してるな」

 僕がはっはっは、と笑っていると気配を感じた。
 そうは黄金竜独自のもの。そして――殺気。
 恐らくはこの蒼の瞳の巫女を狙っているもので。

「……!」

 声が聞こえて、数本の細い光線が彼女に向かって解き放たれる。
 操作率のいい呪文を選んだのは人込みの中にいるゆえであろう。同族を殺そうとしているのに、神族という者はとても立派な心がけだ。
 咄嗟に金糸を揺らめかせながら彼女が結界を貼ったので、それは結界で無意味に爆発しただけで済んだが、人々は恐怖に駆られ一目散に走り去っていく。その大勢の人々の恐怖のハーモニーは微々たるもので美食には程遠いものだったが、贅沢を言わなければ僕の腹を満たすには充分だった。棚からぼた餅である。

「こ、こんな人の中で…!」

 明るい海の色の目を深い深層の青に変えた彼女と同意見だった。

「まったく、やっている事は僕たちよりも稚拙ですよ」

 その言葉に、それなりに年月の重ねている黄金竜達が現れた。
 それは3人で、1人は金色のスポーツ狩りのような短い髪に武道家独特の殺気めいた鋭い目付きに緩い白色が目立つような神官服を身に纏っており、もう1人は肩ぐらいの癖の無い金髪を無造作に放置しているような髪型で、垂れ目が印象を他の二人よりは柔らかめにしているが殺気は他の二人と同様に感じ、同じ神官服を比較的だぼだぼな感じで着こなしている。そして最後の1人は、ショートヘアの金髪をオールバックに流して、目つきの悪さを更に強調している三白眼には二人同様の殺気がみなぎっている。二人と同じ神官服はその長くふわりとまうのが気に食わないのか上服を腰に纏わりつかせ、その代わりタンクトップが見える。三人とも年齢は恐らく30後半に設定されているのだろうが、人間にしては気の遠くなるほどに生きてきてはいるだろう。――僕にとっては、瞬きをする程度のものだが。

「一体――、何が目的なんですか!?」

「我等が望むのはただ――お主の身」

 その言葉に黄金竜の巫女はぶるり、と身体を震わせていた。
 強い意思を見せていた彼女にしては珍しい反応だ。僕には分からない、同族に命を狙われるというその恐怖故なのだろうか…。僕らの場合は同族などというのはまったくもって関係が無い。所詮は持ちつ持たれずの関係性だけだ。
 それでも彼女は意志の強い眼のまま、その黄金竜を見つめていた。
 それは、いっそすがすがしいぐらいに美しく、僕に不快感すらも与えるようなもので。

「と言われて、何も知らずにのこのこと差し出すなんて愚の骨頂だわ」

 リナさんがまるでこの黄金竜の娘を庇うように前へ立ちふさがるとにやりと笑みを口元に浮かべつつ、びしっと、黄金竜に言い放った。
 彼女は他人の意のままに自分の命を動かされることの屈辱を分かっている。
 だからこそこの言葉。
 僕としては、強きものは弱きものの命を意のままに動かしてもそれは仕方ないことだと思うけれど、リナさんはそれに抗う人だった。いや、この4人組は全員そうなのだろう。1%未満の勝率に掛ける、僕には理解も出来ない人達だからこそ僕と共にいても平気なのだろう。

「まったくだな」

「その通りです!神の使いであるはずの黄金竜が同族の命を軽んじる様な行為!この正義の使者アメリア、見逃す事なんて出来ません!!」

「何だか解らんが――ともかく戦わなきゃいけないのは、解る」

 それに同調するように、ゼルガディスさん、アメリアさん、ガウリィさんがリナさんの横に並び、黄金竜の男達を意思の曲げない強い眼のまま見ている。しかし、それでも彼らに敵と認定された黄金竜の男達がなに一つ表情を変えないのは、信仰心ゆえか忠誠ゆえか…それとも自らの意思なのか。
 狙われた黄金竜の巫女は、リナさん達の自分を擁護するような言葉に嬉しそうにしかし複雑な顔をして微笑んでいた。

「といっても、ここで被害を大きくする訳にはいきません」

 まぁ、1つの街を破壊するほどに暴れても僕は一向に構わないが。
 ともかく暗躍しているのに派手に騒がれても面倒なので、僕が擬態とともに作り上げた何処にでもある杖を一振りした。
 じぃん、と音が響いて、リナさんたちと、敵である黄金竜は異空間に放り投げられる。
 現実世界でも精神世界でもない僕自身が練り上げて作り上げたその空間は、僕自身に何かが無い限りは僕より強い魔力の持ち主の干渉以外で解けることは無い。

「僕が作っておきましたので、皆さんは心置きなく戦ってください♪」

 僕がそう言うと、リナさんが怒ったように叫んだ。

「こらーー!ゼロス、楽しすぎよ!!」

「失礼な。僕が戦いに参加しても直ぐに決着がついて楽しくないでしょう?それに、僕なら何の躊躇も無くあの男たちの心臓を一突きしますが――それでもいいんですか?」

 そう言うと、リナさんはう、と唸った。
 さすがに命のやり取りをするとはいえ、魔族とは違い神族だと多少悩むものがあるらしい。
 まぁ、僕ら魔族と違って、神族は本来生きとし生ける者を守る存在だからなのだろうけれど。

「そ、それはさすがに困るわね」

「一応、僕も最大限の妥協をしているんですからね。リナさんとは長い付き合いですし」

 そう言うと、リナさんは深いため息をついた。

「ま、ともかく――やるしかないようね」

 リナさんは敵である黄金竜の彼らをにらみつけた。



      >>20050511 服の表現が曖昧です。



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