愚かな寓話




 奇妙なまでに独立した色たちが歪んで渦巻いては消えて、また渦巻いていく作り上げた空間の中で、リナさん達は頷き確認するように呟くと威嚇するように、リナさんとゼルガディスさんが同時に火炎球を放ち、海のように深い青をした黄金竜の巫女のみを狙おうとする男達を分散させた。
 ガウリィさんとリナさんは短髪に鋭い目をした比較的普通の人を、ゼルガディスさんとアメリアさんは肩ぐらいの髪で垂れ目の男性を、そして、黄金竜の巫女はオールバックに三白眼の男を相手するようだった。戦力やコンビネーションを考慮すればこうなるのだろう。
 僕はこの空間の安定もあったのであくまで傍観者でいることにしたのだが、その観戦対象を深層の海の目をした女性にした。彼女の戦っているところだけはまだ見たことが無いし、なによりどの程度の実力を兼ね備えているのか気になったためである。

「何故、戦わねばならないのですか?」

「それは、お前が知るところではない」

 男は彼女の問いに答える事も無く、剣を取り出した。まるで鋭い無名の剣を。
 彼女はその蒼い瞳を伏せて悲しげな表情をしていたが、きっ、と顔を上げると覚悟を決めたのか緋色のスカートをめくり上げると、まるでこん棒の様なモーニングスターを取り出した。

「お前が死ねば、我ら同族が救われるとしたら?」

 突然発せられたその言葉に、驚いたようで彼女は深海の目を見開いた。
 困惑の表情は、本当に何も知らないのだという事を表している。
 ぎゅ、と下唇をかんだ彼女はそれでも幾分か潤んだ瞳でその男をぎ、と睨んだ。

「それでも、私自身が真実を知るまでは―――はい、と命を差し出すわけにはいきませんから」

 僕は、息を呑んだ。彼女からあふれ出るものは命を同族に狙われている恐怖を、不安を抱えて昇華するように舞い上がるものだったからだ。与えられたものを信じ受け入れるその様からはまるで考えられないぐらいの純粋なる真実を見極めようとする実直さ。
 それはまるで強い、生命の輝き。
 酷く痛いぐらいに、美しい―――。

「それでも、我らはお前を殺さねばならぬのだ」

 男はそう言って黄金竜の娘に向かって駆けた。
 コンパクトに右側から回るように動かされた剣にあわせるようにモーニングスターでその刃を受け止めるとかきん、と弾いてバックステップで間を取る。
 そうして、覚悟を決めたように駆け出した。
 ふわり、と金糸が舞うように踊り、たんっと飛び上がると彼女が振りかぶって下ろされたモーニングスターは、しかし男にダメージを受けることも無く止められて、刹那男は口を開いた。

「Ψ!」

 音は発声条件になりレーザーブレスと同じ条件なのか真っ直ぐに光が黄金竜の娘に当たるはずなのだろうが、その前に着地する前の足を即座に男の腹筋に蹴りを入れる形で反動をつけるとそこに体重をかけて斜め上に飛んだ。男は彼女の体重以上の力を掛けられても、倒れる事は無かった。果たして男だったからなのか、それとも竜だからなのかは判別はつかなかったが。ともかく彼女は紙一重で男の発した呪文をを避けると、そのまま腕を一ひねりして男に向かってモーニングスターを投げつけた。
 着地をし、彼女は即座に魔法詠唱にかかる。

「ヴラバザード・フレア!」

 長き金糸の髪が風の趣のままに彼女の顔に戯れながら、直線に赤き光が男に向かって放たれる。
 しかし、それでも強き攻撃魔法よりも防御呪文のほうが詠唱アクションが少ない所為か、早めに完成する。この場合も、モーニングスターを受け止めて防御呪文を唱えさせないように狙っていったのだろうが、それでも解き放った瞬間に防御呪文は完成していた。
 強き光は防御呪文によって相殺され、結界に触れた光は爆発した。
 が、彼女にとってのヴラバザード・フレアは、目くらましの意味しかもたなかったらしい。放った瞬間に力をこめる事も無く直ぐにポーズを解除した後、男が防御呪文に集中している一瞬に投げ捨てたモーニングスターを素早く拾うと、結界を解除したときに男の顔をその凶悪なほどにでかいモーニングスターで力いっぱい殴った。恐らく、男の呪文解除の判断が一瞬でも早ければ出来ない戦法であろう。
 彼女の狙い通りであろう、詠唱後という事で気が抜けていた男はダメージをそのまま受けてしまったらしく、後ろに勢いのまま倒れていく。
 僕ならそのまま追い討ちをかけるが、彼女は息も乱さぬまま戦闘前と何一つ変わらぬ様子のまま、真意を探るように深海の瞳でじぃ、っとその男を見ているだけだった。
 その甘さに鼻で笑っていた。これだから竜族は負けるのだ。

「何故、止めを刺しに来ぬ?」

 それは、男のほうでも疑問であったようだった。
 仮にも命を狙われている訳だし、例え命を落としてもお互い様だと彼も思っていたのだろうか。
 ならば、竜族が甘いのではなく彼女が甘い人なのかもしれない。

「私は……無闇に人の命を奪ったりなど出来ません。例え、どんな方であっても、いつかは互いに理解しあう事が出来るのではないかと…そう、思うのです」

「その甘さが、お前の命を掬うことになったとしてもか?」

 男の言葉は、正論だと思う。
 今止めを刺しておかねば、この人はまた彼女の命を狙わざる得ないだろう。僕達よりも上下関係が甘いとしても、黄金竜を束ねる最長老の命を逆らう事など出来はしないのだから。
 そう…僕達以上に縛られていなくとも、人間達以上に縛られている彼らは。

「それでも。私は、命あるものを殺めてしまったのならば後悔するでしょうから」

 迷うことなく答えられた言葉は、彼女にとって曲げられないものなのだろう。彼女の表情がそう物語っていた。
 嘲笑し、一蹴すべきところなのだろう。だが、僕の思考は何一つ思い浮かばずに、怪我もしていないのに鋭い痛みのみが一瞬訪れただけだった。まったくわけがわからない。どういう意味を持つというのか。

「そうか。…しかし、我らは最長老様に仕える身。命令を違える事など出来はせん」

 男は、素早く立ち上がると、黄金竜の娘に向かって走っていった。
 人間では恐らく見えないだろう太刀筋の速さで、彼女に仕掛ける。
 しかし、彼女は力負けをしてしまう男の剣をうまく力を分散するように受け止め流していく。まるで、幾戦もの死闘を乗り越えたような勘のよさで。

 一体、彼女は何だというのか。

 少し思考に没頭してしまった、と顔を上げると、ふわりと緋色のスカートと長い金糸が舞い、丁度モーニングスターと男の剣が弾き合っているのが見えた。
 そして、さきほどの黄金竜にしか発声する事は出来ないだろう言葉。
 彼女の魔力を考えると、男の一言だけの呪文など風の結界程度で防げるのだろうが、詠唱時間の要らないそれは不意打ちや目くらましにはいいだろう。
 彼女は素早く横に避ける。が、男は駆け出していた。
 避けた反動でアクションが遅くなってしまった彼女は受けるための構えがまだ出来ていて無い。

 ――危ない!!

 思わず、異空間呪文を解こうとしている自分に驚いた。
 何故?

「―――魔竜烈火砲っっ!」

 甲高い、呪文完成の声が聞こえて、赤い直線がその男に向かって解き放たれていた。
 意識を逸らすと、リナさん達4人組のほうは既に勝負を決めていて、縄で縛っている。
 やはり、幾多の高位魔族との戦いが人間であるはずの4人でも魔法容量の差を埋める経験値になっているようだった。

「さぁて、あんたのお仲間は全員負けたけど?」

 不敵な笑みを浮かべて、リナさんは言う。
 男はそのほとんど表情を変えなかったものをわずかに濁らせて、唸った。
 魔法容量を見る限り、3人はほぼ同じ程度の実力である。それを打ち負かすだけの人に囲まれているのだから、唸らずにはいられないだろう。
 ともかく――勝負は決まった。
 リナさん達が黄金竜の男達を捕まえたのを確認して、僕が呪文を解除するとそのまま元いた場所に戻った。

「で、あんた達が知っている事をきりきり吐いてもらいましょうか?」

 うーん、魔族の僕でも感心するぐらいの極悪非道な顔だ。
 それでも、男達はさすがに長年生きているだけあって表情を変えることは無い。
 と、そんな時気配を感じた。上を見上げると黄色い閃光がこちらに向かって放たれる。咄嗟に、僕は隣にいた黄金竜の娘を抱き締めて横に転んだ。

「きゃあ!」

 声が聞こえて、誰も防御結界を張れなかったのか地面に破裂する。
 ようやく起き上がって横を見ると彼らは居なくなっていた。――つまりは、あのレーザーブレスで灰にもなれず消滅したのだろう。
 まぁ、口封じには常套手段だ。
 黙って、リナさん達は其処を見ていた。

「私は――私は、一体なんだと言うのでしょうか?」

 レーザーブレスの中心…つまりは彼らが消滅した場所…を見て、彼女はポツリ、と呟いた。
 その表情は悲しみに染められている。まさしく僕の食事となりうるものなのだが…どうしてだか、気に食わない。常に凛としている彼女のその表情は、何故だか僕に喜びをもたらさない。

「貴方はそれを知りたいから火竜王の神殿へわざわざ出向くような事をするのでしょう?」

 そう笑顔で言うと彼女は、はっとした表情の後、見る見るうちに怒りで眉をピンと吊り上げていく。
 いつもの晴れた日の海を連想させるような瞳をした無邪気で直線的な表情。

「そんなこと、わざわざ貴方に教えられる筋合いはこれっぽっちもありませんッッ!!」

「そうですねぇ、僕もわざわざ愚鈍な貴女に言う必要もありませんでした」

「なんですってぇ!?」

「なんでもないですよ〜、なんでも」

「くぅぅぅっっ!」

 そうやって嘲笑する事は僕がご飯にありつけないことだと分かっているのに、せずにはいられなかった。
 一体、どうしたというのか。
 ともかく、と気配を探って黄金竜らしきものがない事を確認する。

「僕はこれにて。することがありますので」

 そう、一礼すると擬態をなくし、精神世界へと移行した。



      >>20050518 戦闘シーンに無理があります。



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