愚かな寓話




 次の日、僕は火竜王神殿の入り口へと降り立っていた。
 結局のところ、当事者であるはずの海色の瞳を持った黄金竜の娘はなにも知っていないということを確信したので、内部事情を知るために敵地に忍び込む事にしたのだった。あの娘が知っていれば敵地に忍び込むというリスクを背負わなくてもよかったのだが、しょうがない。
 若い竜はともかく、黄金竜も軽視したものでなく普段通りにしてしまうと一般的にはありえないほどの魔の強さゆえに僕の存在がばれてしまう。故に、僕は僕自身の魔力を一部擬態に入れ、精神世界の魔とほんの糸ほどのつながりほどにし、精神世界の魔にプロテクトをかけることでバレないように細工した。
 人間並みの魔力にまで押さえているので、ごくごく普通の人間のフリをしながら人間に対して公開している火竜王の神殿の中へと入り込む。スィーフィード教の象徴として存在する火竜王その他4腹心を祭る神殿は信仰心を厚くするためなのか、黄金竜は積極的に人間に対して一般公開をしていた。その分、見張っている黄金竜も多いのだがそれほど力の強いものがいるわけでもないので、大した意味は無い。もちろん、一般的な低魔族には効果があるのだろうけれど。
 これで相手が人間達であればあまり細工せずに済むので非常に楽なのだが…さすがにそうも言ってられないだろう。

「まぁ、ともかく行ってみるしかありませんねぇ」

 呟いて、行き来が激しい人間や黄金竜の群れの中を至って普通に歩いていく。
 公開されている道順からすっと離れてしまうととたんに人気が無くなる。気配を消して僕の存在を著しく感じさせぬようにしながら一般閲覧が出来ないような場所まで歩いていくと、二匹の竜が話しているのが聞こえてきた。サボっているのだろうか。どこの種族にもやる気のないものというのは必ず存在するらしい。

「ここの地下には高神官と最長老しか入れない場所があるんだってさ」

 ビンゴと言うか安直なまでに簡単に必要そうな情報が転がってきて、なんだか拍子抜けすらもするものだがまぁ、楽であれば文句をいう必要もないだろう。それが、彼女に関わる事なのかは別としても聴いておいて損はない。
 気配を最小限まで消して、聞き耳を立てた。実力行使のほうが何かと得意なのだが、ここで騒ぎを起こすのも得策ではないので静かに聞くだけにした。

「マジ?でも、場所わかんなきゃどうにも出来ねぇだろう?」

「それがさ、儀式のとき以外は入れない大聖堂があるだろ?あの、祭壇の奥にあるスィーフィード様に模した銅像。あそこが怪しいらしんだけど、長老たちの魔力によって封じられてるって話」

「それって、俺たち無理じゃん」

「まぁな。でも、魔力増幅アイテムが手に入ったらやってみる価値あるだろ?」

「そりゃ、そうだけどさ」

 そう言って、二匹の竜は「やべ!もうそろそろ交代の時間だ!」とぱたぱたとその場から離れていった。
 自分達の領地内だからといって、重要な噂を話してよいものなのだろうか?と思いつつも、僕はとにかくその大聖堂にいってみる事にした。
 魔力によって封じられているのならその魔力を辿ればいい話なのでまるで匂いを辿るように、それらしき魔力を感じるところへと歩いていった。精神世界から渡ったほうが早いのだがそうしてしまえば、プロテクトを解かなければいけないので、面倒が生じる。歩くのも面倒だったのだがそれは妥協しなければいけないだろう。
 そうして、別段他の黄金竜と鉢合わせにならないまま大聖堂の入り口についたのだが、さすがに重要な場所なのか見張るように近衛兵らしき黄金竜が二匹立っている。このまま殺してもいいが、見つかったときに酷い騒ぎになるだろう。面倒だが眠り程度が妥当なのだろうな、と僕は物陰から二匹の黄金竜を見た。

「我 汝に休息を与え ひとときの夢に誘わん」

 力ある言葉を唱え、杖を振りかざす。

「眠り」

 目の前の近衛兵達はすやすやと穏やかな寝顔を見せている。生き物として常に緊張し神経を高ぶらせている事は不可能なのだからしょうがないのだろうけれど。
 ドアを開け、きらきらとステンドガラスが光を注ぎ込み幻想なる空間を演出している。見る人が見れば美しいのだろうが、僕にとって見ればその美しさが禍々しいものにしか感じない。人工的な美しさなど所詮は作り上げたものの妄想の果てでしかないのだから。
 僕は、真っ直ぐにスィーフィード像へと歩いていった。そこには確かに幾何学模様に複雑に交じり合って鍵となっている魔力を感じた。

「確かに、強い魔の力を感じますが…」

 杖をその銅像に向かって振り下ろす。
 複雑に交じり合った魔力が均等に折り重なり、かちんッ、と音がして銅像がスライドした。
 そうして現れたのは奥へと続くだろう階段。

「僕にとってはそれほどでもありませんでしたね」

 もっとも僕だから、ではあるが。
 ともかく、ひたすら暗いその闇の先を歩いていく。もちろん、明りは必須で。
 かんかんかんかんかん、と暗くて床の種類はわからなかったが金属音の小気味よい音を立てて、何処まで続くのか分からない階段をひたすら下りていくと、ようやく最後の階まで下りた。
 電気の使用により明かりは煌々と簡単につけられるようになっているのだが、原始的な装いを思わせる松明が炎のない状態で立てかけてある。それに威力を最小限にした炎の矢を松明にポイ、と投げて炎をつけた。
 そうして、薄明かりの中部屋の全貌が分かるようになった。
 まるで、監獄のような石造りの壁に左手には6個ほどのガラスで出来た人1人が入りそうな容器が綺麗に並んでいる。
 その奥には膨大なる本が本棚の中に入っていた。…といっても、小さな図書館にも満たない量ではあったが。
 僕は光りをやめることもなく手元を照らしたまま、そのガラスの容器に近づいた。
 その青白い液体の中には、例えば人間ならば見るに耐えないほどの生き物が入っていた。人間を象るように手足が不気味に伸び切っていて、その顔となるはずの部分は目が無数に…それこそ鼻だった場所にも口だった場所にも髪が生えているはずの部分にも耳があるはずの部分にも…目だけがついていた。
 他の容器も確認してみたが、先ほどとは姿は違ったがそれでも人型だと断言する事の出来ない不完全なものが入っている。6つの容器のうちそれは5つの容器に入っていて、一つだけただ青白い液体のみが入っている容器があった。
 例えば中位魔族や、低位魔族などはこのような不完全な人の形を象る事はあるのだが――これは、それらとは違う。彼らにとって、あれはただの入れ物に過ぎないのだ。本体を表現するための入れ物。
 しかし、これは――確実に自分の身体なのだ。擬態でもなんでもなく、精神世界で活動できない人間のようなもの。

「歪んだ魂の形…。それよりもこの魔力の大きさは、まるであの竜の娘と同じものですね」

 そうだ。僕は、僕と同等の魔力を持っていることに驚いて魂の形まで見ていなかったが、彼女はどうだったのだろうか。
 この中のものは、あの海色の瞳を持つ黄金竜の娘と比べるまでも無く魔力が小さいがそれでも同列のものを感じるのは一体。
 僕は、ともかく情報を得るために奥にある図書館よりも規模の小さい本棚から無作為に本を探し出していく。
 「遺伝子のコピー」「合成獣百記」ets…。
 全て古代語で書かれたそれらは、全て何らかの資料のようであった。竜語でないのはそれほど重要な文章ではないからだろう。竜語は一般的に出回っていないもので魔族に流出するのを恐れているのか、情報がまったくない。僕も竜族の字を読む事は出来ないのだ。
 ともかく、それから何かを作り変えようとしている事をなんとなく理解は出来たが、真の目的はおぼろげにしかわからない。決定的な決め手が何一つとしてないのだ。
 僕は更に奥に続いている部屋へと移行する。
 すると、魔法陣が床に描かれていた。
 僕は、その文字が見えるように光りを近づける。
 精密な円の中に書かれていた文字は同じく古代文字であり僕の読める範囲であったので、解読をする。そうして、読み進めていくうちに僕は眉をひそめていくのを自分で感じた。

「これは…ホムンクルス!」

 ホムンクルス…それは1つの生命体に別の物体を混ぜるように掛け合わせる合成獣とは違い、別の生き物の細胞と細胞を掛け合わせて新たな生命を作る技術である。
 概念としてそれは存在しているのだが、それを作るには合成獣の技術は勿論、DNAレベルの合成技術そしてそれが成功しても、一つの細胞から動き回れるほどの大きさまで成熟させるほどの技術――つまりは体外受精を行い、そのまま試験管で育てていくようなもの――を成功させなくてはならず合成獣より難易度は高く、体外受精、人工育成が成功していない現在ではありえない技術だ。もっとも、体外受精をした後で母体に受精卵を戻し着床させればよいのかもしれないが、それですらどのように成長するのか分からないのだから成功するとは断言できない。どちらにしろ、成功率は似たようなものだろう。
 もちろん、それを行っているのは己の力を過信している人間のみだった訳で、黄金竜がそれをすれば魔法容量が高いため成功する確率も出てくるのだが、それを神に仕える身である彼らがするとは思えなかったのだが…。

「しかし、一体何のために…」

 呟いて、例えば計画書などの直接的な資料を探したが目的がわかるまでには繋がらなかった。
 だが、あの狙われている黄金竜の娘が恐らくホムンクルスなのだろう、ということは予測する事が出来た。

「とにかく、獣王様に報告しなくては」

 僕は、そのまま資料類をもとに戻して、魔力の痕跡を丁寧に消して歩きながら火竜王の神殿の外に出た。
 ようやく精神世界へと移行すると、獣王様の玉座の前にて報告を済ませた。

「ふぅむ彼奴ら、神族の癖に神の領域、ホムンクルスへと手を出したか」

 獣王様はさも面白そうに、シンプルながらも至上の心地よさから依存性が高いと言われる煙管を吸った。刻み煙草は雁首には入っておらず永遠に変わらぬまま、同じ味を吸うことが出来るのだ。まったく何も変わらぬそれはまるで我ら魔族のように。

「しかし、目的までは掴む事が出来ませんでした」

「いや、恐らくは魔力の増大を促し、我らに対抗するために作り上げたのだろう。黄金竜どもは標準的な純魔族には立ち向かえるが、ゼロスにやられてしまうぐらいには弱いからな」

 にやり、と口角を上げた我が主様はとても楽しそうである。
 わが身をわきまえない愚鈍な黄金竜に嘲笑しているのか、それとも愚者ゆえの突飛な行動を楽しんでいるのか、僕には分からなかったが。

「しかし、ならば何故あの黄金竜の娘を狙うのでしょうか?」

「恐らくは回収するか、出来なければ証拠隠滅のために殺害するか。彼奴らは世間体というものをひどく気にするからな」

 その予測は恐らくあっているものだと思った。
 我が君はチェスのように全てを見通し作戦を立て、あえて自らの手を貸さぬ事で物事を楽しんでいる調がある。…それは、我等が魔族の基点となるはずの滅びをもたらすための存在として果たして合っているのか、そうでないのか。
 獣王様に作られた僕には判別が出来なかった。

「黄金竜内でも、彼女の扱いに対しての意見が対立しているということでしょうか。ミルガズィアさんは彼女を逃がそうとしていましたからね」

 神族の立場というのはなかなか難しいものである。
 僕たち魔族であれば自分達の弱点となる存在は消してしまう。それがいかに強大な力であっても、それに足を取られて本体の目的――この世界を破滅へ追いやるという――を出来なくなるというのは本末転倒もいいところである。
 しかし、神族は世界を守るという大義名分がある故にその命を粗末にしてはいけないらしい。無論、自分の命が一番である人間と比べたら世界を守るという意思のほうが絶大であるが命は大事、という前提ゆえか自分の弱点となるものであろうとも命をとる事に躊躇いを持つ者もいるので、その辺りから様々な内部分裂が起きて収集がつかなくなる。
 まったく――愚かなものだ。

「…まぁともかく、当分は彼女を生かしておきなさい。それで彼女自身が全てを知ったときにもし、黄金竜側につこうとするのであれば殺してしまいなさい。逆ならば内部混乱を引き起こすのにいい駒となる」

 そう言う獣王様は、物事を楽しんでいてもやはり魔族だった。
 滅びを切願し滅びる日を夢見る、赤眼の魔王様の部下であり我ら魔族である。

「分かっております。ですが、これもまた推測に過ぎません。もう少し、火竜王神殿に探りを入れておこうと思います」

「ああ、もちろんだ。抜かりはないようにな」

「分かっております」

 僕は再び仕事に付くために獣王様の元を去った。



      >>20050525 案外あっさりとバラすわけですね。



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