愚かな寓話




 現実世界では夜と呼ばれる時間になり、僕は事件の中心人物であるあの黄金竜の娘の気配を探って其処を覗いてみると、既に火竜王の近くだと言ってしまっていい範囲内の街に居た。
 そう、黄金竜の魔力を動力としている列車を使えば直ぐに着いてしまうほどの距離で。
 夜すらも積極的に働いている弱い人間が作った蛍光灯は昼間ほどに町を照らしていた。その中で、彼女は1人で公園のベンチに座ってまるでチェシャ猫の目のような金色の三日月を眺めていた。
 その魂の形を覗いてみようと意識してみると、その魂には二つの呪文がなされている事に気がついた。
 一つはまるで自然に視線が魂に行かないように気をそらせる呪文。そうして、もう一つは魂を見せぬようにフィルターをかけてしまう呪文だった。
 前者は簡単に解けてしまうようなものであったが、後者は腐っても黄金竜、考えたようでこの娘の大きな魔力が基盤となっているがために、僕でもある程度のアクションを取らねば解けぬもので、それをこの娘に気付かせぬように解くのは難しい気がした。
 それほどまでに見せたくない、彼女の魂とはやはり、僕の予想通りなのだろうか。
 そうして事実の確認を取り終わり、彼女の表情を覗いてみると今までみたことの無い表情に出くわした。
 まるで強い意思を見せて、突き進んでいたはずのいつもの彼女とはまるで正反対の――悲しい顔。

   ツキン。

 僕の体のどこかが痛いと泣き叫ぶように鋭い痛みを発していた。
 それがなぜかも知らず何時の間にか擬態を作り上げて僕は、漆黒にまみれたしかし綺麗に映し出す淡い金色の髪を持った黄金竜の娘の直ぐ傍に降り立っていた。
 強い海のような目で僕を睨んでは、そのソプラノの声で罵倒している黄金竜の巫女は今はどこかに姿を潜め、敵対し毛嫌いしているはずの僕を見てもうつろな瞳でただ眺めているだけだった。そう、まるで似合わぬ表情。
 それに、思わず僕は声をかけていた。

「何をしているのですか?」

「ゼロス、ですか」

 確かにその視野には僕の姿を入れていたはずなのに、ようやく僕の存在に気がついたといった彼女は、それでもまるで嵐が来る前の鈍色を映し出した海のように虚ろな目のままで。
 まるで、僕が食事をとるために追い詰めては自殺を図る寸前の人間のようなその気配の薄さは。
 直ぐに消えてしまいそうなぐらいに儚げだった。

「ええ。そうですが、やけに威勢が無いですねぇ?」

「いえ…私は一体、何者なのでしょうか」

 呟いた彼女はまるで答えるものが僕であろうが無かろうがどうでもよい、と感じさせるぐらいに悲しみを含みながらも言葉の調子を変えないぐらいに淡々とした口調だった。
 それはどこか、生物としての本能的な質問にも聞こえたけれど彼女はそれを目的としているとは思えなかった。どちらかといえば、同族に命を狙われる自分の居所が分からずに聞いているような…そんなもののような気がした。
 どちらにしろ、僕にはまったく理解など出来やしないだろう。僕の存在意義は僕が魔族として生まれてきた時点で揺るぎの無い宿命として決定されていたのだし、同族に命を狙われようとも僕がしなければいけないことをするだけなのだから。きっと、どちらもこの世界を滅ぼすための存在として生まれ、この世界が滅びるその日までほぼ悠久の時を生きる事が出来る僕には理解できない事なのだろう。
 ともかく、彼女は何をさしてその様な事を聞くのか、僕は聞き返す。

「何者、とは?」

「何故同族に狙われるのでしょうか。私は一体なにをしたというのでしょうか」

 僕はおもわず眉をひそめそうになったが、いつものように微笑むのを保つ。
 彼女のその質問は自己中心的なものに聞こえて、それでも本当は揺らぎそうになる自分に対する質問のような気がした。
 普段ならばとても美味しそうな負の感情でグルメの僕ならば直ぐに食べて、さらに揺さぶりそうなものだったけれど。
 けれど、僕が放った言葉はそれとはまるで別のものであった。

「僕にはそうゆうことは分かりませんねぇ。僕からその様に仕向けるのは多々ありますが、美味しく負の感情を頂くだけですし」

 いつもと別の言葉はいつもと真逆の反応を引き出したようで、彼女は大きく鈍色がかった海の瞳を見開いて、すると天候が晴れた海のようにすっと色を変えていつものように意思のこもった強い深海を思わせるような目で僕を睨んだ。
 それは、普段どおりで。
 何故だかほっとしている自分が居た。

「な……っっ、ゼロス、勝手に人の感情を食べないで下さい!」

「おお、怖いですね。そうしていれば、僕は貴方の感情を食べたりしませんよ」

 その怒鳴り声にくすくす、といつものように笑った僕の口からはあっさりと言葉が流れていく。
 少しばかり沈黙してしまった彼女は考え込むように顎に手を当てて下を向いていたが、不意に僕の顔をじぃっと何かを確認するかのように見つめた。

「ゼロス…もしかして」

 僕の言葉に、何か勘違いしたように青い瞳を見開いてびっくりした表情で見る彼女に、笑った。
 そんな訳があるはずもない、と嘲笑するように。

「慰めてなんていませんよ。ただ、事実を述べただけですから」

「そ、そんな事言おうとしていませんっっ!ただ、非常に意地汚い危険有害物だと思っただけですっっ!!」

 彼女は雪のように白い肌を真っ赤に染め上げて、怒ったようにまくし立てる。
 いつも通りの反応に、僕はいつもと変わらぬように微笑んでいた。
 そうして、緋色のスカートの中からあの凶悪なモーニングスターをさっと取り出すと僕に向かって投げつけようとするので、戯れのように慌てた振りをしながら精神世界へと移行した。
 僕は精神世界から真っ赤な顔をしながら息を整えている海色の瞳を持った黄金竜の娘を見ながら、首を捻った。

「しかし、ただ食べていればよかったのに、僕は何故あんなことを言ったのでしょうか」



      >>20050601 チェシャ猫の目…、金かどうかは知りません。



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