愚かな寓話
大きな車体の列車を効率よく停止させるための場所、駅に着いたリナさん達はそのまま列車に乗って火竜王の神殿へと行くようだった。
黄金竜の魔力を原動力として動いているその列車には社員として黄金竜が数匹いた。
火竜王に仕える黄金竜は確かに彼女と今は敵対しているはずで、その黄金竜が運転している列車に乗り込むだなんて自殺行為にも見えかねないのだが、別段黄金竜たちは彼女に対して何かを仕掛けてくるというわけでもなかった。
それは、黄金竜の上層部のほうに何らかの思惑があるためなのだろうか?
そんなことを思いながら、意識をリナさんのほうへと戻した。
「…本当にアンタはそれでいいのね?」
リナさんが最終確認のように黄金竜の巫女に聞いた。
彼女は何の迷いも無いかのようにゆったりと朗らかな日差しのように微笑んだ。
「だって、知らないで狙われるだなんてリナさんでも嫌でしょう?」
「まぁ、…そうだけど」
ぽりぽりと頬を掻くリナさんは基本的には暴れたり盗賊狩りをしたりとはちゃめちゃな性格ではあるが、仲間には基本的に優しいようだった。そうでなければ、正義の仲良し四人組にもならないだろう。利益と力関係のみで動く僕らとは違い、人間とは感情に任せて動く非常に不安定な生き物であるから。
「そうですっ、全てを知り絶望の果てに追いやられても!全ては正義が勝つのです!」
「…何か違うような気がしなくもないが」
アメリアさんの能天気な言葉も、それに対してのゼルガディスさんの突っ込みも既に慣れたものである。
ともかく、意思確認をした4人は火竜王の神殿行きまでの切符を買うと、5人は列車に乗った。
火竜王が支配する地域ではこのように列車が発達している。他の地域とは異なる文化だが、便利な交通手段となっており各都市を繋ぐそれは、人々の重要な足になっているようだった。
時間が来たのか独特のアナウンスとともに列車は発車した。
きっと、彼女にとっては全てを知るための列車が。
列車の中を珍しそうに歩いていく彼女の目はまるで海が太陽の光に反射してきらきらしているように光を浮かべ、正義の仲良し四人組のあとをついてきている。そうして、空いている席に座ると彼らはまるで敵地に行くなどという気合も見せずに和やかにお喋りをしている。
精神世界からのんびり眺めていると、彼女は僕の魔力を見つけたのかぎっ、と睨んできた。やれやれ、よっぽど嫌われたようだ。
「リナさん、私ちょっと歩いてきますね。列車なんて初めて乗りましたから…」
「おっけ。迷わないでよ」
にっこりと笑って承諾を得ると、周りの人には虚空に見える僕がいる位置を睨んで視線で付いて来るように、と指示を出した。彼女に従う必要など何処にもないのだが、別に他にしなければいけないことなどなかったので大人しく彼女の指示に従った。
がたんごとん、と独特のリズムに乗っ取って蠢くその上を歩き続けて、彼女はようやく人気のない場所で立ち止まって呟いた。
「火竜王の神殿まで付いてくるんですか?ゼロス」
呼ばれたので実態を作り上げて、にっこりと笑った。
ぷぅん、とかすかに鉄のような、だけれどもそれよりもどこか生臭い匂いが漂ってきて僕は不思議に思った。そういえば、昨日の夜も同じ匂いをかいだような気がして不思議な気がしたが、とりあえずはにっこりと笑うほうに集中する事にした。
そうして、唇に人差し指を当てていつもの言葉を。
「それは秘密です」
彼女はその言葉にはぁ、とため息をついて額に手を当てている。
嘘は付かないが、利益にならない事は言うつもりなど何処にもない。彼女は僕のその性質を知っているのかいないのか、じぃっと探るように顔を見ていた。
「まぁ、いいですけど。私にも分かる様じゃあ、火竜王の神殿でも大変ではないのですか?」
「ああ。平気ですよ。こう見えても黄金竜の重役の方は僕の存在に一目置いてくださっているようですし。第一見つかるのは貴女だからですよ。普通の黄金竜ではわかりません」
いつもは、何故気付かないのかわからないぐらいばれないんですけどね、と付け足すと怒ったかのように眉を吊り上げた。
だが、図星で反撃できなかったのか、それともわざわざ押さえたのかいつもの罵倒は来なかった。
あれはあれで楽しいからないとなんだか寂しくも感じたりするのだが。
「魔族の貴方からしてみれば、私の行動はおかしいものかしら?」
「ええ」
即答すると、彼女は自嘲するような似合わない笑顔を作り上げた。
「でもね、ゼロス。私は何も知らなかった。町並みも人々の暮らしも、この列車も。文献で入れた知識だけが全て正しいと信じていたし、スィーフィード様や黄金竜の長老の言うことは全て正しいのだと思っていた。だから、何も見ないで、例えばリナさん達と行動を共にしていなかったのなら…真実を知る前に死んでいたかもしれない。正しい♂ゥ金竜が私の事を殺そうとしているんですから」
ふと思い出したのは、あの教会での子供との話だった。
あの時は確かに盲目的に彼女は黄金竜を信じていた。
リナさん達と行動を共にする事によって、彼女は何かしらの心境の変化をしたのだろうか?
がたんごとん、と揺れていく列車の外にはまるでガウリィさんの瞳のようにまっさらな青い空が広がっていた。魔力で透視されたその風景は何処までも澄んでいて、空と地面との境界線である地平線が綺麗に映し出されていた。
その風景を見ながら微かに嗅いだことのある匂いを纏わせた彼女はゆったりと笑みを浮かべて、呟いた。
「例え、どんな結果になろうとも森の中で暮らしていた頃よりも今のほうが私は好きなのです。…そんな私を貴方は笑うのでしょうね」
確かに、生きる事が前提で僕たち魔族における滅びと同一の使命を持っている生きとし生ける者である彼女が、命の保障がされていた森の中での暮らしよりも追われている今の暮らしを好む神経は分からない。彼女にとって、それは僕達における滅びの使命を放棄するのと同等ではないのだろうか。そう考えれば考えるほど、使命を放棄するような真似をする彼女の行動は僕にはまったく理解できないものだ。
けれど…何故だろうか。
彼女を嘲笑する気になれないのは。
黙っている僕に彼女はさして気を止めるでもなく、列車に揺られながら流れていく風景だけを見ていた。
>>20050608
TRYを思い出す限り、あの列車って一通のような気がしました。
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