愚かな寓話




 がたんっ、と音が大きく揺れてこの世の法則の通りに運動を維持しようという力で体が大きく引っ張られていくのを感じた。…どうやら列車のスピードが突然上がり始めているようだ。
 ざわめく音と体感する引力に彼女はその青い目に戸惑いの色を見せ、眉を吊り上げると僕を睨みつけた。どうやら原因を僕だと思っているようだ。

「ゼロスっ!何かしたんですか!?」

 その言葉に僕はニッコリと笑った。

「何もしていませんよ。貴方にとっての敵は他にもいるじゃないですか」

「!」

 彼女は目を見開いて僕を見たが、直ぐにその青い目を濁して目を伏せた。
 それはやはり同族だと認識している黄金竜との離別を未だに決断できていない証拠なのだろうか?
 ともかく、僕は此処で姿を隠したほうがいいだろう。

「では、この辺で」

「あっ、ゼロス!卑怯ですよ!!」

 魔族の僕に卑怯という言葉は、痛くも痒くもないまったく効かない言葉ではあるのだが…。
 ともかく、擬態を解いて精神世界に移行すると火竜王の神殿に行ったときと同等のプロテクトをかけた。このスピード超過が本当に黄金竜たちの仕業であったのなら、僕のこの策は遅すぎるのかもしれないがしないよりはましだろう。原因が別のところあるのなら尚更。
 彼女は桃色のスカートを翻してリナさん達がいた場所へと戻っていく。
 人々は戸惑いの色を見せながら黄金竜が管理している列車で事故があるはずもないと思っているのか、それとも黄金竜たちが解決してくれるとでも思っているのか、そこから動こうとするものはいない。
 リナさん達がいた場所には既にリナさん達は居らず、彼女は列車の運転車両へと進んだ。
 運転車両には確かに魔力の流れが制御装置に向かって一直線に流れている。…どこかで見たことのある魔力だと思ったのだが、非常に変質してる上に端末のみで僕にも判別する事は出来なかった。変質させたのだろうか?黄金竜の魔力にしか反応しないこの制御装置のために。
 そんなことを思っていると甲高い声が聞こえて意識を元に戻すと、混乱している黄金竜達と怒鳴り倒しているリナさん達がいた。…もっとも怒鳴り倒しているのはリナさんだけであったが。

「遅いわよっ」

 どうやら、彼女を待っていたらしかった。

「どうやら、あの制御装置に予想外の魔力が掛かったみたいなのよ。魔法のコントロールにかけちゃぁぴか一の天才美少女魔道士リナちゃんでも、さすがに一般の黄金竜がビビるぐらいの魔力は扱いきれないのよね」

「…ですから私を待っていたんですか?」

「もちろんよ!とりあえず、あの制御装置の仕組みをあの黄金竜のおっさんに聞いてくんない?その間にこっちは乗客のほうをどうにかするから!」

「わかりました」

 こくり、と彼女が頷くとリナさんは満足そうに口角を上げてその後姿を見ると、くるり、と向き合ってガウリィさんたちに向かって頷いた。
 その意思は単純明快なぐらいに真っ直ぐで、アメリアさんが言うところの正義とか言う名の打算ではなく生きるための動きであった。
 それはとてもリナさんらしい燃えるような瞳の色だと思う。…理解する事は出来ないが。

「おっし、始めるわよ!ゼルとアメリアは客に状況説明と誘導ね!私のほうで黄金竜たちには指示を出しておくから」

「わかりましたっ!正義と共に人命優先の状況を伝えたいと思いますっ」

「ああ」

「なぁ、リナ。俺は?」

 二人が頷いている間を入って聞くガウリィさんは、まったく緩んだ顔をしている。
 それに走り出したゼルガディスさんとアメリアさんを見送るまでも無くびしっと人差し指でガウリィさんの鼻に押し付けると、憮然と言った。

「ガウリィにはこの列車の連結部分を切ってもらうわ。それまでは大人しくしてなさい。…まぁ、もっともこの言葉を覚えているかどうかは別だけどね」

「おうっ」

 …果たしてガウリィさんは嫌味の部分まできちんと読み取っているのだろうか?
 それを求めるのもなんだか酷の様な気もするけれど。
 ともかく、とリナさんはわたわたと忙しなく動いている黄金竜達に向かって何処からとも無くメガホンを取り出すと声を張った。

「さっきの説明の繰り返しになるけれど!今ゼルとアメリアが乗客に指示を出しているわ!二人が戻り次第この動力部分と客室部分は切り離すから、客室部分のスピード減速は貴方達がやんなさいっ」

 はいっ、とまとまりある声が聞こえてきてどうやら一介の人間であるリナさんの指示に従うようであった。この列車の従業員がどれも若い黄金竜であったことも幸いしているのかもしれない。ここに年をとった黄金竜が居れば、きっとリナさんの意見に耳を貸そうとはしなかっただろう。長年対峙したお偉い黄金竜の皆さんはそんなものだった。
 一方の黄金竜の巫女は制御装置の仕組みを一通り聞いたようで、ぱたぱたとリナさんのところへと来た。
 それで、どうだった?と聞くリナさんの表情は真面目この上ない。
 彼女がもしあの暴走した制御装置を扱えるのならば、作戦はもっと簡単なものになるのだから仕様のないことかもしれないが。

「確かに魔力の超過が暴走の原因のようです。この魔力を絶てば暴走を止められるかもしれませんが…止められる保障はかなり低いです。先にリナさんが立てたように客室を切り離して人災を少なくしてからやってみたほうがいいと思います」

「そう。…その辺は任せるわ」

「はい」

 その言葉にガウリィさんは首をかしげた。その仕草は大の大人がやっても気持ち悪いもののはずなのに、何故だかガウリィさんの場合はそれほど違和感が無い。それが彼の恐ろしいところなのかもしれない。

「なぁ、あのおっさん達が止められなかったものをどうやって止めるんだ?」

「えーっと、流れを絶つんです」

「流れ?」

 ガウリィさんが最終的に理解し覚えているかどうかはともかくとして、とりあえず彼女はガウリィさんにそれを教えるようだった。
 まったく無駄のような気もしなくもないが。

「この場合、あの制御装置は黄金竜の魔力によって起動する訳なのですが、そのための魔力が何処からかは分かりませんが大量に含まれて風船に空気を入れすぎて割れてしまう状態にあるんです。ですから、その魔力があの制御装置に掛からなければいいので、その流れを私の力によって断ち切るんです」

「…分からんが分かった。それはリナには出来ないのか?」

「リナさんは魔力の流れを見る事が出来ませんから正確性にかけてしまいますので、出来ない事は無いですが私がやったほうがいいでしょう」

「ふーん」

 分かっていて返事しているとは到底思えないような生返事だった。
 記憶力が無い、というスタンスは彼のキャラクターなのでしょうがないのかもしれない。それが嘘か本当かは別としても。
 そうして、説明が終わると丁度良くゼルガディスさんとアメリアさんが戻ってきた。

「リナさぁんっ、避難させてきましたよ〜」

「おっしゃ!じゃあ、おっちゃん達も客室側に行って!」

 すると、さすがに罪悪感を感じるのか中間管理職らしき黄金竜が焦ったように言った。

「しかし、あなた方に全てをお任せするのは…っ」

「別に責任を感じる事でもないわ。適材適所という言葉通り、貴方はこの列車で乗客の命を預かっているのでしょ?私達は流れの旅人だし、この暴走列車をどうにかできそうだからやるだけよ」

「そうですっ!わたし達正義の仲良し四人組+αにどーんとお任せしちゃってください!悪がこの世にはびこるかぎりっ、わたし達は永遠に不滅なのです!」

 明後日の方向に人差し指を突き立てているアメリアさんはさすがというところだろう。
 この台詞のお陰でややシリアスだった雰囲気は一気に軽くなった。

「ってわけで、とっととそっち側いってくんない?時間は多ければ多いほど有利だしね」

「はっ、はい!」

 ぱたぱた、と黄金竜の皆さんも客室側のほうへ行った。
 それは客に状況説明するよりも簡単だっただろう。

「じゃ、ガウリィここの部分切ってくれる?」

「おうっ!」

 取り出したのは何の変哲も無い剣だった。
 柄は烈光の剣の一部なのだが、その刃先はまったく普通の剣であり、鉄製の連結部分を切るには少々荷が重過ぎるだろう。
 だが、そのあたりは常識外れのガウリィさんの剣の腕がフォローしてくれるに違いない。
 ふっ、と息を入れるといつもののんびりのほほんなガウリィさんの温厚な一面が消えてなくなり、まったく真剣な表情でその連結部分を見つめた。
 息を吐くと同時に振り下ろされた剣先は残像となって消えていき、切られていないかとも思わせるような切断面の美しさに直ぐには鉄と鉄が離れていかないが、かちん、と剣を鞘に戻すと連結部分は真っ二つに切れて、客室と運転室は大きく離れていった。

「よしっ、次はアンタの番よっ」

「はい」

 彼女はリナに言われるとふっ、とその深海の瞳を閉じてまるで流れを探すように気配を蠢かしていた。
 そうして、瞳を開けるとぶわっ、と儚い金糸が揺れて彼女の魔力が制御装置に送られていた魔力をゆっくりと絡め取り、まるで包み込むように周りに張り付くと、ぷちん、と糸が切れてしまうかのように制御装置に送られていた魔力は遮断された。
 それに伴い、魔力が無くなった制御装置は急速にその動きを止めたのだが、惰性で動き続けている。
 もちろん、それを予測の範囲に入れていたリナは魔法の詠唱へとかかった。

「――火炎球!」

 つまり、戦闘を爆発させる事によって速度を緩和させるブレーキ代わりにしたようだった。
 しかし、スピード超過した列車の威力は一発の火炎球ごときの反動では止まる勢いを見せず、連続でアメリアさんとゼルガディスさんが火炎球を打つがやや遅くはなったがそれでも自力で止まるほどには至らない。

「アメリア!アンタはさっきと同じところに火炎球撃ってちょうだい!ゼル、左側の車輪に火炎球を私と同時期に同じ出力で撃ってちょうだい!出来るわね!?」

「はい!」

「ああ」

 そうして、アメリアさんの火炎球が列車の先端部で破裂したと同時に、同じ時期にゼルガディスさんとリナさんの火炎球が左右の車軸で爆発した。

「おっしゃ!」

「リナーっ!あれちょっとやばいんじゃないのか!?」

 それでようやく止まる勢いを見せた列車にガッツポーズをしたリナさんだったが、ガウリィさんの言葉にびっくりして前を見ると火竜王の神殿が目前に迫っていた。
 どう目測をつけてもぶつかるだろう。

「あちゃー…、ま、まぁ一般人の私達が此処までしてあげたんだから多少の譲歩は見せて欲しいもんよね」

 呟いたと同時に大きな音が響いて、ようやく暴走した列車は止まったのだった。
 少しばかり神殿を破壊しながら。



      >>20050615 やっぱり…壊れるらしいよ。



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