愚かな寓話




 破壊された列車から飛び降りて、リナさん達が正面入り口へと行くと皺まみれの肌から鋭い眼光で睨んでいる老人―最長老―が静かに出迎えた。いつもは姿すら見せないのだが列車内で連絡を受けたのか、それとも予想していたのかは定かではないがともかく彼らが来る事を分かっていたのだろう。
 とりあえずは列車内で魔力を封じたのは正解だったようだ。気付かれれば、きっとその口から真実が語られる事はないだろうから。まぁ、もっとも列車内の時点で最長老の目が来ていたのであれば無意味な事であるが。

「よく来たな」

 最長老は、自分達で彼女を狙っていたのに何も気にすることなく表情を変えぬまま、彼女にそう言った。
 彼女はただ、強き海のような蒼き目で最長老を直視していた。
 なにも疚しい事などないと、そう言いたげに。

「お初にお目にかかります、最長老様」

「派手な登場であったな」

「アンタたちの整備不良じゃないの!?」

 そう、リナさんは叫ぶけれど最長老の表情は何一つ歪む事すらなかった。
 そうして、その破壊された場所へと視線を一瞬移すと若い竜達に修復作業を指示した。どうやら、彼らが神殿を直すようである。

「我らにも不備が合ったのだろう。修復はこちらでしておく」

「それは丁寧な事だな」

 嫌味っぽくゼルガディスさんが言ったが、やはり最長老の顔を歪ませる事は出来なかった。

「ともかく此処ではなんだ、奥の部屋へ。…そちらの人間たちも」

「もちろんよ」

 促され、最長老がリナさん達を案内した場所は、僕が以前来た大聖堂であった。ステンドグラスから差し込む光がきらきらと舞い降りて、僕が来たときと変わらぬ不気味な美しさをかもし出していた。
 最長老は、くるりと向かい合わせに振り向いた。例の幾何学的に折り重ねた魔力が存在する。スィーフィード像を守るかのように。
 じぃっとまるで睨むような視線を向ける最長老はまるで何かを見極めようとするかのように、リナさん達を見ていた。

「さて、聞きたいことがあるんだろう?」

 そう最長老が聞くと、リナさんは不敵に笑みを浮かべた。
 自分達より確実に上の魔族たちを相手する時のように。

「ええ、たくさん、ね」

 その言葉に、最長老は表情も変えずに淡々と言った。

「しかし、忠告しておくぞ、人間たちよ。これから聞く内容によっては儂らは―――お主達を殺さねばならなくなる。何も聞かずに立ち去るのが賢明な判断だと思うが」

 黄金竜より確実に弱い魔力しか持っていないリナさん達人間にとっては、それはまるで死の宣告。
 しかし、リナさんは一蹴した。

「嫌よ。引き受けたからには最後までやらなくちゃいけないもの。もちろん――あたしは死にたくないけど、彼女を見捨てる事なんて出来やしないわ」

 その言葉に、アメリアさんが同調するように拳を上げ、リナさんの前へと一歩踊り出て奇妙なまでに真っ直ぐな光を持った瞳のまま最長老を見た。
 正義という言葉を振りかざすアメリアさんならば、リナさんの言葉に同意するだろう。

「そのとーりですッッ!!正義の使者たるもの、自分の保身に走り友達の命を見捨てるなんて言語道断!」

「夢見が悪くなるのも嫌だしな」

 付け足すようにリナさんの左斜め後でにやりと口角を上げて同意するゼルガディスさんに、ガウリィさんは皆が言うのを聞いてから、

「…だってさ」

 とまるで分かっていないように締めくくった。
 リナさんの顔が怒りで奇妙に歪み、血管が浮き出るのがありありと分かる。そうして、遂には怒鳴るようにガウリィさんに叫んでいた。

「あんたもなんか言いなさいよ!ガウリィ!!」

 すると、ぽりぽり、と頬を掻いたガウリィさんは困ったようにリナさんに言った。
 …今までの言動を見る限り、ガウリィさんに言葉を求めるほうが間違っているような気もしなくもないが。

「いやー、だってよくわかんないし。ともかくリナが聞くってんなら、俺も聞くまでさ」

「皆さん……」

 そのアメリアさん曰く正義の仲良し四人組が言った言葉達に、黄金竜の巫女は感動したように瞳を潤ませていた。
 同族に命を狙われている彼女にとって、仲間の言葉は感動し安心できる要素となるのだろうか?…そんな感情など必要のない僕には分からない。まぁ、もっとも分かりたくもないが。
 最長老は、強い光を伴った目で言い放った皆さんの顔を一通り見た後に、ため息をついてそれでも無表情のまま、言った。

「あいわかった。――儂は確かに忠告したからな」

 そうして、最長老はスィーフィードの偶像の前に立った。
 それは既に決定事項だったのだろうか?
 せめて全てを知ってから、利用されるか殺されるか彼女に決めさせようと。もっとも、そんな面倒な事をするから魔族の僕にも知られてはいけない事を知られてしまうのだろうが。
 そこが、神族の愚かである所以なのだろう。
 最長老が手を上から下に振り下ろすと、僕が元に戻しておいた複雑な魔力の絡まりは並列に整い、偶像は横にスライドして道を提示した。
 地下への道はやはりまるで闇へ案内するように先が見えず、最長老を先頭として緊張した面持ちでリナさん達は階段を降りていく。

 さぁて、どのような説明をするかとくと拝見ですね。

 かんかんかん、と小気味良い音を立てながら最層階に到着すると、最長老が再度手を下に振り下ろした。
 松明に炎が一斉に灯る。
 きょろきょろ、と不信げに辺りを見渡していたリナさんはガラスの中の歪みの最果てに出来たものを見つけて、目を見開いて驚愕の表情を見せていた。

「これは…どうゆうことなの?」

 震える声でリナさんは聞いた。
 予想はしているがまるで信じたくないと、そう言いたげに。
 それでも、最長老は少し眉を顰めたままで、ほぼ表情を変えることはなかった。

「黄金竜と、魔力の高い生物…この場合は妖精霊だったかな、を受精卵時に特殊な魔方陣で混ぜ合わせ、急激な成長を促したモノ≠セ」

 その最長老の言葉に、皆さんは驚いているようだった。
 無理もない。
 まさか、神の使いであるはずの神族がこのようなことをしているのだから。

「神族って奴は――人工生命を作ってもよかったんだっけ?」

 それでもリナさんは声を震わせる事もなくいつもの強気の態度のままで言った。
 それに巫女であるアメリアさんが、ショックを隠しきれないのか戸惑いを表すように視線を泳がせたまま呟いた。

「いえ、生命というものは神によっておこなわれる神聖なものであって、神族であるはずの黄金竜が神を侮辱するような行為をしてはいけないはずです――そう、わたしは巫女として教えられました」

 き、とゼルガディスさんはまるで憎しみをも感じさせるような暗い光を目に宿して最長老を睨む。
 彼は…合成獣にされたわけだから、人一倍作り変える事に関して恨みを持っているのかもしれない。
 作られた本人が望んでいないのならば尚更。

「一体、どうゆうことだ」

「魔に勝てなければ――神を敬うことも出来まい」

 そう呟く最長老の言葉は、まるで僕たち魔族が吐いたような言葉だった。結果がよければ過程がどれだけ醜かろうが良いという…。まぁ、僕はそれには反対なのだが。過程でも面白おかしくなければ、やる気すらも起きないというものだ。

「つまりは今の均衡状態に恐れをなして、黄金竜は神の領域に手を出したってことかしら?」

「均衡などではない。我等が神は赤眼の魔王と同等の力である。そして、火竜王様、水竜王様、空竜王様、地竜王様方は腹心たちと対等に渡り合えるだろう。――しかし、儂らはどうなる?儂らだけの力では――あの、ゼロスにも勝てはしない。それこそ、古代竜が我らに加担してくれねばな。なら、上が同等であれば、下が弱いほど負けゆくものだ」

 リナさんの問いに、憎憎しそうに答える最長老。んー、僕って結構すごい感じに見られているのか。
 まぁ、確かに黄金竜の彼らであればかなり楽勝で勝てるが…。
 それでも、彼らには信念というものがないのか。ただ、結果だけにひたすら向かって無様に走っていくのは好意に思えない。
 それは、まるで命令だけを聞いているレッサーデーモンと同じレベルなのだから。

「古代竜は協力を要請した儂らに言った。
 『全てを作り上げたものが私たちの犠牲によっての発展を望んでいるとしたら、魔族との戦いは不毛であり、神族という名の付いた私たちの存在意義であった生きることを果たす事など出来はしないだろう。ならば、私達は沈黙のまま静かに生きることを選ぶ』
 それは、逃げにしか聞こえぬ言葉だ!彼奴らは儂らよりもはるかに強大な力を持っているというのに…ただ、見守るだけとは…。ならば、儂らは儂らの出来ることをするしかあるまい」

 その――出来ることというのが、ホムンクルスの製作だったという事か。



      >>20050622 どうも、古代竜が暴れ回って黄金竜より権力を握っていたイメージがないです。



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