愚かな寓話
既に復旧作業は終わったのか、いつものように走っている列車にリナさん達は乗っていた。
黄金竜の娘の負のハーモニーが僕に響き渡る。そう、何故か美味しいはずなのに痛みの伴う負のハーモニーが。
透明な海の色をした瞳は、今は濁って見えて。
そうして、火竜王の神殿に行く前に滞在した街への駅に降りた後、僕は擬態を作り上げて其処に現れた。
「まぁた、貴方はろくでもないことを考えているようですね」
彼女は驚いたように伏せていた顔を上げた。
その表情は最長老相手に啖呵をきった者とは思えないほどにその表情は暗く落ち込んでいた。
「ゼロスさん!」
アメリアさんは、非難するように僕の名前を叫ぶけれど。
「それで、貴方自身に何かあるとでも言うのですか?」
「!」
濁っていた海は、刹那に澄んだ…何処までも見えるような海の色の瞳になる。そう、いつもの彼女の海の色。
それは、僕には美味しくも感じない…寧ろ苦痛すらも覚えるもののはずなのに、何故だろうか。
痛みすらもなくなっていくのは。
「まぁ、魂が傷ついているでしょうから転生が遅れるでしょうけれども、それ以外はなんでもないじゃないですか。そんな小さなことで悩むなんて貴方もその程度の人だったということですね」
僕が呆れたようにため息を吐くとそれに比例するように、彼女は怒りに任せていく。
それはまるで最長老の言動とは正反対。
見たことのない珍獣を面白く感じるようなものなのだろうか…彼女の行動が好ましく感じるのは。
「ゼ、ゼロスにそんなこと言われたくないです!」
「貴方がからかえるような行動ばかりしているのが原因であって、僕にはまったくもって非なんてないんですけどね」
「う、うるさいです!!」
怒ったようにまるで顔も見たくないと言わんばかりに顔を逸らす黄金竜の娘と僕の行動を見ていたリナさん達は、まるで珍しいものを見るような表情をしていた。
そうしてガウリィさんがぽつり、と呟いた。
「ゼロスもいいとこあったんだな〜」
「魔族の癖に高度な慰め方もするもんだ」
「まぁまぁ、また言うと眉ヒクヒクさせてショック受けちゃうから」
その会話で、すでにややショックを受けているんだけども。
そう見えるのか、僕の言動は…。魔族の身としてとても可笑しいものである。はっきり言って僕の言動が慰めているようなものに見えるのは、屈辱とか情けないとかそういう言葉でくくられるものなのだから。
「まぁ、ともかく。ミルガズィアさんに会って、彼女の身が保障されるまでは、一緒に行動しましょう。――だけど、もうそろそろミルガズィアさんがあたし達の前に現れてもいいんだけどね」
リナさんが困ったように呟く。
そういえば、結構な時間が経過しているはずなのだがミルガズィアさんの姿が見えない。
あの程度の者たちに囲まれた程度でやられる竜ではないはずなのだが。
「火竜王の最長老に逆らっているんだ。水竜王に仕える黄金竜の長老であるミルガズィアさんだって苦戦ぐらいするだろうさ」
「そうですね。もう少し近辺で待ってみましょう」
ミルガズィアさんほどの竜ならばそれほど気にすることもないような気がするのだが、感情的なものなのだろう。…僕にはまったく理解の出来ないものだが。
ガウリィさんはとぼけた表情のままでリナさんに尋ねた。
「で、この近くの町で待っているのか?」
「そうね。とにかく、火竜王の神殿付近にいたほうがミルガズィアさんだって来易いでしょうしね」
その場から離れるよりも、多少の危険を冒してまで火竜王神殿付近にいることにしたらしい。
早く逃げればいいものを。
ともかく、僕は獣王様に報告にあがるために虚空に姿を移した。
僕の報告を聞いたあとに、獣王様はとても面白そうに血のように赤い唇を弧に描いていた。
白雪姫という何処かの童話のヒロインのように、血のように赤い唇と雪のように白い肌に、黒炭のように黒い瞳。
そして、黒ずくめの衣装は唇だけを違和感があるくらいに浮き上がらせていて、不気味なぐらいに美しい獣王様のお姿を作り上げている。
ゆっくりと真っ赤な唇が開いて発せられた言葉は僕の予想にしていないものだった。
「貴方らしくないわね、ゼロス」
その言葉に考える暇もなく、直ぐに浮かんだ疑問を口に出していた。
「はっ?何処がでしょうか?」
「あの娘の負の感情すらも楽しまないなんてね」
それは…そうかもしれない。
負の感情があの海色の瞳を持つ娘から出るたびに、僕のどこかがちくちくと針に刺されたように痛み出すのだ。
どこからも、なにものからも攻撃を受けていないというのに。
それでも僕は普通のように微笑んで、とぼけたように獣王様に返した。
「そうでしょうか?」
「ええ、他の人だったのならちくちくと上手い具合に精神的に追い詰めていくでしょうに」
くすくす、と獣王様はお笑いになった。
まるで、僕の全てを見抜いていると言いたげに。
「それは…獣王様は僕が甘いとでも?」
言葉を選ぶようにそう言えば、獣王様は銀色の煙管をすぅっと吸い込んでふわりと紫煙を揺らめかせた。
まるで普遍なものが嫌いだと、波風を立てようとするみたいに。
「ええ。うすうす気付いているでしょう?…よもや、あの娘に惚れたのではないの?」
僕はその言葉に本気で笑った。
そんな事があるはずもない。
精神体の生き物である僕が恋愛などしてしまえば、それは身を滅ぼすものでしかなくなる。喜びは依存させる毒に、悲しみは殺すための刃に。それは有ってはならぬ事。
「馬鹿な事を。魔族である僕がその様な感情を持ってしまえば、身を滅ぼしてしまいます」
その言葉にさもおかしそうに獣王様はお笑いになった。
まるで予想外の事がおきて面白がっているかのように。
「そうね。己の言った事をよく、心に刻んでおくのよ」
「刻んでおく必要すらないものです」
そうして言葉を一蹴すると、獣王様はさも愉快といった風に口角を上げふわりと紫煙を揺らめかせた。
「そう。ならいいけれど。――ともかく、あの娘の事は貴方に一任するわ。見捨てるなり、殺すなり、生かすなり、貴方が決めなさい」
「――何故?」
「そのほうが、面白いからよ」
獣王様はさも面白いといった風に微笑んでおられた。
>>20050706
決定権は貴方の手の中に。
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