愚かな寓話




 リナさん達は、列車付近の街より少し歩いた場所にある少し大きめの街にいるようだった。
 夜、僕はその街に存在している少し眺めのいい公園の街灯の上にいつものように入れ物を作り上げると、その街灯に座った。
 昼間ほどの明るさで煌々と街が照らし出され人が眠らない街、といっても真夜中に公園に来るような人はカップルか変態さんぐらいしかいないので、街灯の上にちょこんと座っている僕の姿を見つけるような事はない。
 それだけ、その公園に人はいなかったのだ。
 喧騒から離れた場所で僕は獣王様の言葉を思い出した。

『…よもや、あの娘に惚れたのではないの?』

 思わず苦笑した。

「僕が、あの黄金竜の娘を好き?ばかばかしいにも程がある。何故僕が彼女を好きになる必要があると」

 呟いた言葉は、何故か自分に言い聞かせているような気がして更におかしく思えた。
 そんなことなど、ありえないというのに。
 近頃よく感じる気配に下を見えると、印象的な海色の目が僕のほうを見上げていた。
 なので僕はにすとん、と街灯から降りて彼女と同じ視点になる。

「何か御用ですか?」

「ええ。――ゼロス、助けていただいて有難う御座いました」

 にこり、と僕の目の前ではなかなか見せないような柔らかな表情で彼女は感謝の言葉を吐いた。
 それに、直ぐに皮肉を言わなくてはいけないような気がした。
 そうしないと僕の中の何かが崩れてしまうような…、そんな気がした。

「気持ち悪いですね、貴方からお礼など」

 僕がいつものように何の感情も見せぬような柔らかな口調で言うと、彼女は直ぐに怒ったように金切り声を出した。
 僕に対するいつもの、彼女の声。

「失礼な!私は貴方たち魔族と違って礼儀正しいのです!」

 …なんか違うが。

「怒る観点が多分に違うと思いますがねぇ…」

「なんですか!?それは私が風変わりだとでも言いたいんですか!」

「別にそんな事一言も!言っていませんよ」

「くぅぅぅっっ!!私はなんで…」

 いつものように彼女をからかっていると、不意に僕の見知っている気配と魔力を感じた。
 彼女もそれに気がついたようで、言葉を出さずに真剣な表情をした。

「――お客様のようですよ?」

 精神世界で微笑んだ彼はしゅるり、と擬態を作り上げた。
 黒髪を短く切りそろえて、僕とは違うがまた同じように何処にでもあるような深い青色の神官服を着た彼は彼の主とは違って、16、7歳の姿を形どっている。それでも幼い表情を形作っているのは、いたずらや嫌がらせを好む所為だろう。…恐らく。
 彼女は強く警戒した目で彼を見ていた。

「あはは、冥王様の言うとおりだァ。獣神官ゼロスはその、作られた命に惚れこんでるって」

 彼はそう言って笑った。一体、彼の主は何を言ったというのだろうか?それとともに、そのようなことを考える彼の発言に僕はあの列車での不可解な魔力を思い出していた。もしかしたら、あの時もちょっかいをかけるためにわざと魔力を変質させて暴走させたのだろうか?確かに、見知ったもののような気がしたし、黄金竜の持つ波動と同等の魔力に変質させる事など冥神官の彼には可能だろう。もっとも、それを聞く気もないので疑問は疑問としてそのまま闇に葬られるだけなのだが。

「そんな事ある訳無いじゃないですか」

 全ての疑問はそのままに言われたことに否定の意をこめてにこり、と微笑んだままそう返事を返すと彼はさもおかしそうに笑った。
 何処までも魔族らしい鈍い光を併せ持つ残酷な瞳で。

「じゃあ、ゼロスはこの女を僕がいたぶり殺そうが、ずぅっと見ていてその苦痛の負の感情を食べるんだね?どうやら、その女の利用価値はないようだし僕が殺してもかまわないんだよねぇ?ね、惚れてないようだし?」

 にこにこと無邪気に微笑みながら言うその言葉に、何故だか僕の擬態のどこかが針か何かでさされているかのように、ちくちくとどこかが痛む。
 一体、何が痛いというのか。
 そのささやかな痛みの中で思い出すのは思い出すのはさも面白そうに笑っている我が君の言葉。

『…よもや、あの娘に惚れたのではないの?』

 まさか。
 まさかそんなことなどあるわけがない。

「…ええ、かまいませんよ」

 そう、知らずに言っていた。

「ゼロス」

 彼女は僕の名前を呟いていた。
 絶望に酔いしれる声でもなく納得の声でもなく…ただ、少し悲しそうに。

「貴方は僕が魔族だと言うことを、忘れていませんか?」

「――いいえ」

 彼女は何の抑揚もなくただ、無感情に否定した。
 忘れてはいないのだと。
 それが真実かどうか、僕は図り知る事が出来なかったけれど。

「やった。じゃあ許可も貰ったし、嬲り殺してあげる♪」

 彼――冥神官フィリクはそう言って、残酷に笑った。
 そうして黒い弾丸を彼女に投げた。
 防御呪文は間に合わないと思ったのか、彼女は咄嗟に転ぶように右に避けたがフィリクは連続でそれを投げつける。

「くっ」

 唸るように呟き、彼女は言葉のみで作り上げた防御結界を翳した。しかし、それは1回の攻撃を防ぐ程度でしかない。
 絶対的に不利な状況でしかないのに、彼女は海を思わせるその強い光を帯びた目でフィリクを睨んでいた。――まるで、意志など曲げないと言いたげに。
 ちくちくちく、と絶え間なく僕のどこかが痛みを発している。いつもならば、彼女からから出ている恐怖や焦りなどの負のハーモニーに喜んでいてもおかしくないのに。

「ねぇ、女。逃げてばっかりじゃ面白くないよ。なんか抵抗しなよ?」

 くすくすと、フィリクは笑う。
 それはまさに普段の僕の通りに。

「……はぁあああぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁッッ!」

 彼女は叫んだ。
 その声に呼応するように背中の服は破け、そこから漆黒の翼がばさりと生み出された。――それは、まるで黄金竜の翼とはかけ離れたもの。僕も数回しか見たことのない、古代竜の翼。
 ばさり、と翼がはためいて空へと飛び立っていく。
 なるほど。この町の人々の被害を考えていたのか。……とても、甘い人だ。
 戦いの行方を見るために、僕も飛んでいく。
 ちくちくと痛む、人間でいうところの心臓の部分を抑えながら。

「へぇー、さっすが作り物。黄金竜だなんて名乗っていたのに、古代竜の翼出しちゃってさ。しかも、人型で翼は古代竜の特権じゃない?」

 ばさり、とはためいている翼の中心にいる彼女は顔を伏せていた。

「……封魔崩滅!」

 叫ぶとフィリクの身体は青白い光に包まれる。
 しかし、彼の主のお得意技トカゲの尻尾切りを真似ている。――つまり本体はちょっと怪我しただけで済んでいるわけだ。
 彼女もそれは承知しているようで決して油断することなく前を見ていた。

「私は――」

 彼女は呟いた。
 海のような蒼い瞳は、美しいぐらいに真っ直ぐなままで。

「私は生きるって決めたんです!私の存在が例え、血塗られていようとも――生き抜くと!!」

 ぱちぱちぱちと音が聞こえて、虚空からしゅるりとフィリクが擬態を作り上げた。
 その瞳は楽しんでいるようで――酷く怒りに駆られているもの。

「ふーん、じゃあ、死ぬときはどれぐらい絶望するんだろうね」

 笑ったまま、黒い玉を出す。
 彼も怒りに駆られるなんて未熟なままだが…例え、僕と同等の魔力を持とうとも黄金竜の娘の戦闘経験値はほぼ皆無に等しい。先天的な戦いのセンスは認めるが、目の前の相手はそれだけでは乗り切れない。

 ――確実に、彼女は死ぬ。

 そう思った瞬間、痛みが増していった。
 何故、こんなにも痛む?そもそも、痛みなど傷でもつかない限り感じる事はなかったのに。
 フィリクは彼女に向かって黒い球を投げた。
 しかし、不利な状況は続く。
 飛び立ったとはいえ町は下にあるのだ。――まだ、離れてなどいない。
 そして、彼女の頭上から球を投げるフィリクは彼女がその玉を受け止めねばいけないことを考慮している。見捨てる事などあの甘い人には出来ないのだろうから。

「くぅぅぅぅっっ!」

「死ねぇぇえええぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇッッ!」

 強い黒い波動は立て続けにその手から放出され、受け止めている彼女の結界を揺らがせる。
 ――やはり、戦闘経験が少なすぎる。
 威力負けをした彼女の身体は地面に叩きつけられる。
 瞬間移動したフィリクは、黒い玉を作り出した。

「残念だったね。――生き抜けなくてさ」

 笑いながら玉を放出する。
 刹那、何も考えられなくなっていた。

「あれー?君は、見て楽しむんじゃなかったの?」

 気が付いたときには、倒れている彼女の目の前に踊り出ていた。
 そうして魔力の玉を相殺している。
 フィリクは笑っていた。
 しかし、さっきまでズキズキと僕の身体を蝕んでいたはずの痛みはどこかに消えてなくなっていた。

「さぁ…どうしてでしょうか?ひどく、痛むのですよ。だから僕は――」

 笑っていた。
 仕事以外の事をするのは僕の主義に沿わないのだが。
 それでも、分からないから。

「彼女を助ける事にします」

 僕は呟くと手の平の中に魔力の玉を出現させる。
 フィリクは眉をひそめていた。僕の行動が同じ魔族として沿わないと思っているのだろう。
 なにせ、僕自身もそう思っているのだから。

「ふーん、君は魔族なのにそれで良い訳?ゼロス」

「駄目なのかもしれませんが…それは、貴方を倒してから考える事にします」

 にこり、と微笑んで倒れている黄金竜の娘のほうを見るとゆっくりと起き上がっている最中だった。
 打撃で受けた傷は大きいようだが致命傷、というほどのものでもないようだった。

「有難う、ゼロス」

 にっこりと微笑む彼女に、僕は憎まれ口の1つも叩けずにいた。
 ともかくフィリクを撃退するほうが先だろう。
 僕は、自身の魔力の一部を精神世界から攻撃するために実態に作り上げていると、後ろでは神聖魔法を唱える彼女の声が聞こえた。
 魔力を実体化させると同時に彼女の術は完成した。

「封魔崩滅ッ!」

 白き光と黒き光がくるくると、反発しながら混ざり合う。
 そうして生まれたものは、虚無という一転の曇りすらもないほどの暗き闇。

「こ、この力は一体!」

 フィリクは精神世界に間一髪逃げ込んだようだった。
 しかし虚無は収まる事もないまま、暴れまわっている。
 呪文としてエネルギーが爆発に転換する力が足りないというのか!
 咄嗟に僕はそこらにある壺をもっていた。血の紋様、にはならないが指を切り裂いて其処からあふれ出た魔力のかけらでとある紋様を書く。
 これはあるときに偶然知った紋様刻印だった。
 そのときは、必要もなかったし僕が使ってみても発動はしなかったのだが…。やってみなければ…。こんな、中途半端な状態から滅びをもたらすなんて僕ら魔族の願望ではない!

「世界を守りたいのなら僕の通りに!」

 叫んでそれを確認するまもなく、彼女の指を噛み切った。

「くっ」

 痛そうに少し叫ぶがそれでも耐えている彼女の指を取ると、血液が滴り落ちる中、同じ紋様を再度書く。
 すると紋様は光り輝いて、その効力を示そうとした。

「闇よりもなお深き虚無よ!その力が再度必要になるまで、この中で深き眠りにつくがいい!!」

 蓋を空けると交じり合って爆発した虚無は、何かに吸い込まれるように壺の中におさまっていった。
 ぱたん、と蓋をしめると何事もなかったかのように壺は開かれる事はなかった。

「ゼロス……」

 その言葉に僕ははっとした。
 僕は魔族では有り得ないことばかりをしている。
 自分ですら情けなく笑っているのを、感じた。



      >>20050713 ちょっかいかけ。



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