愚かな寓話




 リナさん達はどうやら黄金竜の娘が最初に住んでいた場所――あの、黄金竜があえて迷いの森にしていた場所に戻るつもりのようだった。
 しかし、まるっきり同じルートを使わないのはきっと黄金竜達を警戒してのことだろう。少しばかり、遠回りの道を突き進んでいた。
 そんなある日、さてリナさん達はどうしているだろうかと精神世界から意識を移すと、気味が悪いくらいに沸き立っている黄金竜の娘の感情を見つけて一体何があるのだろうか、と意識を完全に現実世界に移してみた。
 すると、大きな市場の中できらきらと興奮したようなまるで夏の日の海面のように光り輝いている目をして売り出している骨董品を眺めている彼女の姿を見て、気になることもあったので現実世界に現れてみた。
 鉄のような、でも何かが違う匂いが鼻についたが、僕はまったく気にする事もなく彼女の後に立った。
 僕が現れたことにまったく気付いていない彼女はやっぱりじぃっと骨董品らしき壺を熱心に眺めているので、何故だか人よりも体温が低いと言われるその手を流れるような金糸の髪を掻き分けてぴたっと首に当ててみた。

「ひゃあっ!」

 叫び声にふっと振り返った彼女は僕がいたことをまったく想像していなかったらしく驚いたように目を見開いて呆然と僕を見ていたが、すぐに我に返ったのかきっと鋭く睨みつけた。

「なっ…、なんてことをするんですか!」

「ただの可愛らしい悪戯じゃないですかぁ。そんなに過敏に反応する必要はないと思いますけれどね」

「貴方がすると何から何まで怪しんですっ」

「はっはっは、そんなに褒めないで下さいよ」

「褒めてません!!」

 いつものような過敏な反応に僕は笑いながら彼女を見ていた。
 なにが起きても彼女の本質的な部分は何も変わらないらしい。
 それはともかく、とまるでギャグのようなやり取りを横においておくと彼女がじっくりと眺めていた骨董品を見た。それは確かに、古い時期に人間が作り上げたものだった。

「骨董市ですか?」

 周りを眺めてみてもやっぱり古めの品々が出品されているのを見て、僕はそう判断した。
 あまり縁のない場所だ。別段趣味などない(もっとも魔族に趣味があったのならそれはそれで面白いが)僕にとっては興味もなければ、来る必要もない場所なのだから。

「ええ、こうして歳月を経た調度品を見ていると流れた年月や遠い昔にこれらを作り上げた人々の考えに思いをはせる事ができてとても楽しいのです」

 その様な事は時間の無駄だと思う。時は金なりとはいい言葉で、そんな思いをはせるなどというまったく意味のない行為に時間をかける彼女の行動は僕にはまったく理解できないものだ。
 だけれど…骨董品のつぼを見てにこり、と微笑む彼女は充実したような美しい笑顔を浮かべていた。

「私…もし、ミルガズィア小父様と合流してとりあえずこの事態が終結したのなら、小さな骨董品店を開きたいと思っているんです」

「へぇ、貴方ほどの魔力を持つ人が?」

「そんなこと関係ないですよ、ゼロス。…私は今まで与えられてきたままに動いてきました。だから今度こそ、自分の意志で自分の力で行動していきたいのです。それは決して生まれ持った魔力や境遇に左右されるものではないと私は思っています」

 自分に納得させるように話した彼女は最長老に事実を突きつけられても凛と視線を逸らさずに最長老を見ていたときのように、まるで澄み切った海のような色で僕を真っ直ぐに見つめて、にこりと笑った。
 そんな彼女の表情は最初の頃のような気持ち悪いぐらいの無垢さ故に真っ直ぐに前を見ていた表情とは違って、酷く美しかった。
 あらゆるものを引き寄せるような。

「そうですか。生まれもって強い力を持つことも一種の才能でしょうからもったいないとは思いますが、敵が少ない事に越した事はありませんからね」

「敵って…っ、まさかまた悪の限りをやりつくすのですか!?」

「まぁ、それが仕事ですからねぇ」

「くぅううぅぅっ!やっぱり、貴方は生きとしいけるものの敵ですっっ!」

 地団太を踏んでびしっと人差し指を僕に押し付ける様ははしたないものだったが、いつもの彼女だった。
 やっぱり、妙に凛としている表情よりもこうやって黄金竜にしては幼い行動を見ているほうが何故だかほっとする。…これが、恋という奴なのならば非常に滑稽だ。なにより認めていないが。

「…ゼロス、もし骨董屋を開けることになったら来てくださいますか?」

 先ほどの幼い行動とはうって変わって、少し悲しげにその海の瞳を揺らして微笑んだ姿はどこか消えていきそうなぐらいに儚げで、ずきずきと何かが痛みを発する。
 それは何度も感じたのだし死んでしまいそうなぐらいに痛いものでもないので、慣れてしまっても良いような気がしたがいつまで経っても同じぐらいの…いや、だんだん大きくなりつつある痛みに慣れることはなかった。

「そうですね、まぁ貴方の行動を監視する事は仕事の一環ですし」

 思わず、考えてもいなかったことを言っていた。
 彼女は黄金竜に協力するとは思えなかった。なら僕の出番などないし、その様な予測できる無意味な行動をすることは時間の無駄だというのに、それでも無意味で何の利益すらもない言葉を吐いていた。
 いつもの自分と違う言動はまるで何者かに操られているようだ。
 しかし誰にも操られていないということは分かっているから、僕は発言したその言葉を撤回するつもりもなかった。
 すると、ぱぁっと顔を明るくした彼女はにっこりと先ほどと同じように微笑んでいた。
 骨董品を見ているときのわくわくしたような…それでいてどこか違った笑みを。

「そうですか。お茶を準備して待っていますね」

 僕はお茶を飲まなくても平気なのだが…まぁ、いいだろう。
 彼女はにこにことその骨董品をおいてある場所から離れるとそういえば、と呟いた。

「何か用があったんですか?」

「ええ…まぁ、興味本位のことなんですけれどね」

「へ?もっ…もしかして私をからかうのが目的だったとか言いませんよね!?」

 そう言って、身体を抱き締めるように両手を動かすと彼女はずずずっと後に下がっていく。
 その警戒する姿に僕は思わずくすくすと笑っていた。

「はっはっは…そんなことに興味ありませんよ」

「うっ!?そ、そうですよね…」

 何故だか嬉しいような悲しいような複雑な表情をした黄金竜の娘は、数歩前に出るとそれならなんでしょうか?と首をかしげた。

「その、魂にかけられた魔法を解いてもよろしいですか?」

「へっ…?あ、そうですね…いいですよ」

 今まで気付いていなかったのか、確認するようにきょろきょろと見ていた彼女は同意したので、さっさとそれを解く事にした。複雑な儀式はいらずに解けるものではあるが、気付かれずにするのは難しいのでやっぱり同意は得ておいたほうがいいだろう。まぁ、こんな事如きで魔法を解くことを否定する事はないと思うが。
 僕は彼女の体に向けて何処にでもあるような杖を向けるとすぅっと一振りした。
 視線を逸らす魔法はさっと解けて、残るは偽装する魔法。
 杖の先から僕の魔力がその魔法構成に絡みつき分解させていく。
 形を強制的に失ったその魔法は霧散して消えてなくなった。
 そこから見えた魂は別の魂が二つに分かれて、切断面から絶妙に交じり合ってようやく一つの魂の形に成しているようだった。それは不気味でそれ以上に歪んだ美しさすらも感じるものだった。
 でも、それは予想できた事だった。ホムンクルスは合成獣のように核となるものに別のものをまるで切り貼りするように貼り付けるのではなく、例えば二つの異なる液体を混じり合わせてそこからまったく別の効果を狙うものなのだから。

「…こうして目に見えてしまうと、自覚せざる得ませんね」

 顔を悲しげに歪ませて呟いた彼女は、僕に微笑んだ。悲しげなまま。

「でも、貴方は受け入れるのでしょう?」

「ええ。…そう、決めましたから。それにしても貴方は悪趣味ですね」

 くすくす、と笑う彼女はもう既に悲しげな表情もその感情すらも消えてなくなってしまって、ただ少し楽しげに笑うだけだった。
 もしかしたら、もう彼女の中では昇華し納得した事なのかもしれない。
 そんな強さが、僕には眩しすぎた。



      >>20050727 朗らかな日の語り合い。



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