愚かな寓話
やはり、それ≠ヘ僕には理解不能だと思った。
もしくは、理解できないのかもしれない。本能のどこかでそれ≠理解することを拒否して僕の根本的な感情を保とうとしているのかもしれない。
しかし、ならば僕は何故彼女に対して理解不能な痛みを感じるのだろうか?
その、欠陥としかいいようのない精神の反応にそれでも僕はそれ≠拒否する事しか出来なかった。
それでも、知りたいと願うのか。
それでも、欠陥を突き止めたいと思うのか。
現実世界をふわりと覗き込むと黄金竜の娘は軽やかに歩いていた。
リナさん達とともに街中をぶらりと歩いているようだった。もしかしたら何らかの目的があるのかも知れないが、まだ会話を聞いていない僕にはそれを想像する事は厳しいだろう。
けれど、リナさん達と話しながらとても楽しそうに微笑む彼女の表情は普段僕に見せるものではなくて、そう考えてみればどこかがじくりと痛みを起こしていたが、それ以上に何の憂いもないその表情にほっとしていた。…もっとも、何故ほっとするのかはまったく理解できなかったが。
「お姉さん」
彼女に声をかけたのは以前教会で話し込んだ、不気味なぐらいに神族を信じきっていた子供だった。
黄金竜の娘は以前見たことのある子供ににこりと笑うと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「お久しぶりですね」
「うん」
子供はにこり、と笑った。
不気味なぐらいに無邪気に。
きらり、と何かが光って子供の手は素早く彼女のほうに差し出された。強く、強く。
ぐさり。
腹部に刺さったのは煌くナイフ。
素早く引き抜くと、溢れ出した毒々しいほどの赤が穢れのないような巫女服をじわり、と濡らした。
子供は2、3度それを突き刺すとぬるり、と彼女の血で濡れたナイフを持ったままリナさんに取り押さえられていた。
にこり、と微笑んだままだった彼女はそのまま倒れていった。まるで、僕の眼にはスローモーションのように映って。
「きゃあぁぁああぁぁぁあぁ!」
倒れた女性を見るのは初めてだったのか、甲高い声は回りに響き渡って人々はそれに触発されるように散り散りに逃げていく。
その滑稽な様子に笑えない僕は、擬態を作り上げて彼女の横に出現させた。
じくじくじく、と身体の奥のどこかが痛んでたかがホムンクルスの女ごときが刺されただけなのに、この世の終わりのように痛みは叫び体内でぐるぐると暴れては膨れ上がっていた。
リナさんに取り押さえられた子供はにこりと不気味なぐらいに純粋な笑みを浮かべたまま。
「どうしてこんなことをしたのっ!」
叫んだリナさんの問いに、まるで悪いことをしたとは思っていないようにきょとんとして、黄金竜の娘を見て言った。
「だって、黄金竜の神官様が仰ったんだもの。あの人を殺す事が正しい事なんだって。だったら、僕は平和のために殺す事も厭わないよ」
その言葉はまるで純粋という言葉を借りた狂気そのもので。
じゅくじゅくと痛みはかつてないほどの熱い殺気になっていった。
その痛みに従うように僕は手を振りかざす。あとは意思一つであの子供の身体は突かれて絶命するだろう。
しかし、ぎゅと服を捕まれた。
「ゼロス…」
呟いた言葉に子供を殺す事よりも先に彼女の顔を覗き込むと、印象的だった海色の瞳はおぼろげに濁り始めていた。
死んでしまうのではないか。
その考えに恐怖を覚えた。
「アメリアさん、治癒を!」
「いいの…ゼロス」
彼女は紫の唇を弧に描いて微笑んでいた。
だが、黄金竜が持つ自然治癒力と、アメリアさんが習得している神聖魔法の回復呪文であれば傷つけられた内臓の修復ぐらい可能なはずだ。
アメリアさんは僕と反対側の位置に立つと素早く呪文を唱えて光を当てた。
それは正しい呪文のはずなのに、再生していくはずの細胞はそれよりも早く死滅していっている。…もしかして、いつの日か嗅いだ血にもに鉄の匂いは数日たった後も回復していなかった彼女の傷からあふれ出ていた血だったというのだろうか。
だとすれば…彼女ほどの魔力ですらも回復力を早める事が出来なかった傷をアメリアさんはもちろん、回復呪文を不手としている僕も治すことができないということ。
彼女に待つのは死だけということか!?
回復呪文を当て続けるアメリアさんの行動を彼女は真っ白な手でゆっくりと諌めるとふっ、と僕を見た。
思わずアメリアさんの手をのけて上半身を抱き上げると、彼女は痛みで脂汗すらもかいているというのに痛くもないと言わんばかりに、穏やかな微笑みを僕に見せた。
「…あっけなく死ぬなんて貴方らしくないですよっ!」
衝動のままに叫ぶと、か細い声で彼女はあふれ出た血液に紫色の唇を縁取られながら、声を発した。
きっと、それは僕にだけしか聞こえないほどの音量で。
「貴方に……会えてよかった。私、貴方のことが……」
最後の言葉が僕の耳に届く事はなかった。
息をするために震わせていた唇は、ぴたりと開いたまま止まって。
天候によって変わる海のようにころころとその色を変えていった蒼の瞳が僕を写すことはなくなった。
刹那。
まっしろになった。
「あああああああああああああああああああっっ!!」
身体の奥底に溜まって膨らんでいった訳の分からないぐるぐるとした痛みははけ口を探すように僕の口から音を発して、溢れ出した魔力は風船のように膨らんでいった。
なにか、きっかけを与えれば破裂して僕の存在と引き換えに現実世界を破壊するだろう。
ああ、そうか。
そういうことなのか。
僕は彼女の亡骸を抱き締めながら微笑んでいた。
リナさん達はその光景をあっけに取られたようにただ見ていた。
きっと、人間にしては鋭いリナさんならば理解できたかもしれない。張り詰めたような空気の振動に魔力の濃度が濃くなっていく。それを見ることは出来ないだろうけれど、ただならない雰囲気を察する事は得意としていたから。
「ゼロス、アンタ何しようとしてんのよっ!」
リナさんのその問いかけに僕は微笑むだけだった。
まるで擬態が壊れたかのようにその他の表情なんて…出来なかった。
「リナさん…僕にも恋の衝動、というやつが分かりましたよ。彼女が死ぬことがこんなにも悲しく痛いものだとは、思いませんでした」
恐らくリナさんが僕に言ったのはこういうことだったのだろう。
感情で考えてしまうよりも早く身体が動いていく。それに逆らうことさえも出来ぬほどの強い強い衝撃。
まさか、実感する事になるとは思わなかったけれど、最早魔族失格である僕には滑稽なほどにお似合いだろう。そして、それでもいいとさえ思っている。
僕は彼女の亡骸を抱き上げ立ち上がると、その唇にキスをした。
死んで直後のその唇は生きているように温かく、そして血の味がした。
自己満足の行為。…今までの僕はそんな無駄な事などしなかっただろう。
「リナさんたちは、生きてくださいね。魔族の僕の言うことではありませんが」
まるで似合わない言葉だったが、人間にしては気に入っていた彼らには大地に根を張り生きていて欲しいと思った。たがだか100年にも満たないぐらいにしか生きられない彼らだからこそ、僕はそう願った。
最早、それを止める気などなかった。
衝動に突き動かされるままに魔族らしくない消滅の仕方をするとしても、僕は満足だった。
「何言っているんですか!?ゼロスさん、正義は生きてこそ出来るものなのですよ!!」
「お前にはそんなこと似合わんぞ!!」
アメリアさんとゼルガディスさんが悲痛なぐらいに悲しげな瞳で叫んでいた。
何故、悲しげにする必要などあるのだろう?所詮は魔族が1人いなくなるだけで、寧ろ彼らにとっては好都合なものだろう。
魔力の飽和は続く。
逃げなければ、彼らも巻き添えで死んでしまうだろう。
だけれども止める気などなかった。
所詮は自己満足のたぐいで、最早どうでもよかった。
「逃げるわよ!此処にいたら、ゼロスの余波にやられて死んでしまうわ!!」
状況を理解したリナさんは僕をやはり悲しげに揺れた赤い瞳で見ると皆に叫んで逃げるようにと促した。
僕は思わず微笑んでいた。
そう、それでいい。
「ゼロスさん!!」
アメリアさんが僕を呼ぶように叫んで、逃げるのを拒むようにゼルガディスさんの手を振り切った。
まったく、愚かな人だ。ここにいれば死んでしまうというのに僕を説得しようとでもいうのだろうか。
「逃げるんだ、アメリア!」
海の眼の女性を手にかけた子供を担いでいたガウリィさんが叫ぶと、ゼルガディスさんは振り払われた手を今度はアメリアさんの腰を引き寄せてそのまま肩に担ぎ上げた。
アメリアさんは嫌そうに引き離そうとするがどれだけ体術をやっている彼女でも力の差があるゼルガディスさん相手にしかも担ぎ上げられた状態では抵抗する事も出来ずに、ただばたばたと暴れていた。
そうして、皆さんが走り去っていく姿を眺めて、不意に頬を緩ませていた。
魔力が破裂寸前までに膨張していく。
僕はぎゅっと黄金竜の娘の亡骸を抱き締めた。もう、僕を写さないその海の瞳を持った人を。
そうして、その美しいとは言えない表情を眺める。
「もしも、生まれ変わる事があるというのならば…」
魔族は滅んでしまえばそれまでで、生きとしいけるもののように転生などしない。
それでも、言いたかった。
ありえない状況を望んでしまう僕の思いを。
空気が魔力に感化されて踊り狂うように沸き立つ。
飽和していく魔力に止めを刺すのもまた僕。
にこり、といつものような作り笑顔ではない微笑みを自然と浮かべているのを意識しながら彼女の亡骸を抱き締めた。
そして、破裂した。
>>20050803
あっけない終焉。
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