凍えた場所
一瞬の隙に空間の気配ががらりと変わって、思わず目を開けると見えたのは灰色だった。
僕の瞳は、僕自身の魔力により擬態されており人間のそれとは全く変わらない。もちろん普通の空間であるのなら空は青色から茜色に変化し、最後に闇に包まれる変化を見ることが出来るし、葉の色は緑色だと認識出来るし、人が作った人工的な色の区別も出来る。
だが、その瞳はまるで欠陥を示すように灰色しか映していない。
空の色も木々の色も草の色も、灰色。
ああ、そういえば僕はフィリアさんの家にいたはずなのにどうして何時の間にか外にいるのだろう?ともかく、その変化の原因を探るために精神世界へと意識を集中させた。
しかし、僕の住処であるはずの精神世界は全く見えず。
「……ここは、誰かが作った空間、ということなのでしょうか?」
自身を納得させるために吐いた言葉は、真実味を持って表れた。
誰かが製作した空間ならば、精神世界との交わりは境界線を持って完全に断ち切られているはずだから、僕がそれを覗けないのも納得がいく。
ならばそのきっかけは――あの、石細工が施された箱?
「まぁ、断定するには早すぎますか」
僕はともかくこの、奇妙な空間を歩いてみようと足を前に出した。
歩けど歩けど灰色の景色はまるで変わる様子を見せずに、数十分は歩いただろうか?
不意に、灰色とは別の色彩が見えて僕は其処を目指して歩いていた。
そこは確かに木々が青々と茂っているように見えたのだが、近づいてみるとそれは僕が知っている葉ではない事に気がついた。
さらさらさらとまるで薄く硬いものが擦りあって出すような音が聞こえてきて、じっくりと見るとあの石細工の土台になっている石――孔雀石で出来た葉のようだった。
しかし、唯一色のついている遠目には森に見えたその場所は、なにか鍵のようなものがあるような気がした。もっとも第六感などまるで信じない僕が感じるものなど戯言も甚だしいが。ともかく、これ以上状況が悪化するとは思えなかったので、そのまま孔雀石で出来た木の中へと入った。
しゃりしゃり、と草にしてはまるで薄く伸ばされた砂糖菓子を踏み潰すような音が聞こえて下を見ると、先ほどの灰色の草とは違い、深い青緑の色をした草が生えていたがよく見ると孔雀石で出来ており、微妙な色の変化はまるで本物の草のようだったけれど、確かに違うものだった。
僕はそれを確認してしまうと後は音など気にすることもなく、ただ繊細に出来た孔雀石の草を踏み潰していくだけだった。
迷ってくねくね歩いても仕様が無いのでただひたすらに真っ直ぐ歩いていくと、空間の開けた場所に出た。
そこは、花が綺麗に咲き誇っている場所だった。
色とりどりの花はしゃらん、と風が吹くたびに音を立てる。
そう、これらもまた孔雀石で出来た花だった。
ああ例えば、あの石工の男が見たら喜びそうして羨望するような風景だ。
「ま、僕は興味などありませんけどね」
石工に向けたように呟いた言葉は、返事するものもなく消えていく。
僕はそれ以上その綺麗な花を眺めることなく、ただひたすらに真っ直ぐ歩いていく。
しゃらしゃらとまるで歓迎するような色音を奏でながら、精巧に作られた花は折れてしまう事などまるで厭わずにただ揺られ続けていた。
奥に行くと、小さな湖が見えてその前には女性が立っていた。
青緑の緩やかなカーブを描いた腰までの髪に、少し緑がかった青に近い瞳は大きく愛らしさをかもし出している。透き通るように白い肌に、まるで花弁のように柔らかなピンクを彩る唇は静かに存在しており、それらは神に作られたかのように精巧に配置されていた。
真っ白なローブを来たその人は、まるで宗教団体の教祖にでも成れそうなぐらい神秘的な雰囲気を醸し出していた。
もっとも、僕にとってはそのどれもが興味のない事であったが。
「お嬢さん、今日和」
にこりと笑って(いつものことだが)話し掛けた僕に、彼女はまったく表情を変えずにまるで硝子玉のような瞳を僕に向けた。
そうしてその可憐な口から流れた音はまるで、鈴のように甲高く聞きごこちの良いものだった。
「何か御用でも?」
「ええ。お尋ねしたいことが」
その女性は少し不思議そうに首を傾げたが、思い当たる事があったのかふわりと笑った。
それはまるで、作り物のように美しい笑顔だった。
「美しいお姫様は箱の中。眠りになどつきたくないと喚いても、全ては拘束する」
「…フィリアさんのことですか?」
「さぁ。私はお姫様の固有名詞なんて知らないわ」
まぁ、確かに名前など聞かなければわからないことだ。
だが、彼女が指しているお姫様≠ヘあの箱が家にあるところからしてフィリアさんを指している確率が高く、僕は彼女の言葉を無視する事が出来なかった。
ちらりと獣王様が忠告した言葉が頭をよぎったが、それでも僕は聞いていた。
「そのお姫様に会わせて貰えませんか?」
「お姫様は石の花を探しに行ったのよ。私が関与するところではないわ」
「石の花?」
それは、今まで見てきた孔雀石で出来た花と何が違うと言うのだろうか?
僕には分からなかった。
「そう、石の花。でも、石の花はとても強い毒をもつのよ。例えば、孔雀石の粉を吸い込んでしまうとまるで中毒のように緩やかに死んでいくのと同じように」
けれど、そのお姫様候補は人間ではない。
人間ではない体を持ち、人間より遥かに毒に対しては強いだろう。もちろん僕には及ばないが。
しかし、目の前の人にはそんなことなどまるで関係ないようだった。
ただ静かに微笑むその姿は、僕が誤魔化すために微笑んでいるのと同じような気がした。
「作り物は美しいけれど、偶然に発生したものと必然に発生したものではどちらがより美しいのかしら?ねぇ、教えてくださらない?」
「……さぁ、僕にはどうとも」
「いいえ。きっと貴方ならば教えてくれるわ」
まるで、作り物のように微笑んだ女性は次の瞬間には消えてなくなっていた。
それは魔力のなせる業ではないだろうか、と痕跡を探してみるが見つかる事はなく、やはり他人の作り上げた空間なのだと強烈に納得した。
何故なら、この程度であれば簡単に彼女の痕跡など探し当てられただろうから。
ともあれ、またあてもなく歩かなくてはならないらしい。
>>20060221
うあー、また『石の花』いつか読みたいなぁ。
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