凍えた場所




 歩きながら、何故僕はフィリアさんの後を追いかけているのだろう?と考える。
 確かに今ある情報で動けるものなどこれしかないのだけれど……、でもあの女性に聞くべきことはフィリアさんのことではなく、この空間の源はなんだったのかということだけだったはずだ。
 しかし僕は、聞くべきことを自ら捨ててフィリアさんのことを聞いていた。
 まったく、僕にしては奇妙な行動過ぎて、自身を笑いたくなる。
 ああ、これでは獣王様の言葉を笑い飛ばす事など出来やしない。
 真っ直ぐに歩きながら、思考をめぐらせていると不意に景色が変わる。
 ただひたすらに木々と草花だけだった目の前に、まるで茨の刺のような茎が目の前を遮断するように幾重にも張り巡らされていたから。
 茎自体も一本一本が人間の胴体ぐらいに太く、これを退かすのは骨の折れる作業だと思う。
 もっとも魔法を一発でも打てば、恐らく孔雀石で出来ているそれは安々と壊れてしまうのだろうが。
 と、結論を導き出すとさてどこぞの盗賊キラーどらまたさんのごとく破壊活動でもしてみようか、と思った。
 しかし、それは突如表れた人(かどうかはよく分からないが)影によってとりあえず遮られた。

「ようやく表れたお姫さんを奪おうとするふてぇ奴ってのはアンタか?」

 一見、姿は人間の男のようだった。
 しかし、青白い頬はまるでどこぞの根暗合成獣さんのように固く、岩で出来たかのように筋が入っていた。瞳の黒はまるで硝子玉のように鈍い光をかもし出している。
 灰色の髪は無造作に伸ばしているのか前髪を横に分けて肩辺りまで伸びている。そして、それらは数個に別れてうねうねと意思を持つかのように動いていた。
 動きやすいようにかジーンズに半そでのシャツを着ているその男は、どう考えても普通の男ではなかった。まぁ、人間ではないと断定するにはそれを確定させるための証拠が少々足りなかったが。

「……貴方の言うところのお姫様が僕の知っている人であればそうなるかもしれませんね」

 つい吐いた言葉は、やっぱり自嘲したくなるようなものだった。
 面白いことは大歓迎だが、それは自身のスタンスを崩すほどのものではないのに。

「奪おうとする可能性があるのなら、ここで葬っておいたほうがいいな」

 にやり、とまるで楽しげに笑う彼は恐らく戦闘というものを純粋に楽しんでいるのだろう。意外とこういう輩は多いのでそれほど驚きはしないが。
 それよりも、先ほどの女性には聞けなかったことを問いたい。まぁ、その暇を与えてくれるかどうかは別としてもだ。

「一つ、伺いたいのですがよろしいですか?」

「あ?まぁ、答えられることならな」

 ふむ、実に人がいい。
 そんなことで時間を食うよりもさっさと決着をつけたほうが早いと思うのだが。
 しかし、さすがに彼相手にそんなことを言うのはただ怒りを買うだけだということは重々承知していたので、さすがに口に出して言わなかったけれど。

「何故、貴方はお姫様を渡そうとはしないのです?貴方の口調ではお姫様はここの住人ではないでしょうに」

「簡単なことだ。お前は此処じゃないところから来たのだろう?だったら、分かるはずさ。箱というものは収めておく物があってこそ箱なのだと」

 なるほど。
 彼の言葉を聞いて、とりあえず彼がお姫様≠ノ執着する理由は理解できた。
 所詮、彼もここの住人と言う事なのだろう。
 すると、男はにやりと笑い何処からともなく取り出した剣を手にして構えていた。

「って訳だ。腹の探りあいは俺の性格にあわねぇし、とりあえずいかせて貰うぜ」

 男は駆け出して剣を振るった。
 僕はそれを自身の一部である杖で受け止める。精神世界から攻撃は、隔離されている時点で使えないだろう。本体は存在しているが、精神世界はまるでダンボールの構造のように薄い。其処に入り込んで動き回るには難しい広さで、それは僕が僕の存在そのままに攻撃をすることを拒否していた。
 といっても、本体が其処にある限り僕の強さは人間のそれとはまるで比べ物にならないのだけれど。
 と、不思議なうねりを繰り返していた髪が僕に向かってまるで触手のように蠢きながら襲い掛かってきた。
 思わず舌打ちをすると咄嗟に表れた僕の魔力の一部が触手髪を燃やさんと炎に成り変った。それが咄嗟に出てきたのは火属性を得意とする所為もあるのだろう。
 人の術よりは遥かに強力な威力をもった炎はぼうぼうと触手を燃やそうとする。

「くっ」

 唸り声を上げたのは敵の男だった。
 接近戦に持ち込むのは今のところ不利と考えたのか、バックステップで身を引いている。
 そうして、燃やし続ける僕の炎をばっと手を振り追い払った。まぁ、この空間は彼に味方しているのだからしょうがないのだろうけれど。
 しかし、僕はそれほど打撃戦が得意というわけではない。まぁ、人間から見ればどっちもどっちと思われるかもしれないが、作った獣王様が呪術を得意とする所為かそれとも僕が神官という称号を冠している所為なのか、僕ははるかに呪術のほうが得意だった。
 なので、人間に習って人間が編み出した術を唱える。

「烈閃槍!」

 魔族という精神体であるが故に、攻撃呪文は精霊魔法しか使えない僕はそれほど弱くない術を使った。
 が、さすがに男もバカ正直に受ける気は無かったらしくさくっと避けられた。
 そうして、男が駆け出すより早く、男の髪である触手が僕に攻撃を仕掛ける。
 それをひょいひょいと避けていると思ったよりも早く男が剣を振るったので、僕は杖で軽くはじいた。
 それでも、さすがに体制を崩す事は無く、寧ろ触手と連動させて攻撃を仕掛けてくるのだから厄介だ。先ほどの炎も効かないようだし、呪文を唱えるには少し気をそらすための要素が足りない。
 けれど、そういった要素は僕を楽しませるには充分だ。

「強いですね――」

「ありがとよっ」

 叫びながら剣を振り下ろすが杖で弾く。
 僕は口角に笑みを貼り付けたまま、弾いた杖の先端を彼の腹部に向ける。――がそれを触手が邪魔する。

「もっと楽しみたいんですけれどねぇ」

 楽しむために必要な余裕というものが少々ない。
 ここが敵の手の内でなければ、もっと楽しんだのだが――。

「暴爆呪」

 今や潰えてしまった術を放った。
 もっとも、魔王様を身に顰めた人間か増幅させなければ使用できない術なのだから、そりゃあ実用性にかけるものだがこういう場合には便利だ。
 何せ、人間の技で威力の強い精霊魔法などこれぐらいしかないのだから。
 それに僕ならではの特典もある。人間であればその他に長ったらしい力ある言葉やポーズが必要なのだろうが、さすがに魔王様を内に秘めたとはいえ人間が編み出した術。人間にとっては絶対条件のそれらは僕には必要が無い。
 そして呪術を唱えるのに必要な気のそらしようなどこれっぽっちも必要ない。神経を呪術に注いでいたところで問答無用の攻撃力で全てを破壊するのだから。
 岩の頬を持った男でもさすがに赤い光を触れると爆発するということは分かっているのか、触れぬようにしているようだけれど爆発を防ぐのは無理だろう。
 何故なら、地面や草や木などの動かぬものが確かに存在するのだから。
 オレンジ色に変色するほどの熱を帯びた爆発が広範囲におよび、道を塞いでいた茨の刺のような茎までも消え去った。
 そして、まともに爆発を受けた青年は生きていたのだが、その身体は所々凹んだり欠けたりして、まるで彫刻が外からの衝撃を受けてぼろぼろに欠けるように変形していた。

「ちっ…さすがにこれじゃあ無理か。ここは引かせてもらう!」

 男は声高々に叫ぶと、次の瞬間消えていた。
 先ほどの女性と同じように。
 さきほどの、血も流さず痛みも感じていないような彼の動きと欠けた肌に、恐らく彼は今踏みしめている草や木、精密に出来た花のように石で出来たものなのだろう。恐らく、孔雀石で。
 まぁ、推測でしかなかったが。
 ともかく、進むための道は出来たので僕は先に進むことにした。



      >>20060301 暴爆呪とゼロスの考察は独自設定です。あとゼラス様とゼロスの得意方向性も。



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