凍えた場所




 また風景は変わり、今度は茎で覆われたトンネルの中を歩いていた。
 自然のトンネルと言うところだろうか。もちろん、このトンネルになっている茎も孔雀石で出来ているようだった。
 それにしても、何故この空間を作ったものはそんなに孔雀石に執着しているのだろうか?
 もちろん、孔雀石は細工する石としては絶品だ。その名の通り華やかで普通はやや青みがかった緑色をしているのだが、それは美しいグラデーションをかもし出し、時には赤や水色など多彩な色を持つ石さえもある。粉末を体内に吸収すると毒になるというのは難点だが、装飾にするには華やかで見栄えのする石だ。
 それゆえに王宮でもよく装飾品として飾られている。
 だがしかし、加工できる石は他にも存在する。わざわざ孔雀石だけに執着せずとも良いだろう。
 しかし、この空間には孔雀石しか存在しない。
 それはこの空間に来る原因となった箱が孔雀石だったからなのだろうか?

「こうも暇だと変な事ばかり考えてしまいますねぇ。だからといって仕事のことを考えるのも少々難がありますが」

 そう呟いてしまうほどになにもなかった。
 そんな暇な時間も一時であるのは十分承知しているのだが。
 と、其処にウサギらしき物体が現れた。
 ぴょん、と目の前に現れたウサギは、きょろきょろと周りを見渡して耳をぴくぴくと動かしている。
 やや緑がかった白い毛を持つウサギであったが、きっとそれも孔雀石で出来ているようだろう。どうにも生身の雰囲気がしなかった。そう、どこか作りものめいたようなものしか感じない。
 ウサギは、一瞬その緑色のつぶらな目で僕の姿を確認したようだったが、ぴょこんぴょこんと前に向けて跳ねだした。
 先に広がる道は一本道だったがついて行こうか悩んでいると、ウサギはまるで僕を待つかのように跳ねるのを止めて、ぴくぴくと耳を動かした。

「――僕に着いてきて欲しいんですね?」

 呟くと、ウサギは頷くようにぴょこんと跳ねた。
 作り物であるウサギについていくことでどんなことが待ち受けているのかはわからないが――。

「たまにはいいかもしれませんね。掌で踊らされてみるのも」

 くすりと笑って僕が歩き始めると、ウサギは案内するようにぴょんぴょんと跳ねだした。
 そうして、ウサギに案内されるままに茎のトンネルを歩いて行くとそのうちにトンネルは終わりを見せて、先にあったのは広い草原だった。
 青々と茂ったそれは確かに孔雀石で出来ているもので、空は変わらずに灰色だった。
 丘の上に今まで見てきた木とはまるで比べ物にならないくらいに大きな木が生えていて、僕がそれを確認するために立ち尽くしていると、ウサギは待てないと言わんばかりにぴょんぴょんと跳ねだしてしまったので、つられるように僕も歩き出した。
 と、ウサギと僕を遮るように小さな少女が二人立っていた。
 青白い頬をし、それぞれ左右対称なのだと言わんばかりにピンク色の髪を1人は右側の高い位置でまとめ、もう1人は左側の高い位置でまとめている。藍色の大きな瞳はいたって子供らしい愛らしさをかもし出していて、黒が基調になっているワンピースは襟元や袖口、ちらりと見えるよう設計されているスカートの中までフリルがふんだんに使われている。

「お姫様を奪いに来たんでしょ?」

「王子様だー」

 まるで無邪気に話す少女は、一見敵意などまるで見えない。
 それよりも王子様、と表現された事に思わず頬をぴくぴくと動かしていた。

「王子様ではありませんよ。どちらかと言えば、お姫様を不幸のどん底に陥れる悪魔のほうが性に合っていますね」

 その言葉に不満そうに二人の少女は頬を膨らませて、抗議をした。

「えー、だってお姫様は此処にいることを望んでなんかいないんだよ?」

「そうそう!こういうところに来るのは素敵な王子様って相場が決まっているんだからぁ」

 最初の言葉は納得がいった。
 もし、フィリアさんがお姫様≠ナあるのなら、きっとこんなところにいる事なんて望まないだろうから。
 彼女にはあの世界に残してきているものがあるのだから。
 だからといって、それは僕がわざわざフィリアさんを探して助ける理由になどならないのだが。
 なら、何故僕は?
 問い掛けるたびに思い出すのは、彼の最後。
 そう、抱くはずの無かった感情を抱いたときに感じた、妙にストンと胸に落ちて後悔などまるで無く受け入れていた感情。
 僕自身はそれを拒否していると言うのに。

「あー、王子様が悩んでいるよ!」

「無視しないでー」

 指を突きつけて、やや怒ったように甲高い声を出す少女達に僕は思わず辟易していた。
 これだったら、先ほどの短絡的な思考をしていた青年のほうがマシというものだ。

「この際おうぢでも何でもいいですから、ここを通してくれませんか?」

 そう言うと、少女は鏡のように互いの顔を見合わせて楽しげににこりと笑った。

「この先はなにもないよー」

「この先にお姫様がいるよー」

 それは、相反する言葉だった。

『さぁ、どちらが本当を言ってどちらが嘘を付いているでしょう?』

 少女はにこりと笑って違う表情を作らない。
 それは感情においても同じで、僕は彼女達の雰囲気や仕草からどちらが嘘を付いているか見抜く事は出来なかった。が、既に答えは出ている。
 単純な答えが。

「僕はあなた方のどちらも信じる気などありませんよ。僕は今、不思議の国のアリスのようにウサギを追いかけているのですから、ウサギの行く先に行くだけです」

 もっとも、不思議の国のアリスにおいて僕はアリス役というよりは、どちらかといえばチャシャ猫のほうがお似合いだろうけれど。
 僕がにこりと笑ったままそう言うと、少女はまたもやお互いの顔を呆然とした表情のまま見つめ、次の瞬間にはおかしげに笑った。

「面白い王子様」

「王子様は誰も信じていないのね」

 まぁ、魔族である僕が誰かを信じるほうが随分間違っているのだが。
 そういう意味ではウサギの後について行くなどという他人任せなものもどうかと思うし、ひたすらに感という苦手分野に頼らなくてはいけない事実にも眩暈がしそうなのだが、仕様がないの一言に尽きる。
 ああ、本当に性に合わない。フィリアさんを追っているところからして性に合っていないのだから、僕も随分落ちぶれたような気がする。

「じゃあなんで王子様はお姫様と助けるのー?」

「人を信じていない王子様なら、お姫様のことなんてどうでもいいでしょー?」

 ああ、まったく少女らの言うとおりだ。
 僕の気質から言えば、彼女の事などどうでもいい。
 それなのに追いかけてしまうその根底には一体、何が横たわっているというのだろうか。

「どうでも良いと表層思考では思っていても、深層心理を全て理解している訳ではないので」

「屁理屈ー」

「屁理屈ー」

 ぶーぶーと僕の発言に異議があるのか頬を膨らませて非難した少女らは、それでもウサギのために道を開けた。
 ウサギはぴょんぴょんと跳ねながら先へ進もうとするので、僕はそれに付いていくように歩を進める。
 後から甲高い少女の声を聞きながら。

「理解できるといいねー」

「いいねー」

 本当は半分以上理解しているのかもしれない。



      >>20060308 つまりアスベストのような?



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