最後に笑っていたのです。
 酷く穏やかに。
 そう、まるで死ぬことなんて知らぬかのように。
 ――だから私は尚更ゼロスが憎くてしょうがありませんでした。




      囚われ人の恋歌




 百年などという時の流れは人から見れば途方もないものに見えるが、歴史から見ればもしくは人であらざるものから見れば瞬きするよりも短いものに見える。
 多くの魔と遭遇し、しかし生きながらえたがゆえに"魔を滅するものデモン・スレイヤー"と呼ばれたリナ=インバースが、魔道士協会への報告書に記載した"異界の魔王ダークスター"との決戦から八十年ほどの時間が経ったセイルーン聖王国の城下町を、フィリアは人にとっては遠い記憶に当たる時間をしかし本人からすればつい先日にも思える風景を回想しながら、人以外から見れば大して変わりない風景の中を歩いていた。
 他者から見れば人間と変わりない姿をした彼女は、人間ではない。
 この世界を二分する勢力のうち、人達から――もしくは生きとしいける者達から"神"と称される赤の竜神フレア・ドラゴンスィーフィードの腹心達に仕える黄金竜。それが、フィリア=ウル=コプトの正体である。
 実際、彼女の人間のような姿は擬態でしかなく、本体は人間から見れば白い巨人とでも形容すべきものであったのだが、こうして人の町を歩く場合は人のふりをしているほうが何かと便利であるので、彼女は人間の姿をしているほうが多かった。
 もっとも、人間の姿をした今の彼女でも人は少しばかり不思議そうな目をするだろう。
 なぜならば、艶やかな身体に纏わせた服は漆黒のみを彩ったワンピースだったのだから。

「変わりないかしら、あの子達は」

 ぽつりとフィリアは呟いた。
 しかし町を歩いているフィリアから見て、人間という種でしか認識できない者達しかいない町の中で彼女の呟きに回答を返すものはいない。
 彼女は流れるような金色の髪をかき上げてただ真っ直ぐ歩いた。この国の象徴であり中心にあるセイルーン城へ。

 セイルーン城の一室にある客間へ案内されたフィリアは、目の前に居る少女へ微笑みかける。
 薄紅色のドレスを身に纏った少女は黒髪に小さな銀色のティアラを身に付け、可愛らしい顔立ちに笑みを乗せた。歓迎を示す笑みを。

「お久しぶりです、フィリアさん。以前来てくださったのは、私がまだ十歳にもなっていませんでしたからかれこれ――七年程でしょうか?」

「ええ、多分それぐらいだと思います、リナリアさん」

 年月の確認にフィリアは同意を示した。
 彼女はリナリア=ディル=メルト=セイルーン。現在第二王位継承権を所有している、アメリアの孫である。
 セイルーン王家では王が没すると同時に王位が移行するため、まだ現存しているアメリアが女王という位置に居たのだが、実質は彼女の息子であり第一王位継承権を所有しているリナリアの父親が政を取り仕切っていた。
 温かな日差しが差し込む中、リナリアはなにも入っていないティーカップに紅茶を注いでフィリアの前に置く。
 どうぞ飲んでください、と穏やかに微笑む様はアメリアに瓜二つといっても過言ではない。
 どうやらリナリアは隔世遺伝でアメリアに似たらしかった。

「アメリアさんはお元気ですか?」

「はい、セイルーン郊外の屋敷でのんびりしていますよ。もっともおばあちゃんには穏やか過ぎるかもしれませんが」

 その言葉にフィリアはくすり、と笑って同意した。
 アメリアの人となりを知っているものであれば、穏やかに暮らすという単語がどれだけ彼女に似合わないかすぐ理解できるであろう。
 猪突猛進に正義を人々へ唱える様は彼女の性格をもっとも表したものであり、彼女の無邪気で民を愛する姿を示していたのだから。

「それにしても、申し訳ありません。本来、フィリアさんへは父さんが対応すべきなのですが、丁度外交で国外に行っていて不在なものですから……」

「しょうがありません。突然でしたし、本来の仕事を私のためにないがしろにするのはよくありませんからね」

 にこりと笑い、フィリアは注がれた紅茶をこくりと飲む。
 しぃんと静まり返った部屋には穏やかな雰囲気が流れていて、まるで世界から切り離されているようだった。

「ところで、セイルーンへ来たのには何か理由があったのでしょうか?」

 その言葉の意図はどこにあるのだろうか、とフィリアは首をかしげる。
 フィリアの仕草に、リナリアは自分の言葉の不備に気がつき「あ」と声を上げると慌てた様子でぶんぶんと手を振った。

「別に用件がなければ来ちゃいけないってことじゃないですよっ? もし、何かあれば出来る限りお手伝いしたかったものですから」

 慌てた様子にフィリアはくすくすと笑い、分かりましたからと安心させるような柔らかな声音でリナリアを諌めると、彼女はほっとしたようにぶんぶんと振り回していた手を下ろした。
 それを確認すると、フィリアは自身の金色をした髪を梳くように撫でた。

「これといった用件はないのです。私がもっとも果たすべき目的は見つけるのが難しいものですしね。――ならば、以前読んだ本を見返し、知識を確固たるものにしようと思いセイルーンを訪ねたのです。なにより、リナリアさん達に会いたかったですしね」

「そうですか。――まだ、ゼロスさんへの復讐を諦めたわけではないのですね」

 ぴくり、と笑顔ばかり浮かべていた顔を強張らせたフィリアは、聡明な青色の瞳を真っ直ぐリナリアに向けた。
 漆黒の服に似合う重くしかしどこまでも透明でともすれば美しいとも言えるような、真剣な眼差しで。

「ええ」

 そうして一言、肯定する言葉を発して。

「私には彼を追いかけることを止めることなど出来ません。――ごめんなさい、リナリアさん。あなた方が私を心配しているのはよく分かっているのだけれど」

 その言葉にリナリアは溜息を少しだけ吐いて、ふっとしょうがないなとでも言うような表情をフィリアに向けた。

「いえ、止めて欲しいと思うのは私たちの我が儘だと思いますから。でも、私や父さんはともかくおばあちゃんやリナさんがゼロスさんに復讐するだなんてことを止めてほしいと思っていることは、忘れないでください」

「もちろんです、リナリアさん」

 真剣な眼差しで言ったリナリアに対し、フィリアは安心して欲しいと言いたげな笑みを浮かべる。
 すると、リナリアにもそれが通じたのかほっと胸を撫で下ろしていた。
 そうして、無邪気で太陽のように元気な目をフィリアに向ける。

「フィリアさんは、この世界をずっと旅していたんですよね?」

「ええ。リナさんに課せられた六十年は世界を見て回るのに丁度よかったものですから」

 リナリアが世界の国々の話をして欲しいとねだると、フィリアは少しばかり苦笑してまるで物語を聞かせるような他愛のなさで、彼女に様々な国の話をする。
 それは、家臣がリナリアに用事があるからと呼びに来るまで続いたのだった。



      >>20080222 年齢計算は適当です。



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