囚われ人の恋歌




 久しぶりに見た明るい日差しに、フィリアは目を細める。
 彼女は初日リナリアに述べたとおり、一週間ほど城内にある図書室にこもり以前覚えこませた文章を再度叩きなおし、ほぼ図書室にあった書物を読みつくした。
 そんな不健康な生活ばかりしていたものだから、しまいにはリナリアに「不健全ですっ、少し城下町に出て正義を語ってきてください!」と無茶苦茶なことを言われ追い出されてしまったので、この町へきたときと同じような漆黒のワンピースを着たフィリアが日差しに目を細めるのも仕方のないことである。
 もっともフィリアはリナリアの言い分など気にせず魔道士協会の本も漁るつもりだったのだが、明るい日差しを見た途端今日一日だけは本のことから頭を離し人々が忙しなく動き活気付いているセイルーン城下町を見よう、と街中を闊歩することにした。
 しかし、街中を歩くのはいいがフィリアには連れがいるわけでもなく(ちなみにリナリアは政治の主権を握っている父がいないせいで仕事に追われていたので町に行けなかった)、日差しを一身に浴びながら目的もなく町をうろうろすることしか出来ない。
 ウィンドウショッピングも人間の男もフィリアの心を動かす要因にはならないのだから。
 それでも午前中のんびりと歩いていた彼女は、外で売っていたホットドックを昼食代わりに公園で食べ、その後も変わったところを探すかのようにのんびり人ごみの中を歩いていた。
 と、ふと何かを感じたように立ち止まったフィリアはきょろきょろと周りを見渡し、呟く。

「……気のせいかしら? あのゴキブリもどきの気配を感じたと思ったのに」

 眉間に皺を寄せたフィリアは、再度確認するようにきょろきょろと周りを見渡す。
 しかし、感じたものを確認することは出来なかったようで、ふぅと彼女は溜息を吐く。
 そうして、吹っ切るように顔を上げたのだが――。

「私が感じたものはこれだったのかしら?」

 目の前に居たそれらを見たフィリアは、自身へ納得させるようにそう呟いていた。
 その目の前に居たもの達というのは、人の形をし人の服を着ているのだが、皮膚は腐ったようにどろどろに溶け落ち自身の姿を肌色から茶色へと変色させている死してる物体――一般的に言うところのアンデットである。
 その群れが道を塞ぐようにフィリアの目の前に立ちふさがっていた。

「困ったわ、セイルーン城へ帰るのならそちらの道が近いのに」

 さほど困ったような表情をせず、フィリアはそんな言葉を吐いた。
 そうして、にこりと穏やかな笑みを浮かべると道を塞いでいるアンデットに言う。

「申し訳ありませんが、道を譲っていただくわけにはいきませんか?」

 しかし、アンデットから「いいよー」なんていう良心的な返事は聞けず。
 まるで獣の咆哮のような声を上げると、フィリアに襲い掛かってきた。
 フィリアはとっさに、太ももに装備してある巨大なモーニングスターを取り外し手に持つと、襲い掛かってきたアンデットの攻撃を防ぐようにぶんっと両側に振り回し、二匹のアンデットの胴体へどごっと大きな音を立てて打撃を加えた。
 しかし、それはべちょっとモーニングスターに腐敗液をつけるだけに留まり、アンデットは派手に両端へ飛んでいったが直ぐに起き上がっていた。
 ちょっと臭くなってしまったモーニングスターを眺め、溜息を吐くとフィリアはとりあえずモーニングスターを足元に置く。どがっと小気味良い音が聞こえて、軽く土がめり込んだ。
 そうして、アンデットたちに向けて手をかざすと呪文を唱える。

「この世ならざる存在よ。歪みし哀れなる存在よ。浄化の光もて、世界と世界とを結ぶ彼方に消え去らんことを」

 白く透明な光がフィリアの手の中に収束していく。
 それは、白魔法であった。
 本来、黄金竜という種族であるフィリアが別段覚える必要のない、人間が編み出した魔法。

浄化炎メギド・フレア

 浄化炎自体は人間が扱えばアンデット系にダメージを与える程度であるのだが、黄金竜という人間とは比べ物にならない魔法容量キャパシティを有しているフィリアであれば、アンデットなど一発で浄化できる。
 そして、フィリアの手の中に生まれた聖なる炎は真っ直ぐアンデットたちに向かい当たった。……はずであった。
 光がはじけ、その後にはアンデットの姿などないはずなのに、しかし茶色をした腐敗肉が消えることなく存在しており。
 アンデットたちは再度フィリアに襲い掛かってきた。

「……っ、なんなのですか!」

 落としたモーニングスターを再度取ると、腐敗臭を身に纏わせたアンデットたちはまるでフィリアしか知らないとでも言いたげにびょんっと跳ね、逃げられないように落下しながらどろどろと溶けているはずなのに鋭い爪を振りかざした。
 しかし、フィリアがモーニングスターをぐんと上に向かって弧を描かせると、人間では到底なりえない風圧が生まれ、アンデットたちはふわりと宙を舞う。
 その様子を見ながら間髪居れず宙に手を向けると、フィリアは引き金の言葉を吐いた。

海王槍破撃ダルフ・ストラッシュ

 アンデット達に向かって衝撃波が襲い掛かる。
 耐え切れなかったアンデットの腐敗肉は粉々に引きちぎられ、宙で消滅した。
 そうして、地上に残ったアンデット達ににこりと微笑みかけると、手をかざし術を放つ。

烈火球バースト・フレア

 そうして放たれた火の玉は、アンデット達に着弾し彼らを中心に青白い炎を巻き上げた。
 ――周りの建物等を含めて。

「はぁ、……面倒なことに巻き込まれるのは二度と御免なのだけれど」

 溜息を吐き、手に持っていたモーニングスターを眺め、困った表情を浮かべたフィリアはざわざわと騒がしい周りに顔を上げた。
 火の手が上がっている建物を取り囲み、野次馬のように眺めている人々の姿が映る。
 その合間を縫うように魔道衣を着込んだ人々が集まり消火をするために、建物内にいる人命を救助するために呪文を唱え始めた。
 それをのんびりと眺めていたフィリアは、はっと思い出したような表情になる。

「ここにいたら、いろいろ疑われてしまうわ」

 そう、経過はどうあれあの建物を壊してしまったのはフィリアなのだ。
 アンデット達に恐れをなして逃げていたため、周りに人が少なかったとはいえ目撃者が居ないとも限らない。
 いちいち警察に捕まって事情聴取を受けていたら、一日が丸つぶれになってしまう。
 流石にそれは善良な市民といっても勘弁願いたいことだ。
 そうと決まれば逃げるが勝ちばかりにフィリアは足を踏み出したのだが……。

「お嬢さん、事情をお聞かせ願えませんか?」

 ぽん、と肩を叩いて話しかけられたほうが先だった。

 結局事情聴取に時間を費やし、フィリアがセイルーン城に戻ったのは夕日が落ちる頃だった。
 アンデットの姿を他の人が見ていたので、むやみやたらに破壊をしたわけじゃないことはすぐに分かってもらえたのだが、過剰防衛だろうとそれはそれはいやみったらしい口調でこってり言われたのである。
 ゆえに、フィリアはげっそりした表情で食卓につく羽目になったのであった。
 王家の食卓らしく、豪華であったが量は食べきれないほど多くというわけではなく、食べきれるかな? と疑問視を覚える程度のものである。食べずに捨てるよりは遥かに健全であるわけで、その辺りにも現在王家の主導権を握っているアメリアの子供の性質というものが見え隠れした。

「フィリアさん、今日は大変だったみたいですね」

 向かい席で食べていたリナリアに声をかけられ、フィリアは驚いたようで目を見開いていた。

「知っているのですか?」

 フィリアが端的に質問すると、リナリアはくすくすと笑った。

「まぁ、私たちが統括している国のことですから。城下町なら尚のこと、事件が起きれば私の耳に入ってくるものです」

 その言葉に、フィリアは納得したのかなるほど、と呟いていた。

「こちらも大変だったんですよ」

 そう言って、リナリアはにこりと微笑んだ。

「何せ、建物が密集したところで火災件数五件。消防の人数は足りず密集していたものですから、他の建物にも燃え広がり応援の魔道士たちはそちらのほうの鎮火に追われ、結局小火も含めて被害にあった家は十五軒にも上ったのですから」

 微笑みながら述べる内容は、情報のみだというのになぜだか張本人であるフィリアには責めている様に聞こえる。罪悪感を持っていなければそのように思えないのだから、正しい感情でもあるが。

「そう、ですか」

 ゆえに、一言相槌を打つのがやっとだったのである。
 フィリアの心境を分かっているのかいないのか、リナリアは少しだけ困ったように首をかしげた。

「それ自体はまぁ、結果としてみればしょうがなかったのですが、問題はアンデットのほうですね。近頃、アンデット達がよく出没しているんですよ。時折人的被害もあるので、原因を追究したいのですが……」

 うーん、と唸りながら視線を宙に向けて動かし、ナイフとフォークを持ったまま対策について思案しているようなそぶりを見せると、あっと思いついたように声を上げにこにこと輝かしい太陽のような笑顔をフィリアに向けた。その間数秒。

「よろしかったらフィリアさん、この事件ちょっと追ってみてくれませんか? 父さんがここにいれば私が城下町まで行って原因を追究し正義の鉄槌を下すのですが、通常業務はもちろんのこと今日の火災の対応もしなければいけないので、仕事が数分刻みでやってくる上に夜中まで業務処理をしなくちゃいけないものですから、手伝ってくださるととても助かるんですけど」

 述べた内容はとても丁寧だというのに、フィリアには脅迫じみたものに聞こえる。
 冷や汗をたらし、きょろきょろと戸惑うように視線を這わせた彼女は仕方ないと言いたげに溜息を吐いた。

「いいですよ。お世話になりっぱなしでは申し訳ありませんし、なにより私の目的自体は今すぐ動かなくてはいけないものでも、すぐに果たせるものでもないですからね」

 その言葉にリナリアは良かった、と笑う。
 そうして、食事中ながらもリナリアの忙しさから他にとる時間もないということで、一連のアンデット出没事件に関しての説明と各所関連団体への優遇を図る旨の合意を得つつ、夕食を終えたのであった。



      >>20080301 っていうか、消火活動手伝えよっ。



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