囚われ人の恋歌




 次の日、フィリアがまず初めにおこなったことは魔道士協会へ行くことだった。
 と言うのも、アンデットを作り上げ扱うのは黒魔法の中でも呪術と呼ばれる分類であり、アンデットを使うものは死霊使いと呼ばれるものの一種の魔道士であることに変わりがないからである。
 フィリアが襲われたアンデットは彼女の手により全て消滅していたが、それよりも前に現れていたアンデットは動かなくなったものの消滅したわけではなく形は残っていたらしく、どういう過程で生まれたものなのか見るため魔道士協会に引き取られたらしい。
 アンデット系と言えば、死体に死霊を乗せる呪文群霊覚醒呪ネクロ・ヴードや既に使えないもののゾンビを作り出す呪文冥王幻朧呪ラグナ・ドライブなどが主流であるのだが、恐らく一般的な白魔術が効かなかったところになにかしらのオリジナリティがあるのではないか、と魔道士協会が目をつけたのだろう。
 一般的な事件に関する検証は警察が行えばいいのだろうが、術によって発生した事象の解析はその道を専門としている魔道士のほうが良いに決まっている。
 というわけで、結果が出ているか否かはともかくとしてヒントを得るためにフィリアは魔道士協会をまず訪ねることにしたのだった。
 白魔法を主体としているセイルーン国においての魔道士協会の立ち位置というのは非常に難しいところにある。
 城下町が六芒星という黒魔法系を抑制する構成であることや、聖王都と呼ばれるとおり信仰にあつく王族が巫女頭や神官に属する性質上、白魔法と対として見られがちな黒魔法は嫌われ肩身の狭い思いをしている。
 といっても、全ての術を知ることにより魔法技術が上がることも変わりないので、全ての魔法・魔道士を総括する立場にある魔道士協会の大きさはそこそこであった。その代わり、権力者に好かれるため白魔法や精霊魔法を主としており、黒魔法は片隅に追いやられている状態だ。
 そう考えれば、今回の事件は黒魔道士の地位向上に貢献する可能性がある。
 まぁ、それはさておいてフィリアは魔道士協会の建物内へと入った。
 こざっぱりとした清潔感溢れる様相は、歓迎の意を示しているように見える。
 フィリアはふっと視線を動かしそれを眺めると、目的物が見つかったようでぴたりと視線を止めた。
 そうしながら、入り口の斜め左にあった受付に足を運ぶ。

「今日和、魔道士協会セイルーン支部です。どうなさいましたか?」

 受付嬢はにこりと営業スマイルを見せた。

「つい最近連続発生しているアンデットについてお伺いしたいのです。責任者に会わせていただけませんか?」

「担当の者に確認いたしますね、お名前のほうをお伺いしても?」

「フィリア=ウル=コプトです。リナリア姫の依頼で伺ったといっていただければ分かっていただけると思います」

「ああ、フィリア様でしたか。お話は伺っております。責任者は二階、第三実験室に居ります。ご案内いたしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 フィリアはぺこりとお辞儀をすると、迷いのない足取りで歩く。というのも、数度この魔道士協会に訪れたことがあったからだった。
 真っ直ぐ二階への階段を見つけると登り、第三実験室と書かれたプレートが下げてある扉の前へ立つ。
 そうしてノックすると、入って良いという男性の声が聞こえたので扉を開けた。
 本と共にあまり見たくないホルマルン漬けの標本が壁際に飾られており、中央のテーブルには実験用なのだろうビーカーや試験管が置いてある。その中に入った液体は紫ともこげ茶ともいえる、不気味さを増長した色合いだった。
 そして、そのテーブルを挟んで奥に四十代ぐらいの男性がいる。恐らく、彼が入室許可を出した目的の人物だろう。
 フィリアはテーブルの手前まで入ると、ぺこりとお辞儀をした。

「お忙しいところをお邪魔して申し訳ありません。貴方が最近連続発生しているアンデットの解剖の責任者ですか?」

「ええ、そうですが。貴方は?」

「私は、リナリア姫からこの事件の解決を依頼された、フィリアと申すものです」

 不審げな目つきで見ていた男は、フィリアが名乗ると納得が言ったのかああ、と声を発し警戒心を解いたようににこりと笑った。

「聞いていますよ。昨日セイルーン城から連絡があったときはどんなきつそうなおばさんがくるのかと思っていましたが、こんなに美人な方ですとこっちのやる気も上がるというものです」

「まぁ、褒めても出すものがないのですけど」

 くすくすと笑って、軽い返事を返すと一転男性は真面目な顔つきになった。

「さて、いつまでも雑談しているわけにいきませんからさっさと本題に入りましょうか。フィリアさんはアンデットについて聞きに来たんですよね?」

「ええ。分かっているところでいいので、お聞かせ願えませんか?」

「もちろんです。解剖の結果をまとめるのもちょうど昨日終わりましたし、詳しい内容はこの資料を見てください」

 そうして、フィリアは数枚の紙を渡された。
 ちらりと数ページの内容を確認したフィリアは驚いたのか、目を見開き男性を見る。

「これは、本当なのですか?」

「ええ。あのアンデット達は厳密に言えばアンデットではありません。アンデットというものは一般的に死体へ死霊が乗り移ったものを言います。ゆえに、いくら新鮮な身体を使ったところで細胞は腐敗し続けるだけで再生することはありません。ですが、あれらは腐敗した細胞が再生を繰り返していた形跡がありました。ですから、死んでから一日もたっていない死体を使ったのかと思いましたが……」

「死んでいないものがあったのですね?」

「ええ。一体だけ、仕留め損なったのか解剖途中我々に襲い掛かってきたアンデットがいました。それの細胞はまるで生きているもののように細胞のサイクルをこなしていたのです。もっとも、再生より腐敗のスピードが速くまるでアンデットのように見えていたのですが」

 厳密に言えば合成獣に近いのでしょう、と男は零した。
 何らかの要因で異物を混ぜられた人間。フィリアは顔をしかめた。

「もっとも、合成獣のように何かを掛け合わせたわけではなく、意図的に細胞を組み替えようとした形跡があっただけですが。――故意に進化しようとしたようなものですね」

「なら、犯人は死霊使いではなく――」

「魔道士でしょう」

 男はそう断言した。

「ここ最近、アンデット事件のほかにも失踪事件が多数あったようですから恐らくその者達の成れの果てでしょうね。失踪者と身元の確認は警察のほうへ聞いてみてください。いかんせん数が多いですから、貴方一人では対応しきれないとは思いますが」

「そうですか。――一つ質問しても?」

「いいですよ」

「どういう進化を遂げるために細胞を変化させたのか分かりますか?」

「断言は出来ませんが」

 男はほんの少し言いよどみ、テーブルに手を置く。
 そうして躊躇ったのは一瞬で、顔を上げるとフィリアの青色の瞳を真っ直ぐに見た。

「恐らく細胞分裂を無限化し、細胞分裂しない神経や心筋細胞を故意に分裂させ再生と腐敗を繰り返させることにより細胞の死を無くそうとしたのでしょう。――永遠の命を得るために」

 永遠の命という題材自体は目新しいものではない。
 死を恐れる生きとしいけるものであれば死なずに済む方法を求めるのは当たり前のことで、世界の真理に対して達観していない人間が幾度となく――それこそ実験や戦争を繰り返してまで得ようとしたものであった。
 実際、魔道士の中でも研究を主としている人達のなかで不老不死という題材を選ぶ者は多い。
 フィリア自身は黄金竜として黄金竜の中で育てられたので、そういった人間の心理は理解しがたいものであったしそういう考え方があるということすら知らなかったことであったが、月日が経ち人間が使う魔道という手段を求める中でそういう人種が意外と多いのだということは知っていた。
 そうですか、と相槌を打つとフィリアは溜息を吐き、書類で口元を塞ぎポツリと呟いた。

「無意味だわ」

 そうして、後は資料を見るからと男に礼を述べ実験室を後にすると、人気のない廊下を進みながら彼女は呟いていた。

「無意味だけれど、それでも望んでしまうことを私は――」

 心情として理解できてしまう。
 小さく呟いた彼女は泣きそうな顔をしていた。



      >>20080313 魔道士協会理論は例によって例のごとく騒音の創作です。



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