囚われ人の恋歌




 魔道士協会から出ると、フィリアは太陽の眩しさゆえに目を細くした。
 そうして、一歩踏み出そうとしたのだが。

「貴方のような可憐なお嬢さんが! 魔道士協会なんて野蛮なところにどうしているのですかっ?」

 突然声をかけられ、フィリアはその男を見た。
 年の頃で言えば二十代ぐらいだろうか? 金色の髪をゴージャス! とばかり縦に巻いている。服装は魔道士なのだろうか、赤色のど派手なマントに白銀色をした薔薇の模様が入ったショルダーガード。中の服は黒と地味めなはずなのに、ベルトの金色とそれに合わせたように同じ金色のじゃらじゃらとしたアクセサリーが腰を飾っている。
 黒いズボンにはショルダーガードとおそろいなのか銀色の薔薇の刺繍が施してあった。
 顔立ちは整った派手なパーツで構成されており、緑色をした目は切れ目で涼やかだが左目下にある泣き黒子が色気を演出していた。伊達男のような行動をしても似合う顔立ちをしているのだから、世の中不公平である。

「貴方に心配されるような要素なんて何一つないのですけど」

「何を言っているのですか! 世の中の全ての女の子たちを守り慈しむのが私の使命っ。魔道士に何かを頼まなければいけないほど切羽詰っているお嬢さんを放っておくことなどできません!」

 言葉はまるで演技のようで冗談か何かにしか思えないのだが、目を見ると至極真剣なものである。
 そこに、言葉の本気さ加減が見え隠れしてフィリアは思わず足を後ろに動かしていた。

「どうしたのですか、お嬢さん? 何も恐れることなどありません、さぁ私の胸の中に飛び込んでいらっしゃい!」

 手を広げたその瞬間、フィリアの顔は引きつりぐっと握り締めた拳で右ストレートを決めていた。

「ぎやあああああぁっ!」

 どごっと鈍い音が響き渡り、フィリアの拳が見事男の左頬に食い込む。
 人外の力で殴りつけられた男は、とても人のものとは思えない悲鳴を上げながら向かい側の外壁にめり込むほど飛ばされていた。
 がらがらがしゃんっ、と外壁が崩れ落ちる音で覚醒したのか顔を上げると、慌てた様子でフィリアは男の元へ向かった。

「申し訳ありませんっ! 気持ち悪かったのでつい……」

 と、フォローにもなっていないフォローを述べながらフィリアは治癒リカバリィを唱えた。
 再生を促された細胞は見る見るうちにめり込んだ頬を元のものに修復させていく。
 傷が見た目では分からないほどに治されると、フィリアは男の頬にかざしていた手を離した。すると、ぱちりと目を開けた男はすちゃっとまるで何事もなかったように立ち上がる。

「私に怯えるほど貴方は傷ついているのですね! ああ、なんて可哀想な小鳥。私が傷ついた翼を癒し空へと羽ばたかせましょうっ」

 そして、まったく懲りた様子のない自己陶酔の世界に入り込んでいる男を見ながら、フィリアはひくひくと口角を引きつらせていた。
 とりあえず、くるりと方向転換し駆け足で逃げ出そうとするが――。

「どこへ行くのですか、お嬢さん?」

 一歩遅かったようで、ぽんと肩を叩かれた瞬間変人と縁が出来てしまったとフィリアはがっくり肩を落とし深いため息をつく。
 そうして振り向くと、能天気な顔をしている男を睨みつけた。

「あのですね、私は何も困っていないんですっ! 魔道士協会から出てきたのは事件を解決するために情報が必要なだけであって、私自身は魔法などのそれなりの敵でしたら撃退する力を持っているので心配していただかなくて結構なんですよ!」

 大体、男はフィリアの拳で撃沈していたのである。
 もっとも、その事実を突きつけることはいくらなんでも可哀想だからというフィリアの親切心から行わなかったのだが。

「またまた、お嬢さん。炎の矢フレア・アロー程度では護身術になるでしょうけれど、トラブルを解決する力としては少々弱いですよ?」

 どうも、その親切心は仇となったようであった。
 どうやら、最初の印象のみでフィリア自身が魔道士であるという可能性を見事に排除しているようだった。もっとも、魔道士らしからぬ黒いワンピースなどを着ていればか弱い一般市民だと思われても致し方ないのだが。
 小さな親切大きなお世話というものであるが、小さな親切どころかただの迷惑である。
 この事態をどうにか脱却できないものかとフィリアは辺りを見回してみるものの、道行く人々は彼女と視線を合わせないようにわざと目をそらしながらそそくさと歩いていく。……まったく世の中とは無常である。

「ああ、もう! 私は、リナリア姫から正式な依頼を受けて最近頻発しているアンデット出没事件を調べているのです! 貴方に私がどう見えているのかは存じ上げませんが、事件を解決できる力を有しているとこの国の姫が認めているのですから、貴方に助けてもらう必要などどこにもないのです!」

 その言葉に男はにこりと微笑んだ。

「でしたらなおさらですよ。リナリア姫のためにも貴方をお助けしなければ! ……ほら、アンデット等という物騒な話をしているものだから本人達が現れましたし」

 確かにもそもそとフィリア達を囲むようにアンデットもどき(実質はアンデットでないので)が現れた。
 目の前のむやみやたらに気障な男の所為でかなり苛立っていたのだろう、フィリアは酷く冷淡な眼差しで彼らを眺め、一言呪文を発した。

烈閃牙条ディスラッシュ

 刹那、四方に現れた光の刃がアンデット達をひゅんっと一閃した。
 それ自体は精神に作用するといってもさほどの攻撃力を有しているわけじゃないが、フィリア自身の魔力によって攻撃力が上昇しており、アンデット達は血も吹き出さずばたばたばた、と倒れていった。

「これで分かりましたか? 貴方の助けはいらないのです」

 息一つ乱さずにアンデット達を倒す様はフィリアの強さを言葉に表さずとも体現しており。
 男はすごすごと引き下がるかと思いきや、先ほどと同じような――妙に爽やかで歯のひとつでもきらりと光りそうな笑顔を向けた。

「ならば、この国の魔道士として一つ有力な情報でも述べておきましょうか。美しいお嬢さんの助けにもなりたいですしね」

「なんですか?」

 よっぽど腹立たしかったのか、ぞんざいな口ぶりでフィリアは彼に問うた。

「そのアンデットは不死研究の過程で発生した出来損ないでしょう?」

 その言葉にフィリアは目を見張った。
 ただのアンデットにしか見えぬそれらを不死研究と言い切った男に対して。

「聖王国セイルーンでも不死を願う魔道士はいます。むしろ、神の恩恵を望み祈るセイルーンだからこそいる、というべきなのでしょうか。その中でも不死の研究をなりふり構わず行っている、と魔道士の間で有名なものがおります」

 セイルーンに住む魔道士たちは、白魔法を扱うもの以外はそれほど扱いが優遇されているわけではない。
 不死研究などというものは白魔法に属するというよりも、むしろ黒魔術でも呪術に属するものであったので表立って研究するには少々堅苦しい場所だ。
 だが、だからこそというものがある。
 神の恩恵を受けようとしている場所だからこそ、不死という研究にも神の恩恵が働き成功するのではないか、と。
 フィリアは息を呑み、静かに男の言葉を待った。
 男はまるで内緒話をするようにフィリアの近くへ寄り、口に手を添えこっそりと言った。

「ウジェーヌ=ボアモルティエとファビアン=コクトー。どちらも黒魔術――特に呪術について精通しております。もっとも、セイルーンでは黒魔術――主に攻撃魔法のほうですね――がそこそこ出来るという認識を両者ともされておりますが」

 そうして離れると、男はにこりと爽やか過ぎて逆にキモいと思うような笑顔を見せた。

「では、お嬢さんもお疲れのようですから今日はこの辺りにしておきましょう。お困りであれば全世界に居る女性の味方である私がしゅばっ! と参上いたしますので」

 すっと左手に指二本だけ立ててさっと決めるように手前へ動かした。
 仕草もまた気障ったらしいようである。
 ともかく、そうしてフィリアを通り過ぎるように歩こうとしたところへ彼女は声をかけた。

「貴方の名は?」

「ああ、これは失念していました! 素敵なお嬢さんに名前もお教えしないなんてっ。私の名はルーシェル=エインズワース。困っていたら、熱烈な声で呼んでください!」

 そうして、ルーシェルは台風一過のようにフィリアへ多大なる疲れだけを残して去っていったのであった。



      >>20080322 強烈なキャラが書きたかったんです。



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