囚われ人の恋歌




 結局その日フィリアは、ルーシェルと別れた後多大なる疲れを感じたので聞き込みを断念し、警察所へと向かい失踪者リストとその失踪者がどの辺りに住んでいたのかマップ化した書類を貰うとそれの精査に一日を費やしたのであった。
 といっても、日の当たるテラスでのんびりと紅茶を飲みながら行っていたのだったが。
 そして次の日になり疲れを回復させると、彼の言葉に信憑性があるのかを調べるため、再度魔道士協会に来ていた。

「すみませんが、魔道士協会へ登録されている人物名の照合を行いたいのですが」

 受付にそう述べると、事務処理係のほうへと案内される。
 そこに居たのはいかにも話好きそうなおばちゃんだった。魔道士、というイメージではなかったが(むしろ、宿屋のおばちゃんとか清掃のおばちゃんとかそういったイメージである)見た目で人物を判断してはいけない。優男が錐だったりドワーフのおっちゃんが王子だったり、全身包帯巻きがナイスミドルなオジサマだったりするので。
 ともかく、受付に述べたものと同じ旨をそのおばちゃんに言うと、人の良い笑顔で応答された。

「聞いているよ、フィリアさんだろう? 機密情報漏らしてもいいから手伝って欲しいといわれているからね。……で、誰を調べたいのさ」

 どうやら、ここでもリナリアの力は発揮されているらしい。
 基本的な情報は普通に調べても手に入るだろうが、やはり個人情報や魔道士協会へ提出され公開されていないレポートなどはリナリアが有する権力でも見せておかないと、入手するのは不可能である。
 フィリアは、遠慮することなく調べて欲しい人の名を挙げた。

「ウジェーヌ=ボアモルティエとファビアン=コクトー、そしてルーシェル=エインズワースです」

「ああ、ルーシェルは分かるよ。あれは何かと派手で有名だからね。あとの二人だけど……、名前は聞いたことがあるねぇ、ちょっと待っておくれ」

 にこりと笑い、そう述べるとおばちゃんはぱたぱたと奥の部屋へ行った。恐らくそこが書類などの保管庫のようなものなのだろう。
 数分ほど待つと、ばたばたと扉が開きいかにも重そうな本を持っておばちゃんは笑顔でフィリアの元へ来た。

「待たせたね。ちょっとこっちへ来てご覧」

 フィリアが立っていた場所の近くにある壁に沿う形で置かれた机の上に、角とか驚異的な攻撃力を持っていそうな本を置いて、彼女を促す。
 促されるままおばちゃんの隣に来たフィリアは、その本を覗き込んだ。
 そこにはずらーっと人の名前とその人の称号ともいえる色(この場合は魔道士協会から送られたローブの色となる。正式の場ではこれを着ていく)と、魔道の傾向が記されている。
 この場合はセイルーン魔道士協会に登録されている人の名称が書いてあるのだろう。

「ところで、ささいな質問なのですが……結構色って限定されているのに、いちいち魔道士たちに色という称号を与えていたらネタが尽きてしまいそうな気がするのですけど、どうなのでしょう?」

 それをずらっと見たフィリアは、ふと思いついたようにそんなことをおばちゃんに聞いていた。

「そうだねぇ。実際、ローブをもらえるようになるのは魔道士を志す人達を見渡しても、ほんの一握りだからね。魔道士協会に属さないで独学で魔道を極めた人も居るだろうし……。色が尽きる頃には世代交代されてリセットされているんじゃないかねぇ。実際、この本も結構昔から書いてあって、色が被っているものも結構あるしねぇ」

「案外いい加減なものなのですね」

「そうだねぇ、魔道士ってのは偏屈の集まりだからね。協会同士の繋がりっていうのも魔道に関する歴史と研究の定期的なレポートによる情報交換程度のものだし。もうちょっと連帯感をもっていいような気もするけどね」

 指でなぞりながら、フィリアの質問に答えたおばちゃんはあっと小さく声を上げた。
 その声に反応し、フィリアは止まった指を見る。

「あったあった。ウジェーヌ=ボアモルティエ……黒魔道士で登録されているようだね。この年代は……ちょっと待って頂戴」

 おばちゃんはそう述べると、机の横にある本棚の中から慣れた手つきでそれを引っ張り出すとぱらぱらと開く。
 どうやら、そこには詳細な人物についての内容が書かれているようだった。
 フィリアが不思議そうに覗き込むと、おばちゃんは本をめくりながら話す。

「魔道士に登録した年代で資料を区分けしているものだから、名前で探す場合はその大きな本で先に検索しなきゃいけないのさね」

 顔を覚えているのなら問題ないんだけどね、とおばちゃんは面倒くさそうな声音で呟いた。
 そうして、ぱたりと手が止まる。

「これだよ、フィリアさん」

 そうして身体をずらし、フィリアが見やすいように場所を譲った。
 名前と共に、住所や身体的特徴が載っている。肖像画があれば分かりやすいのだが画家に依頼すればそれなりにお金がかかる作業で、特にセイルーンの魔道士協会などはそれほど優遇されているわけでもなかったので載っていないようであった。
 フィリアは掲載されているウジェーヌ=ボアモルティエの情報を確認する。
 ウジェーヌ=ボアモルティエ、黒魔道士。呪術、攻撃呪文に精通。魔法レベル十段階中六。
 提出レポートテーマ、黒魔法の観点から見た再生治癒。

「……フィリアさん、ファビアン=コクトーの資料はこれさね」

 ひたすらに文字を追っていたフィリアに声をかけたおばちゃんは、彼女が読んでいた書物の隣に本を開いた状態でぽん、と置く。
 そこにはファビアン=コクトーの資料が書かれていた。フィリアは一旦、ウジェーヌ=ボアモルティエの資料から目を離すと、そちらのほうも確認する。
 ファビアン=コクトー、黒魔道士。呪術、攻撃魔法に精通。白魔法もささやかながら習得。魔法レベル(黒魔法においては)十段階中五。白魔法は十段階中一。
 提出レポートテーマ、DNA配列組み換えによる治癒の有効性。

「どちらも、言葉を変えているだけでやっている研究は大して変わりないね。……つまりは、不死の研究さ」

「このお二人が不死の研究をしているというのは有名なのですか?」

「ああ、……ルーシェルも含めてね」

 淡々と資料を見ていたフィリアはその言葉に驚いたのか、目を見開いておばちゃんを見た。
 おばちゃんは本棚から資料を出して、ぱらぱらめくるとフィリアへそのページを差し出す。
 そこにはルーシェル=エインズワースの資料が載っていた。
 ルーシェル=エインズワース、黒魔道士。呪術に精通。精霊魔法も扱える。魔法レベル、黒魔法十段階中八。精霊魔法十段階中五。
 提出レポートテーマ、魔法観点から見た不死。

「ウジェーヌ=ボアモルティエとファビアン=コクトーはここがセイルーンってこともあるんだろうけれど、結構こそこそ研究やっているし、印象が地味だからねあたしもレポートテーマ見るまでぴんとこなかったけどね。ルーシェルは……フィリアさんは知っているのか分からないけど、どうにも派手な性格だからねぇ。ここが聖王都だなんてまるで気にしないで不死研究していることを公言しているんだよ」

「……公言するのは理解できますけど、それよりも彼が不死研究をしているほうに驚きました。一度しか会っていませんけれど、そういうイメージではありませんし」

「それもそうだね。ルーシェルはその一瞬一瞬を弾けるように生きているイメージがあるから、不死研究をしているって聞いたときはあたしもびっくりしたもんだよ」

 けらけらと笑っておばちゃんはそう述べた。
 フィリアはいまいち想像がつかないのか、訝しげにその資料を読んでいる。
 が、しかし資料に書かれた断片的なレポートの内容は確かに不死研究そのものであった。
 そうして、三人の資料を確認するとフィリアは礼を表すようにぺこりとお辞儀する。

「見せていただきありがとうございました。ところで、他の黒魔道士の方はどこに行けば会えるでしょうか?」

「そうだねぇ、ここもそうだけれどやっぱり一般的なのは酒場かと思うよ。まぁ、魔道士だと確実に分かるのはやっぱりここだから、魔道士協会で情報収集するのが一番だと思うけどね。ホールなんかに行くと、研究者気質の魔道士じゃなければ談笑の一つや二つでもしているはずさ」

「……そうですか。重ね重ねありがとうございます」

「いいってものさ。こういうあたしらが被害をこうむるような事件はさっさと解決して欲しいからね!」

 ぱんっとフィリアの背を力強く叩いたおばちゃんはわははは、と豪快に笑った。



      >>20080408 間が空いてしまいました……orz。



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