囚われ人の恋歌




 そうして、魔道士協会で三人の評判や情報を他の魔道士から聞き込んだフィリアは、日が傾いてきた頃セイルーン城への帰路に着く。
 といっても、ウジェーヌ=ボアモルティエとファビアン=コクトーについては資料以上の情報を入手するまでに至らなかったし、ルーシェルに関しても彼の気障っぷりやそれゆえの逸話は聞けても、本質の不死研究や彼の魔道士としての実力に関してはまるで聞けずじまいだった。
 それでも、有力な人物に関しての情報を聞けたのだから一歩前進だろう、とフィリアは軽い足取りで聖王都を歩く。
 日は夕闇の中に落ちていき、フィリアは人気のない小道をさして急ぐこともなく歩いていた。人間に絡まれた程度であればどうにかできる自信があったからだろう。
 そんな刹那、フィリアはふと動いたぴりりとした気配に身体を強張らせた。
 ひゅん、と空気が動く。

「――っ!」

 ざしゅっと音が響き、反応しきれなかったフィリアの肩は鮮血に濡れた。
 上から降ってきたらしい敵の鋭い刃のようなもので傷つけられ、一瞬意識が白く遠のく。
 が、たんっと降りてきた瞬間三方向から敵がフィリアに向かって襲い掛かってきた。
 彼女はすぐに意識を戦闘へと向け、素早く脳を回転させ伝令を手足に伝える。
 血で肩を濡らしたまま太ももにくくりつけられた巨大なモーニングスターを取り出すと、目の前から登場した物体へ空間を確保するため振りかぶり力いっぱい叩きつけた。
 地面へ倒れるそれと同時に身体を移動させると、宙から落ちてきたそれがフィリアに紙一重当たらず着地する。
 そして、フィリアへ向けて足を踏み込んだそれに対して、言葉を発した。

青魔烈弾波ブラム・ブレイザー

 青い光の衝撃波は、重なり合った二つの影を貫通するには十分だった。
 暗闇に慣れた目で目まぐるしく展開する現象が一段落したので、傷つけられた肩に治癒を当てながらフィリアが確認すると、それは予想を裏切らずアンデットもどきである。

「それにしても――」

 フィリアは自身に確認するかのように呟いた。

「私を明確に認識して狙ってきたとすれば、それは私を知る人物が犯人だということ?」

 だとすれば、犯人は一度会ったことのあるルーシェル=エインズワースではないだろうか。
 そう単純に推理することも出来る。

「着眼点は間違っていませんが推理としては単純すぎますね、フィリアさん?」

 高すぎず、低すぎない男性の声が響いた。
 それはフィリアが知っている――忘れることの出来ない声で、顔を見上げる。
 満月を背景に、高い建物の屋根に座っている人物は変わることのない笑顔でフィリアを見ていた。

「ゼロス!」

 フィリアは声を荒げた。
 単純な驚きと、――深い憎しみに彩られた怒りを織り交ぜて。
 そして、彼だと認識するとフィリアは手を向け、力ある言葉を吐いた。

崩霊裂ラ・ティルト!」

 本来であれば対象者に対し青白い炎が上がるのだが、不発に終わったようで何も起こらなかった。

「物騒ですね、フィリアさん。挨拶代わりに崩霊裂だなんて」

 いつの間にかフィリアの目の前に立っていた一家に一台はいる謎の獣神官はそう述べ笑った。
 フィリアは憎々しいと言いたげな、鋭い眼光でゼロスを睨みつけた。

「やっぱり、この町に居たのですね」

「ええ。――あの時はアンデットもどきたちのおかげで誤魔化せたと思ったのですが」

「アンデットの悪臭でも、ゴキブリの不気味さはかき消せないものですから」

 彼らが出会った時にあったまるでギャグのような悲鳴と激しい罵倒とその応酬というやり取りは消えてなくなり、変わらぬ声音で話すからこそ際立つ憎しみだけがその場を支配していた。
 それでも、ゼロスは相変わらずにこにこと仮面のような笑みをフィリアへ向ける。

「それにしても――、見事ですね。見かけはアンデットであろうとも実質人間と変わらないのに、やすやすと殺すことが出来るのですから」

 その言葉にフィリアはぴくり、と身体を揺らす。
 瞳孔を開き身体を固まらせていたのはしかし一瞬のことで、フィリアはふっと口角に笑みを乗せた。

「ええ。私は貴方に復讐しようと思った時点で――、それを遂げるために必要ならば何者をも傷つけても構わないと、エゴの為に生きとし生けるものをこの手で殺すことさえ厭わないと決めましたから」

 その言葉にゼロスはくすくすと笑った。さもおかしいと言わんばかりに。

「それが本当に貴方のエゴで、ヴァル=ガーヴさんは何一つ望んでいないとしても?」

「ええ、ヴァルが――貴方に殺されたヴァルがそれを望んでいないとしても、貴方がヴァルを殺しそしてそれ故に私が貴方を憎く思っていることは、変えようのない事実ですから」

 感情の揺らぎすらも見せず、淡々と述べるフィリアに彼は器用にも笑ったまま顔を顰めた。
 それは魔族という負の感情を喰らう生物だからこその表情だったに違いない。ゼロスは少なからずフィリアが揺らぐだろうと予想し、美味しい食事を取れるだろうと思ったのだろう。ならば、食事を取り損ねたことに対する不快感は人間と同じように出ておかしくないだろう。
 それでも、ゼロスが顔を歪めたのは瞬きをする間程度の長さで直ぐににこにこと微笑んでいた。

「自己満足ですね」

「ええ。ヴァルが望んでいなくとも私はきっと、何かあの子のためにしてあげたいのです。――私はあの子に何も、何もしてあげられませんでしたから」

 だから――、そう述べたフィリアはゼロスを睨みつけた。

「貴方を滅します」

 そう宣言されても、ゼロスの笑顔が崩れることはなかった。

「そうですか……まぁ、それはいいのですけれどね。今日貴方の前に姿を現したのは、こんな話をするためではなくフィリアさんのやる気を起こそうと思いまして、ね」

「なんでしょうか」

「このアンデット事件には僕も関わっています」

 フィリアは目を見開いて彼を凝視した。
 ゼロスはにこりと笑い、ではと一言述べると闇の中へ溶けるように消えていき。
 彼女は月光の下、澱んだ暗闇を静かに見つめていた。



      >>20080425 ようやくもう一人の(影の?)主役が登場。



back next top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送