囚われ人の恋歌




 フィリアがセイルーン城に帰る頃にはいつもの夕食の時間はとうに過ぎており、仕事に追われているリナリアと顔を合わせることが出来なかった。
 なので一人で用意された夕食をとると、フィリアは自室に戻り持って来た本や資料に目を通す。
 その顔つきは切羽詰った非常に真剣なもので、ゼロスに会ったことで彼女は焦るように事件を洗い始めたのだった。
 しかし、聞き込みや資料だけでは有効な手がかりを入手することは出来ず二日が過ぎ。
 その日もまた、有力な情報を得ることが出来ず夕食の席に着くと、そこにはリナリアの姿があった。

「久しぶりですね、フィリアさん」

 リナリアはにこりと微笑む。
 フィリアはそれに返すように微笑むと、黒いワンピースを捌いて席に着いた。

「お忙しかったみたいですね、リナリアさん」

「ええ。やっぱり、政務は一人でこなすものではありませんね。何より、重要なものに関しては父さんの所見を仰がなくてはいけませんから、業務が滞っていますし……。やっぱり、外交はわたしが行くべきなんだと痛感しました」

 そう彼女は述べると、ふぅと疲れたように溜息を吐く。
 フィリアは大変そうですね、と相槌を打つにとどまった。実際その仕事をしているわけではなかったので、共感するには乏しいしかといって無関心でいるわけにもいかない故の簡潔な対応である。
 そうして、とりあえずナイフとフォークを持つと二人は食事を取るため、目の前に出された料理に手を伸ばした。

「……ところで、アンデット事件の進展はどうですか?」

 リナリアから発せられた、しかし予測できた言葉にフィリアはぴくりと身体を震わせる。
 だが、身体の震えは一瞬のことで彼女は射るような眼差しでリナリアを見て、一言述べた。

「彼が――ゼロスが関わっていることがわかりました」

 その言葉にリナリアは息を呑んだ。
 しかし、それは一瞬のことで少しだけ悲しそうな表情をしたリナリアは、フィリアに問いかける。

「復讐を、どうしてもなさるおつもりなんですか?」

「はい。それを歪めることはありえません」

 リナリアがいくら辛そうに表情をゆがめても、フィリアは表情の一つも変えず以前の問いかけと同じ答えを返すだけだった。
 その表情に何を思ったのだろうか、リナリアはだんっとテーブルに両手を乱暴に下ろして立ち上がり叫ぶ。

「――どうして! ゼロスさんを滅したって、ヴァルさんが帰ってくることなんてないのに!」

 しかし、その叫びにフィリアが動じることはなかった。
 感情を揺らめかせることさえ。

「理論なんかじゃないんです。私は、ヴァルが私の元へ帰ってくることがないと分かっていても、それでもゼロスを滅したい。彼の未来を奪い取り、幸せを奪い取った彼を――許しておくことなんて出来ない。それが例え、ゼロスの思惑に乗ることだとしても」

 青色の射るような瞳で見つめられ、淡々と述べられた言葉にリナリアは勢いを無くし、すとんと椅子に座った。

「リナさんは――、時が少しでもフィリアさんの癒しになればと、直情で動かないようにと――貴方に時を与えたのに」

 ぽつんと呟いたリナリアに、フィリアは少しだけ微笑んだ。

「ええ、私はあの時の激情のままに動いていません。リナさんが下さった時は――私に揺らがぬ覚悟とヴァルへの深い愛情を、そしてゼロスへの深い愛情を再確認させ、冷静に動くことを教えてくださったのですから」

 だからね、リナリアさん。とフィリアは穏やかに笑った。

「貴方がどれだけ身を案じる言葉を言ったとしても、リナさん達がいくら止めて欲しいと思ってたとしても、ヴァルが戻ってこなくても、私は彼を滅します。――共に世界を滅ぼしたとしても」

「私には、分かりません。愛情を持っているのに、なんで――」

 頭を振り、眉をハの字に下げたリナリアは理解できないと言いたげに泣きそうな目でフィリアを見る。
 フィリアはそんな彼女に何を思ったのだろうか、まるで母親のように優しく慈愛に満ちた笑みを向けて言った。

「愛情とは必ずしも、無償の奉仕ではないのでしょう。私が、なにより彼がそのままでいるのに必要だった愛情は、最初からこういう形でしかなかったのかもしれませんね」

 リナリアは口をパクパクと動かし何か反論したかったようだったが、結局何も発せられなかった。



      >>20080509 静かに燃え上がる青い炎のように。



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