囚われ人の恋歌




 次の日、フィリアは魔道士協会へ行くために聖王都を他の住人と同じように忙しなく歩いていた。

「お嬢さん」

 そう呼ばれ、ぽんと肩を叩かれたフィリアが振り向くとそこにはにこりと微笑んでいるルーシェル=エインズワースが居た。
 フィリアにとっては思わずダッシュで逃げたくなるような人物であったが、事件の重要な参考人である。何かに耐えるようにぐっと手を拳にして握り締めたフィリアは、彼を見た。

「お久しぶりですね、エインズワースさん」

「エインズワースさんなんて、なんと他人行儀な! どうぞ、私のことはルーシェル……いいえ、ルーちゃんとでも呼んでくださいっ」

 きらりと歯を輝かせ述べるルーシェルに、フィリアは引きつった笑みを浮かべた。
 そうしながらも、逃げようとする足を地面に縫い付けフィリアは至って平常心の振りをして、ルーシェルに聞く。

「なにか私に用でもありましたか?」

「用がなければ貴方に話しかけないと思われているのはとても残念ですが、用はあります」

 少し残念そうに顔を曇らせて述べたルーシェルは、しかしすぐに顔を上げるとがしっとフィリアの肩をつかんで空いているほうの手をびしっと前方へ差す。
 見事、囚われた形になるフィリアは顔を引きつらせつつ、殴り倒したいと震える手をぐっと押さえつけた。

「――今から、ウジェーヌ=ボアモルティエの家へ行きましょうっ!」

 発した言葉は、フィリアにとって予想内であった。
 こういった部類の人間はなぜだか首を突っ込みたがるため。……犯人であれば、あえて共に行動することで少しでもフィリアの気を他の二人に向けるよう誘導するために。
 もっとも、ルーシェルと共に行くことを(自分の意思に反して)頷くよりも先に、無理やり引きずられて向かう羽目になったのだが。

 ウジューヌ=ボアモルティエの家は聖王都の端のほうに存在した。
 小さくもないが印象に残るほど大きくもない屋敷を見上げる暇もなく、フィリアを(無理やりという形で)連れてきたルーシェルがチャイムを押した。
 少し間を空けて、かちゃりとドアが開く音がした。
 のそっと姿を現したのは四十代から五十代……中年と呼ばれるような外見の男だった。特徴といえば、まるでネズミのように出ている前歯だろうか。
 しかし、それを含めてみても人の中に埋没するようなまったく普通の中年男性だった。
 男――恐らく彼がウジューヌ=ボアモルティエだと思うが――は、ルーシェルの姿を見て酷く驚いたように目を見開くと、警戒するように小さく背を丸めた。

「やぁ、ウジューヌさん。研究のほうは順調ですか?」

 だがしかし、そんなウジューヌの様子などまったく気にしないようにルーシェルは同じ不死研究者とは思えないぐらい爽やかかつウザい笑顔を浮かべて挨拶をした。
 ウジューヌは顔をひきつらせ、無理やりに笑みを浮かべルーシェルへ返事を返した。

「そこそこですよ。……そちらにおられる方は?」

 目でフィリアを見た。
 まぁ、ルーシェルと共に訪ねてきた人について訊ねるのは当たり前である。
 しかし、ルーシェルがウジューヌへ返事を返すよりも先にすっと前へ踊り出て、フィリアはにこりと微笑んだ。

「フィリアと申します。不死の研究に興味がありまして、ルーシェルさんから案内を受けましてこちらへお伺いいたしました。無論、せっかくなされている研究内容をお教えくださるとは思いませんが、もしよろしければ少しばかりお話を聞かせていただければ幸いなのですが」

 無論、不死の研究に興味があってのくだりはまったくのでたらめであったが、不死研究を行うことによって編み出したアンデットもどきを誰が作り上げたのかには興味があったのだから、まったくのでたらめではない。
 もっとも、フィリアが独断で切り出した嘘にルーシェルが乗ってくるかどうか分かない。そのためだろう、彼女はにこやかな笑みを浮かべながら、ちらりとルーシェルを見た。
 ルーシェルは驚いた様子も見せず、笑顔のままだった。

「すみませんけど、魔道士協会に提出している論文について教えてあげてくれないかい? それで、フィリアさんも満足ですから。……ね?」

 そのまま、話をあわせてきたためフィリアはにこりと微笑み小さく頷く。
 ウジューヌは胡散臭そうに二人を見ていたが、小さくため息をついた。

「……いいですよ。どうぞ、中へ」

「ありがとう! やはり、不死研究者とあろうもの女性の味方でなくては!」

 きらんっと歯を光らせながら発したルーシェルの言葉は、全人類誰しもが「関係ないだろっ!」と突っ込みたくなるものであった。
 ウジューヌももちろんフィリアも例に漏れることはなく、酷く鬱陶しげにルーシェルを見た。
 促され、ルーシェルに続いて家の中に入ると、フィリアは初めて家を訪れた人の行動そのままにきょろきょろと興味深げに辺りを見渡す。
 玄関を抜け正面にある扉に入ると、そこはリビングだったようで中央にテーブルが置いてあり壁には小物を入れるような棚などの装飾品が置かれてある。
 ウジューヌはそのテーブルを挟むように奥へ行くと、くるりと振り返りフィリアとルーシェルを見た。

「で? 何が目的なんですか、ルーシェルさん」

「……何を言っているんだい?」

 ルーシェルは分からないと言いたげに首をかしげる。
 だがしかし、ウジューヌは疑いの眼差しを彼に向けたままだった。

「同じ研究者が、何の目的もなしに訪問するとは考えられません。最近、アンデットもどきのせいで私も目をつけられていると聞きました。……これを機にセイルーンは不死研究者や神を冒涜するような研究を行う魔道士を撲滅させようとしているのだとも」

 そうして、ウジューヌは手を翳した。

「だったのなら、貴方が私に全てを押し付けようとしているのだと考えるのが道理でしょう!」

 叫び、氷の矢フリーズ・アローが彼の手から放たれる。

火の矢フレア・アロー!」

 とっさに、ルーシェルは火の矢を唱えて氷の矢を相殺させる。
 その間にフィリアは一つの呪文を唱え終えていた。

氷窟蔦ヴァン・レイル

 床に押し付けたフィリアの手から生み出された氷の糸はぴきぴきと音を立てながら床を伝い壁を伝い、ウジューヌの体へ到達する。
 手を振り払い声を上げるよりも先に、氷の彫刻が出来上がった。
 ――ルーシェルとウジューヌ、二体の。

「少しばかり、頭を冷やしておいて下さい」

 フィリアは、清々したと言わんばかりにそう言葉を吐いた。

 ともかく、アンデットもどきを作ったのがウジューヌか調べなければいけない。
 彼が攻撃を仕掛けたときに話した様子では、どうも白に近いようだったが演技である可能性も否めないのだ。
 なので、フィリアは勝手に屋敷とも言えない家の中を勝手に歩き、研究部屋を探す。
 研究室の入り口は比較的簡単に見つけることが出来た。居間に設置されてあったコップを仕舞う調度品が鍵となっており、少しばかり扉を開け閉めしてみたところ、運よく条件と一致したのだろう音が響いて壁が動き、地下へ続く階段がぽっかりと穴を開けていた。

「……なんだかご都合主義のようだわ」

 フィリアはくすりと笑い、一言呟くと明かりライティングを唱え光も灯らない階段を降りていく。
 階段が終わりを告げるのは早く、その先にある扉をあけると遮るものが何もないワンフロアが彼女の目の前に現れた。
 壁際には本棚や書きとめておくためだろう、乱雑に書類が置いてある机がある。
 中央には実験装置なのだろうか、大掛かりな鉄製の塊が置いてあった。
 フィリアはまず机の上にある書類に目を通す。
 それは、黒魔術の技法に則った細工を施した鉄製の塊の中に茎を折った植物を置き、使用者(この場合は実験者であるウジューヌ)が引き金の言葉を放ち魔力を与えることによって、喪失したものを再生させる実験のメモだった。
 アンデットもどきを製作した記録とはまるで違う。

復活リザレクションで事足りそうな実験だけれど……、白魔法じゃない観点からの不死という題目を念頭に置いたのなら必要なのかもしれないわね」

 自身を納得させるようにぽつりと呟いたフィリアは、その書類を机の上に戻した。
 結論は彼女の中ですでに出たのか、くるりと机に背を向けると階段へ向かって歩き出す。

「ウジューヌさんは犯人ではないようですね、お嬢さん?」

 声が聞こえて、階段から現れたのはルーシェルだった。どうやら、フィリアが縛った氷は既に解けてしまったようだ。
 その姿を見た瞬間、彼女ははぁと溜息をついていた。

「ウジューヌさんは?」

「まだ氷の中です。わざわざ私を氷付けにしなくとも、いつだって私は貴方のものだというのにっ!」

 きらんっと歯をなぜだか輝かせてそのようなことを述べるルーシェルに、フィリアはただひくひくと笑うしか出来ない。……無理やり犯人だと決め付けて殴っても問題ないかもしれないが。

「ともかく」

 人の神経を逆撫でる戯言を延々と語られるよりも先に、フィリアは話題を変えることにした。

「ボアモルティエさんは犯人ではないようなので、私は先に失礼させていただきます。先に攻撃を仕掛けたのは彼なので警察に通報して頭を冷やしてもらってもいい気がしますが……、その辺りの判断は面倒なので貴方に任せます。では」

 言葉を挟めぬように自身の意見を述べたフィリアはルーシェルの横を通りぬけようとするが、彼に止められる。
 そうして出た質問は、当たり前といえば当たり前であった。

「そう結論を出すのは早計過ぎませんか? せめて、ウジューヌさんから事情聴取をしてお嬢さんが見た実験内容に嘘が混じっていないか確認しても良いのでは」

 フィリアはその意見に対して首を振った。

「理論としては間違っていません。本当の実験を隠すために置いたダミーだとしたら論理や走り書きに破綻が見えるはずですが、それはありませんでした。なにより……」

「なにより?」

「もし、彼が犯人だったとしたら今私の目をくらますのに何の意味があるのです? 温和に迎え入れるのならば警戒心も解けるでしょうが、襲われたのならそれがあまりに弱くとも警戒せざる得ません。それよりも先にアンデットを使って全力で私を倒しにきたほうが手間も時間も省けるでしょうに」

「それすらも、ウジューヌさんの計算であったら?」

 説明を重ねたフィリアに、それでも可能性を言い募るルーシェルにフィリアは肩を竦めた。

「可能性を追求し続けたらきりがないでしょう? ……これは私の単なる直感でしかありませんが、彼が犯人とは思えません」

 ルーシェルは納得したのか、黙った。
 彼女は、数秒ほど何か質問があるかとルーシェルの言葉を待ってみたが言葉が発せられるような雰囲気はない。

「納得したようですね。では、失礼致します」

 フィリアは彼から視線を外すとウジューヌの家から出るため、階段に足をかけた。



      >>20080522 まずは一人の容疑を晴らす。



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