囚われ人の恋歌




 次の日、フィリアはルーシェルの家の前に来ていた。
 住所など彼から聞いたわけではなかったが、ルーシェルについて調べたとき帳簿に記載されてあったのをメモしていたのである。
 ウジューヌの家は屋敷というより大きめの民家という風情であったが、ルーシェルの家は正に屋敷と述べていいだろう大きさを有していた。
 二階建ての家は、一人で住むには広すぎる。もっとも、地下などに隠さずに全ての部屋を実験室として使っているのならば、余ることもないのだろうが。
 ともかく、フィリアは屋敷の扉についていた装飾がなされているドアノッカーを叩いた。
 しかし、中からは何の反応もない。
 突然の訪問だったためルーシェルが不在でも不思議ではないが、フィリアは眉を顰め太ももからモーニングスターを取り出すと壁にぺたりと身を寄せ、ゆっくりとドアノブを回した。
 そっと扉を押すと鍵がかかっておらず、すーっと開く。
 刹那、殺気が膨れ上がった。
 音も立てず飛び出しフィリアを襲おうとするものに、彼女はぶんっとモーニングスターを振るいルーシェルの屋敷の中へ押し戻す。
 べちょり、とモーニングスターに付着したのは腐敗液だった。
 それを見たフィリアは、戸惑う様子も見せず口の中で何かを唱えながら彼の屋敷へ踏み込む。
 びゅんと二体のアンデットもどきがフィリアに襲い掛かってきた。

「氷の矢!」

 放たれた初級精霊魔法は、時間差でフィリアに襲いかかろうと奥に控えていたアンデットをも突き刺しその身を凍らせていった。本来の氷の矢であれば命中したところの狭い範囲でしか凍らせることが出来ないのだが、アレンジにより全身を凍らせたのである。
 そして、フィリアは刹那に目の前の扉と二階部分を交互に見た。
 部屋を一つずつ見て実験室を探すのは手間がかかる。しかも、アンデットもどきが徘徊しているのだ。体力も無駄にかかる。
 それを解消するには焦点を絞らなくてはいけなかった。
 住居スペースと研究室を別にすると考えれば、一階と二階で分けられる。
 一階を研究専門にし、二階を住居スペースにする。もしくはその逆か。
 それを確認するためにはとりあえず、目の前の扉を開けて見ればいい。
 その考えすらも間違えている可能性だって無論あったが、予測を立てて効率よく動いているように見せかけるほうが心持としてフィリアが納得できる。
 そういう考えのもと、フィリアはまたもや氷の矢を唱えながら扉を開けた。アンデットもどきを氷付けにしたあと部屋を見ると――、そこは普通のリビング。
 フィリアは扉を閉めると、二階へ上がる階段を駆け上がった。
 その間にも、異変を察知しフィリアを見つけたアンデットに襲い掛かられるが、彼女は氷の矢一呪文のみで全て排除していく。
 そうしながら、一番近くにあった階段突き当りの扉を開いた。
 開いた先の光景は屋敷の構造としては珍しい。柱だけを残して壁が一切取り払われていた。
 壁際は本棚で埋め尽くされ、要所要所に書類を置くためか気付いたことをメモするためか、小さな机が置かれている。
 床には大きく魔法文字で書かれた魔法陣が描かれており、所々に用途不明の器具が置かれていた。
 そして、アンデットもどき達は何かを確認するように各々本を取り出している。腐敗液がつかないよう丁寧に皮手袋までして。
 それらはフィリアに気がつくと本を投げ出して、一斉に襲い掛かってきた。

霊氷陣デモナ・クリスタル

 刹那、放たれた言霊は実世界へ干渉し床から濃い霧を吹き上げ、壁が取り払われた部屋にいる全てのアンデットもどきを氷付けにしていた。
 飛び掛ろうとしたアンデットもどき達が重力に逆らえずだんだんっと音を立てながらフィリアの目の前で砕かれていく。
 その様を無表情で眺め、再度襲い掛かってくる者のいなくなった部屋を見渡すとフィリアは一点のみ違和感を覚えた。
 氷付けになったアンデットもどき達は、皆どのような形にしろフィリアのほうを見ていた。まるで、彼女の姿を認識したら襲い掛かれとでも言わんばかりに。
 だが――、一体だけフィリアのほうを見ていないアンデットもどきがいたのだ。
 大切そうに本を手のひらに包み込み、フィリアが入ってきた扉とは別方向へ視線を向けているそのアンデットもどきに彼女は確信にも似た閃きを覚え、氷付けになっているアンデットもどき達を避けながらその一体の元へ近づき、本を丁寧にそれの手から取った。
 古ぼけた包装にはなんの題名も書かれていない。
 彼女は、中身を確認するため古ぼけた本を慎重にぱらぱらと読んだ。
 内容が書かれた文字は、現在の公用語だったため読むのにさほど苦労はしない。
 が、その本を読み進めるうちにフィリアの蒼い目は大きく見開かれていた。

「――これは」

 彼女はぱたんと本を閉じ丁寧な仕草で脇に抱え光が入り込む窓を乱暴に開けると、ぽんっと空へ身を投げる。
 浮遊を唱え、彼女は確信に満ちた目で目的の場所へ向かった。



      >>20080625 短いですなァ。



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