彼は、目も開けられないくらい眩しい太陽の光と似た瞳にとても深く冷酷な感情を映すときがありました。
 それは決まって、私とゼロスが話しているときでした。




      囚われ人の罪




 重く暗い雲が青空を通り抜けるようにフィリア=ウル=コプトへ迫っている。
 しかし、彼女は雨具を出すわけでもなく雨宿りをするため街道から少しそれた木の下へ身を隠すでもなく、至ってのんびりと黒いワンピースの裾を翻しながら歩いていた。
 その様子はとてもじゃないが各地を放浪する旅人には見えない。
 しかし、彼女は旅人だった。
 ふと、フィリアは雨を確認するかのように空を見上げる。
 灰色の重い雲間に黄金に光る何かを彼女は視界に捕らえ、無表情だったそれをなにか痛みに耐えるかのようにほんの一瞬歪ませた。
 その合間にも太陽の光のような黄金は徐々に大きくなり、翼を広げた数匹の竜になっていく。
 フィリアと同じ種族である、黄金竜に。
 そうして、空からフィリアの目の前に降り立った黄金竜は一瞬のうちに変態を済ませ、人間の姿になった。

「フィリア=ウル=コプトだな?」

 リーダーなのだろうか、一歩他の竜たちよりフィリアに近い男性がそう訪ねた。

「ええ。あなた方は?」

 問い返すフィリアに対し、その男の人は不遜げにしかし簡潔に述べた。

「私達は水竜王アクア・ロード様に使える黄金竜の一族。貴方に死んでいただく、参上した次第だ」

 同族から死を宣告されること――、それは少なからずショックを覚えることのはずなのに、フィリアはすでに予測していたかのように無表情からぴくりとも表情筋が動くことはなかった。
 そうして、フィリアは黄金竜の男へ当然の問いかけを述べる。

「どうしてですか?」

「神託は知っているか? 指し示されたうちの一人が貴方だろうと思われる神託は」

 黄金竜の言葉にフィリアは頷いた。
 まったく動揺もせず、淡々と。

「ええ。私が生まれてすぐ、赤竜王フレア・ロード様配下の黄金竜の巫女に降りた神託ですよね。両親が亡くなった後に知識を"受け継ぎ"ましたから」

 けれど、とフィリアは肩を竦めて述べた。

「それでしたら、尚更不思議だわ。なぜ、今更なのです?」

「今だからだ、フィリア=ウル=コプト。貴方が獣神官プリーストゼロスを憎んでいる今だからこそ」

 その言葉に今まで平然と対応していたフィリアの肩はぴくりと震えた。
 獣神官ゼロス。獣王グレーター・ビーストに仕え、以前生きとしいけるものと魔が全面戦争を行い、辛くも生きとしいけるものが勝利した降魔戦争において、その絶望すら覚える強大なる力をもってして黄金竜・黒竜を全滅寸前まで追い込んだ竜殺しドラゴン・キラーとまで称される、竜にとっては憎き天敵の象徴であり恐ろしい純魔族であり、フィリアにとっては降魔戦争抜きにしても因縁深い相手である。
 初めて動揺を見せたフィリアに対し、黄金竜の男は冷めた目で言葉を続けた。

「まるで、神託のとおりではないか。貴方が、世界の変革をもたらすという神託の」

「――そうですね」

 しかしゼロスの名を聞いて起こったフィリアの動揺は、黄金竜の言葉まで続かなかった。
 まるで、そんなことは百も承知なのだと言わんばかりに。

「でも、それにしたって遅いと思います。だって、約八十年前には私とゼロスは接触していたのですから」

 しかも、定期的に。とフィリアは何かに耐えるような表情で呟いた。
 だが、黄金竜はフィリアの表情の変化などどうでもいいと言いたげに、溜息を吐く。

「その時には、静観せよという長老の命があったのだよ。だが、ミルガズィア様はその命を解かれた。貴方がセイルーン聖王都で禁呪を撃ったと知ったその時に」

 貴方とゼロスが接触したと知った時点でミルガズィア様が英断していればもっと早めに行動できたのだが、と黄金竜は呟いた。
 そうして、黄金竜は感情などないかのような無機質な目でフィリアを見て言う。
 彼女への宣告を。

「貴方がまだ我らと同族だというのならば――抵抗せず死ね」

 我らが望まぬ結末を貴方が引き寄せてしまわぬうちに、と言った黄金竜の男に対し、フィリアはほんの少し――ほんの少しだけ悲しげな色を瞳に宿らせた。
 それは、他人には分からぬ程度の。

「私は――、私に課した復讐を止め死ぬつもりなど毛頭ありません。例え、それが同族を裏切り世界を滅亡させたとしても」

 目的を達成させるためならば、同族といえども殺します。
 フィリアは淡々とそう言い放ち、音に力ある言葉を乗せた。
 黄金竜たちは咄嗟に防御壁を組み立てる。

竜破斬ドラグ・スレイブ

 神族であるフィリアが忌み嫌うべき魔族の王の力を借りたその呪文は、赤い閃光を伴って黄金竜たちへ着弾し爆発した。
 だがしかし、先に防御壁を張られていたため黄金竜たちにダメージはない。

「やはり、貴方は危険の種だったな――人でもなく竜でもないものよ!」

 黄金竜の男はそう叫び、魔力がこもったその音共に閃光が放たれた。
 ばんっ、とフィリアが咄嗟に張った防御壁にそれが当たる直前、彼女の耳にちりんと鈴の音が聞こえた。
 フィリアの手前で爆発が起き、砂が舞い上がる。
 その砂が視界を塞いでいたのだが、攻撃を仕掛けることよりも爆発直前に聞こえた鈴の音に違和感を持ち、フィリアは防御壁を解かぬまま舞い上がった砂が落ち着き、視界が開けるのを待った。
 そうして広がった視野は、ただ一点を覗いて変わったところはない。
 フィリアより頭一つ分背の低い白髪の少女が自分の前に立っていること以外は。

「なんだか、シリアスな場面でお邪魔しちゃって悪いね。けど、大の男がよってたかって女の人をいじめるなんて傍から見たら理不尽じゃない?」

 びしっと男たちに人差し指をつきつけた少女に、リーダーらしき黄金竜は顔を引きつらせる。
 が、フィリアはまったく表情を変えることなく黄金竜が少女に問いかけるよりも先に言葉を発した。

「理不尽ではあるでしょうけど、目的を優先するのならば仕方のないことですし私も納得していることです。貴方に止めていただく必要はありません。それよりも、なぜ割りこんだのです? しかも、こんなタイミングで」

「んー、雰囲気かなっ。やっぱり話の間に入るんなら緊張が最高潮に高まったときじゃなくちゃ」

 少女はにこりと小さめに作られた顔を動かし、微笑んだ。
 そんな雰囲気に黄金竜たちは動揺し、リーダー格らしき黄金竜の後ろに控えていた男たちは顔を見合わせている。
 それを感じてなのか、リーダー格らしき黄金竜はちっと舌打ちをした。

「予定外の邪魔が入ったな。フィリア=ウル=コプト」

 呼ばれ、フィリアは少女から黄金竜へ視線を移す。
 彼女の目に映った黄金竜は真剣な面持ちで彼女に宣言した。

「今日は引くが……次は全力をもってして貴方を潰す」

 その言葉に、フィリアはぐっと拳を握り締めながらも表情を変えず、述べた。

「精一杯抗います。――同族であろうとも」

 フィリアの言葉を聞いた黄金竜の男は苦々しげに顔をゆがめながら、彼女の視界から消えた。
 それと同時に他の黄金竜たちも姿を消す。
 そうして残ったのは、フィリアと少女だけであった。

「解決したんですか?」

「まぁ、今のところは」

 などと軽口を叩いた次の瞬間、ぽつりと雨がフィリアの頬に当たった。
 その途端、雨はだんだんと強くなり本格的に降り始める。

「わぁ、濡れちゃいますね。ええっと、フィリアさん?」

「はい?」

 名前を確認するように問いかけた少女に対し、フィリアは疑問形の返事をした。

「とりあえず、雨から逃れましょう」

「そうですね」

 二人の意見は一致し、言葉を交わすよりも先に駆け出した。



      >>20100113 伏線回の始まり。



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