街道から逸れた天然の雨避けである巨木の下に避難した二人はふぅ、と息を吐いた。
目の前はまるでバケツをひっくり返したような大雨が降っている。
「とりあえず惨事から免れましたねー」
雫がついたのだろうか、ふるふるとまるで動物が水を払うように頭を振った少女は土砂降りの雨を見ながら軽い口調で述べ、それに対しフィリアはええと肯定を返した。
しかし彼女は話し手タイプなのだろうか、構わずに軽い口調で言葉を続ける。
「じゃ、一段落したところで自己紹介の一つでもしましょうか。私は"ラビット"、踊りを嗜んでいます」
彼女は零れ落ちそうな黒目を細めそう言い、羽根のように軽い光の当て具合により七色に光るスカートの裾を左手で掴み、右手を胸に当てぺこりと一礼した。
左腰に差された無骨な鞘が彼女の綺麗なスカートの広がりを邪魔しているものの、それは正に手馴れた華麗な仕草である。
「丁寧な挨拶ありがとうございます。私はフィリア=ウル=コプト、旅人をしています」
フィリアもそれに倣うよう、ぺこりと頭を下げた。ただし、踊り子のようなものではなく彼女が着ている漆黒のスカートの裾を掴むようなこともしなかったが。
「まぁ、では宿無し根無し草なんですねっ。私も根無し草なんですよー。こうしていろんなところを歩き回るのが仕事みたいなものですから」
まるで、同士を見つけたかのように白髪の少女――ラビットは目を輝かせる。
その様子にくすりと口元に手を当て微笑んだフィリアは、それは大変ですねと返した。
「ところで話は変わるんですけど、黄金竜の人たちに囲まれて大変でしたね。うら若き女性を囲むだなんてっ」
その言葉にフィリアは不思議そうに首をかしげた。
「あれ、ラビットさんはどこから聞いていたんですか?」
それは当然の質問であった。
ラビットは話が終わり、黄金竜たちが彼女の命を刈り取ろうと正に動き出した瞬間飛び出たのだから。
けれど、ラビットはなんてことのないようにまるで悪戯した子供のような笑みを浮かべて彼女に言った。
「ほぼ最初からじゃないかなー? 黄金竜の群れが男性体へ変化するところから見ていましたから」
「あら、だったら最初のうちに出てきてくださればよかったのに」
「私は事態が最高潮に盛り上がったところで茶々をいれるのが趣味みたいなものなんで」
てへ、とラビットはその真っ白な髪を掻く。
そうしながら、ところでとラビットはフィリアに問いかけた。
「雨もまだ上がらないみたいなんで、与太話に聞いていいですか? ――黄金竜さん達が話していた神託のこと」
その言葉に、フィリアは困ったように首を傾げたもののまぁいいかと自分に対して言い聞かせるよう呟いた。
「私が生まれたとき、このような神託が私の一族において巫女の立場に居た方に降りました」
フィリアは一点のよどみもなく、まるで歌うように神託の内容を言った。
「世界は変革を迎える。
孤独な魔の竜が祈り、
獣の魔が弾を込め、
人であり竜であり人でなく竜でない者が引き金を引き、
人の姫が奔走し、
それぞれの思惑によって、
しかし輪のように巡る願いの中、
世界は変革を迎える」
そうして、はぁとフィリアは息を吐いた。
まるで面倒だといわんばかりに。
「私の母は黄金竜でしたが父が人間でしたので、タイミングよく生まれてしまった私はこの神託における"引き金を引くもの"と思われ、まぁそこそこ監視下に置かれたり疎まれたりしたものです」
「でも、それだけだったら必ずしもフィリアさんが神託における"引き金を引くもの"とは限らないじゃないですか。竜と人とのハーフだったらいっぱいとは言わないけど、そこそこいるんじゃないですか?」
フィリアの言葉に首をかしげたラビットは、彼女にそう聞いた。
確かに、タイミングよく生まれただけで疎まれたのならば、先ほどのように黄金竜達がフィリアを積極的に殺そうとするだろうか。危険な芽を摘むにしろ、積極的である必要はない。たかだか一人、片手間に殺したってそれまでである。
正当な疑問に対し、フィリアは雨の向こうに広がる風景を静かに見て答えた。
無表情そのもので。
「私の一族は異界の魔王がこの世界へ降り立とうとしたときがこの神託の実現だと思っていたようですが、今この状態のほうが神託の条件にあっているんです。――私が"獣の魔"いえ、獣神官を憎んでいる今こそ」
だから、水竜王の一族は私が引き金を引くことを恐れている。
フィリアは呟き、悲しげに目を細め雨を見た。
しかし、ラビットは首をかしげる。
「フィリアさんは何の引き金を引こうとしているんですか?」
「――世界をも巻き込んだ、復讐の」
暗い感情の言葉を吐き顔を引き締めた彼女は、ふと雨を降らしていた空を見上げた。
今度こそ、本当の太陽の光が重い雲の切れ間から姿を現す。
それを確認すると、フィリアはラビットのほうを向いた。
「通り雨だったようですね。ラビットさんはどちらへ?」
「とりあえず東に行って、外界への玄関口になっている港町を目指すつもりですけど」
「あら、私も外界へ行こうと思ってそちらを目指していたんですよ」
その言葉に、ラビットはきらきらと目を輝かせた。
「わぁ、奇遇ですね! じゃあ、フィリアさん。一緒に旅しませんか?」
彼女の提案にフィリアは一瞬惑うように海色の目を泳がせたが、彼女を見て微笑んだ。
「ええ、よろしくお願いしますね?」
「はいっ」
こうして、フィリアに一時の旅の道連れが出来たのである。
>>20100121
さっそく独自設定。
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