雨から逃れたフィリアらは、夕方ごろ町に到着した。
 そこは大都市からは離れているものの、大都市と大都市を行き来する旅人達によってそこそこ繁栄している宿場町である。
 町についた途端、ラビットは夕日に照らされ赤くなっているフィリアの顔を覗きこみ、にっこりと微笑んだ。
 そうして、明るい口調でこう述べたのである。

「フィリアさん、すみませんが宿を探してくれませんか? 私、舞台を探しに行きたいので」

「舞台?」

 フィリアは分からない、と言いたげに首をかしげる。
 その言葉にラビットはにこりと笑いええと肯定の返事をし、続けた。

「私、踊り子ですもん。踊り子は踊りの場を求めるのが普通でしょう?」

 その言葉でフィリアはようやく合点がいったらしく、ああと小さく呟いた。

「分かりました。では、宿屋が決まりましたらここに来ますので、ラビットさんも来て下さいね」

「はい、じゃあよろしくお願いしますね!」

 そう述べ、二人は一旦別れた。

 ラビットと別れたフィリアは、家に帰ろうとする人々の波に流れつつ小さく溜息をついた。
 疲れたと言いたげに視線を落としたフィリアは自身の足元を見る。
 漆黒で塗りつぶされたブーツは土で汚れくたびれており、彼女がどれほど長い距離をそのブーツで歩いてきたのかが分かった。
 その足元を見ながら歩いていたフィリアは、何かを振り切るように小さく頭を横に振り次には視線を真っ直ぐ前へ向ける。
 前を見た彼女の表情は、感情を見せぬように強くきりりと引き締めてあった。
 ふと、彼女は足を止める。
 しかし人の流れは彼女などないもののようにすり抜けていった。
 が、その考えは即座に否定される。フィリアの周りだけ切り取られたかのように音が急速に遠くなっていったのだ。

「――魔族、ですね」

 何もないそこへフィリアが声を発すると、それは現実世界に具現化した。
 男性体であるようで、ズボンとラフな長袖のシャツで体を覆っている。
 が、顔は男女の区別などつかないくらい焼けただれたように波打つ皮膚で。その上に、ぎろりと二つの眼がフィリアを見ていた。

「貴様はフィリア=ウル=コプトだな」

 フィリアは端的に肯定の返事をした。感情の見えぬ低い声音で。
 そうして、目だけが印象的なその"顔"を静かに見ていた。
 その魔族は、フィリアの様子にふんと鼻を鳴らす。

「随分余裕だな。たかが黄金竜と人間のハーフごときが」

「別に余裕などもったつもりはありません。貴方は、ゼロスの命令でいらっしゃったのですか?」

 フィリアは魔族にそう問いかけた。
 魔族は嘘をつくことが出来ない。
 はぐらかしたり、わざと誤解を招くような言い回しをし間違った方向へ推測させることはするものの、根本的に嘘をつくことは精神体である自身の存在を歪めてしまうため、嘘をつけないのだ。
 もっとも、フィリアの問いかけに対し答えることを拒否することは出来るが、聞かぬよりはずばり聞いてしまったほうが選択肢を増やせる。
 彼女は魔族がどう答えるか、出方を見た。
 しかし、相手にとってはそう深く考える質問でなかったらしい。

「いや、俺ごときがあの方の命令で動くなんてことはないさ。第一、あの方が命令し動かすとしたら奴らだろう」

「奴ら?」

 フィリアは魔族の言葉を反復させる。
 彼女は、ゼロスが命令をし動かすような部下などまったく知らないのだから。
 もっとも、彼が命令を受ける上司ならば思い当たる節がそこそこあるのだけれど。

「ともかくだ、フィリア=ウル=コプト。貴様の力を試させてもらう」

 魔族はそう発すると共に瞬きをする間もなくフィリアとの距離を埋め、まるで剣を振るうかのように左から右へと手を振りフィリアの体に当てた。
 金属のように硬いその手は、とっさに後ろへステップを踏んだフィリアの黒い服を切り、皮膚を裂く。
 それを追うように足を踏み入れた魔族は更に手を振るが、フィリアはそれを辛うじて先に取り出したモーニングスターで受け止めた。
 ぎんっと金属音が鳴り響く。
 刹那、波打つ顔の"皮膚"がまるで生き物のように蠢き首元から細い糸が現れる。
 糸が現れると同時に目を見開いたフィリアは、呪文を発動させた。

獄炎招アビスフレア

 魔力の炎は、フィリアのアレンジを受けたのか本来一点収束型のはずが幾重にも別れた小さな魔力の炎となって細い糸に絡みつく。
 しかし、絡みついた魔力の炎は瞬時に消えてなくなった。
 糸はそこに存在したまま。
 そうして、糸はフィリアの体に纏わりつこうとするかのように彼女へ近づく。
 舌打ちをしたフィリアは自身の髪を一本引きちぎり小さく呟くと、接近戦に持ち込もうとする魔族の影にそれを刺した。

影縛りシャドウ・スナップ

 ぴんと張り詰めたフィリアの髪は針の役目を果たし、術を成功させる。
 しかし、相手は純魔族。
 いつ破られてもおかしくはないとバックステップを踏み、警戒しながら魔族と距離を取る。
 そうして、フィリアは神聖魔法を放った。

封魔崩滅カオスティックディスティングレイト

 放たれた呪文を魔族は避けることができない、はずだった。
 しかし、彼は影縛りを首から出た糸を操りフィリアの髪の毛を抜くことによりたやすく打ち砕き、それが発動される直前に精神世界面アストラル・サイドにもぐりこむ。
 タイムラグはコンマ一秒もないまま、魔族はフィリアの目の前に現れ硬質な腕で攻撃を仕掛けた。
 が、それは手に持ったままのモーニングスターで受けとめる。
 しかし、魔族の首の血管から直接出ているような細い糸はその刹那にフィリアの体へ巻きつき、彼女を締め上げた。
 ぐっと苦痛の声を漏らし、糸を引きちぎろうと力任せにその細い糸に力をかけるものの、糸は見た目より遥かに硬質で力をこめたフィリアの手のひらの皮膚を引き裂いていた。

「この程度か、フィリア=ウル=コプト!」

 魔族は高らかにフィリアへ言葉を発する。
 フィリアはぐっと歯を噛み締め、呪文を唱えた。

「ヴラバザード・フレア」

 その呪文は術者の思い通り、着弾点にて赤い光で包む。
 設定した着弾点であるフィリアの体を。
 流石に火竜王の力を借りた呪文には耐え切れなかったようで、細い糸はまるで燃えたように黒く灰になって消滅した。
 フィリアがまさかそんな無茶をするとは思わなかったようで、魔族は焦ったように後ろへ下がる。
 その期を逃すつもりのなかったフィリアは、赤い光が消えるより早くレーザーブレスを魔族へ向かい放つ。
 光の閃光を避け切れなかった彼は肩に穴を開けた。
 とっさに肩を抑えた魔族は、ぎょろりとした目を苦々しげに歪めた。

「まさか、ここまでするとは」

 フィリアは傷だらけの体を押さえながら、魔族に言った。

「死なない程度ならば、わたしは勝つ手段をとるだけです。――その日まで」

 痛みに耐えるよう顔を歪ませているというのに、発した言葉と口調はいたって冷静なもので。
 肩を抑えたままの魔族はふんっとただれた皮膚を震わせ、彼女を見下した。

「普通の黄金竜にさえ劣る貴様がゼロス様を滅せるとは思えんが。……まぁ、いい」

 急速に遠くへ消えた音がフィリアの元へ近づいてくる。

「死んでしまうほど貴様の相手をするつもりもないのでな、失礼する」

 急速に戻ってきた音が日常と同じくなる前に魔族はそう言い、精神世界面に消えた。
 フィリアは危機が去ったことを認識するとへたりと地面に座り込み、自身で傷つけたものも含む傷を治すため回復呪文を唱える。
 そうして、宿屋を見つけ宿泊手続きをしラビットとの待ち合わせ場所に到着するころには日もすっかり落ちてしまっていたのだった。



      >>20100127 やっぱり戦闘シーンは苦手、だけど書きたい。



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