ぜひ踊りを見てくださいとラビットに誘われ、フィリアは町の繁華街から少し離れた場所にある落ち着いた雰囲気のバーで、のんびりとカクテルを飲んでいた。
たった一日で同族に会ったり魔族と戦ったりして疲れてはいたものの、傷に関してはほぼ魔法で回復していたしこのまま面倒な日だったと寝てしまうのもなんだかストレスが溜まりよくないという感情から、彼女は一人軽いお酒を飲みながらラビットの出番を待つ。
そうして静かに酒を飲んでコップの半分が空になろうかというとき、流れていた静かなピアノ音が消え、その刹那ラビットがピアノの前に現れた。
にこりと可愛らしく微笑み小さく一礼した彼女は、次の瞬間まるで刃物の切っ先のような鋭い表情に一変する。
ちりん、と彼女の両手両足についている鈴の一つが音を立てた。
両腕が動くたびに、足がステップを踏むたびに鳴る鈴の音はまるで音楽のように音を変化させ、メロディを奏でていく。下手にピアノ音がついてしまうよりも、それは素晴らしく物静かで繊細な音楽だった。
そして、それに付随するようにラビットの踊りも。
ひどく繊細で、何かへ捧げるように切なく、しかしどこか機械的な踊りで。
静かに酒を楽しんでいたバーの客は皆ラビットの観客となり。
彼女の鈴の音が終わったとき、静寂の後拍手に包まれた。
その後も彼女はピアノ音とも戯れながらいくつか踊り、そうして舞台を終える。
舞台を終えた彼女は、腰に刀を差していたもののそのほかは変わらぬ姿のままフィリアの隣に座った。
「素敵でした、ラビットさん」
座ると同時にフィリアはラビットに賛辞を述べた。
ラビットは照れくさそうに笑う。
「そういってもらえると、踊り子冥利に尽きますねー。ありがとございます、フィリアさん」
そのうちにまた別の舞台が始まる。
今度はピアノ音と共に女性のしとやかな歌声が聞こえてきた。
「フィリアさんは歌ったりとか踊ったりとかしないんですか? そういうの、似合いそうな気がしますけど」
「うーん、縁がありませんでしたね」
「えー? フィリアさんは芸術興味ないほうですか?」
不思議とばかりにラビットは首をかしげた。
その言葉に、フィリアはふるふると首を振る。
「いえ、骨董品……特に壺は大好きで、一時期それで生計を立てていたこともあります」
フィリアはそう言って、青色の瞳を細めた。
「じゃあ、私みたいなものだったんですね」
「ええ。あまりにも短い期間で――あまりにも穏やかで幸福すぎるぐらいでしたけれど」
フィリアはまるで遠い日を思い出すように目を細めていたが、ふるふると頭を振ると回想するのを止めたようで、ともかくと話を元の歌に関するものへと戻した。
「歌は子守唄程度しか知りませんし、踊りは巫女になる過程でたしなんだ程度ですね。そういえば、黄金竜の賛美歌って実際に歌わないんですよ」
「なんでですか?」
フィリアはにこりと笑って、ラビットに他愛もない話をするような軽さで話をした。
「黄金竜の賛美歌はどの言語でも歌えるんです。竜語で歌っても古語で歌っても人語で歌っても、エルフ語でもゴブリン語でもありとあらゆる既存の言語で歌っても。でもその時賛美歌を教えてくださった先生曰く、どの言語でも歌える代わりにどの言語で歌ってもどこか完璧じゃない歌になってしまうらしいんです。それでは神を称える歌としては失敗じゃないですか。ですから、黄金竜たちは賛美歌を歌わないのです」
そう話した後、フィリアは小さくあ、と呟き目を見開いた。
そうして、視線を下に向けると黙り込む。
ラビットはそんなフィリアの邪魔をすることなく、静かに女性の歌を聞いていた。
別れても憎んでも殺したくとも、愛をこめた歌を。
>>20100205
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