次の日、フィリアとラビットはこの町を出ることにした。
 フィリア側の思惑とすれば、魔族も同族も出てきたこの町にこれ以上滞在するのは危険を伴うからである。
 別れることを前提で提案してみれば、ラビットはこの町から出ることに関してはどうでもよかったらしくあっさりとフィリアについてきた。
 というわけで、二人は結界の外に出れる場所にある港町を目指して歩いていた。
 ぽかぽかといい天気の中、今のところ順調な道中はラビットを飽きさせるには十分だったらしく、唐突にフィリアは質問をされる。

「フィリアさんはそんなに綺麗ですから、恋とかいっぱいしたんでしょ?」

 唐突な質問にフィリアはびっくりしてラビットを見るが、彼女はきらきらと目を輝かせて聞きたそうにしている。
 少し困ったように首をかしげたフィリアは、しかしその問いに答えた。

「いえ、私以前は巫女などという堅苦しい職業にいたものですから異性を意識する機会なんてほとんどなくて……、まともに恋愛を意識したのなんて一回だけでした」

「そうなんですかっ。でも一回だけっていうことは、今でもその人のことを思っているんですか?」

 その問いかけに、フィリアは少し苦しげに笑った。

「そうだと言ってしまえばそうなのだと思います。彼は私の愛も憎しみも全て持っていってしまいましたから」

「憎しみって――」

「彼は私の目の前で、私の子供を殺しました。そして、穏やかな日々を潰して……けれど、その分私は彼のことしか考えなくなった」

 皮肉なものですけどね、とフィリアは呟く。
 ラビットは複雑そうな顔をして何かを考えているようだったが、更に質問を重ねた。

「どうしてその彼は子供を殺したのか、フィリアさんは知っているんですか?」

「さぁ、本当のところは分かっていません。彼は魔族でしたから私の負の感情を食べたかったのかもしれませんし、世界を滅ぼすための駒として私を使うためにそうしたのかもしれません。――そう考えるほうが妥当なのでしょうね。でも……」

「でも?」

 ラビットはフィリアの言葉の先を促すように言葉を繰り返す。
 フィリアは足に纏わりつき揺れる漆黒のスカートを見つめながら、ぽつりと呟いた。

「なぜ、彼はあんなに苦しそうだったのかしら」

 それは、ラビットの問いに答える言葉ではなく自分に問いかけるような言葉だった。
 しかしその問いに答えられるものは、この場にいない。
 場が静まり返る。
 しかし、静寂は瞬きほどしかもたなかった。
 ラビットとフィリアは同時に前を見る。
 そこには三人の男性体がいた。――男性体と述べているのはそれらが黄金竜であり、人の姿は擬態でしかないからだ。
 殺気を絡ませたまま、男達はフィリアを見る。
 フィリアはその殺気に体を身構える――が。

「フィリアさん。面白い話も聞かせていただけたし、ここは私が引き受けます」

 無邪気に微笑みラビットはフィリアに対してそう言うと、柔らかな生地で作られた服に似合わない左腰にくくりつけられた刀の柄に手を添える。
 フィリアは戸惑ったように彼女を見、呟いた。

「なるべく、殺さないようにしてくださいね」

「努力します」

 すると、フィリアは構えを解いた。
 その様子で黄金竜たちは敵を認識しなおしたようで、ラビットに注意を向ける。
 動作は瞬きのうちに開始された。
 コンマ一秒にも満たぬ速さで刀を引き抜きながら足を踏み込んだラビットは、鈴を鳴らしながら黄金竜たちに飛び掛かる。
 しかし、それには辛うじて反応できたのか男の一人はラビットの刀を受け止め、他の二人は竜語で発した攻撃呪文を彼女へ放つ。
 ラビットはにやんと微笑み、受け止めた男を土台にしくるりと宙で一回転すると刀で攻撃呪文を切り裂く。
 鈴が鳴り響き、飛び跳ねたラビットは一人の男の肩を斬った。
 しかし、その刹那に別な攻撃呪文がラビットの目の前に現れる。
 それをも切り裂いた彼女は呪文を唱えた男の目の前に一瞬にして近づくと、彼の一ミリ手前でにこりと無邪気に笑いわき腹を刀で突き刺した。
 軽やかに引き抜きながら、ラビットはくるんと後ろに一回転する。
 そうして、着地をすると足を踏み込み動く。
 顔を引きつらせながらまだダメージを受けていない黄金竜はレーザーブレスを放つが、直線的な攻撃など意図もしないようにひょいと避けてしまうと、すっと刀を上げて振り下ろした。
 若干軌道が中心からずれて下ろされた刀は黄金竜の右手を胴体から乖離させる。
 バックステップでフィリアのやや前にちりんと鈴を一つ鳴らし動作を止めると、ラビットは黄金竜たちにさも楽しげな笑顔を浮かべた。
 その一連の行動はまるで一曲踊り終えたようなスムーズな流れであり、あれほど間近で血を流させたというのに彼女の刀以外血しぶきの一つもついていない。

「もう少し続けます? フィリアさんと努力すると約束していても、これ以上してしまえばうっかり殺してしまうかもしれませんが」

 無邪気で可愛らしい笑顔で告げた彼女の言葉は、しかし表情とはまるでそぐわない殺伐とした忠告である。
 血まみれの男たちは苦痛の表情を浮かべながら悔しさに喉を鳴らすと、しかしラビットに攻撃を仕掛けるわけではなく精神世界面へ身を浸らせることによって返事をした。
 ラビットはつまらなさそうに唇を尖らせつつも、どう入れていたのかは不明だが胸元から懐紙を取り出すとさらっと刀に付着した血を拭い刀を鞘へ戻す。

「ありがとうございます、ラビットさん」

「いいえー、気にしないでください。これくらい安いものです」

 礼を述べたフィリアに対し、ラビットは間延びした声音で返答した。
 そうして、天気のいい街道を進む。

「そういえば」

 なにか思い立ったようにラビットは切り出した。

「フィリアさんのお子さんってどんな子だったんですか?」

 フィリアは目を見開きラビットを見たが、ふっと優しく笑みを浮かべた。

「とても優しくていい子でした。――そして、とても可哀想でもありました」

「可哀想?」

 ラビットは不思議そうに首をかしげた。
 そんな彼女にフィリアはふわりと笑い、空を見上げる。
 綺麗な青空を。

「ええ。一度目の人生を理不尽に踏み潰され、二度目の人生すら潰された」

 可哀想でない要素などないでしょう、と彼女は呟く。

「彼は普通でした。少しプライドが高く信じたものを信じ続けるような一本気――言い換えれば視野が狭い子でありましたが、思いやりがありリーダーシップを取り慕われる、そんなどこにでも居る普通の子供でした」

 少し寂しげに目を細めたフィリアは、漆黒のワンピースを緩やかにはためかせて歩く。
 まるで、死を未だ悼むように。

「そんな彼が自身のあずかり知らぬ理由で全てを失ってしまい、与えられた普通の幸せすらも潰されてしまえば――私は、母親としてもしくは他人として同情せざる得ないのです」

 目を伏せた彼女に対し、ラビットは理解できないものを見るような訝しげな目を向けた。
 そうしながらフィリアと相対的でありながら酷似している光沢のあるスカートを捌き、ちりちりと鈴の音を鳴らす。まるで、世界に自分の存在を誇示するように。

「フィリアさんは、その"彼"と"子供"以外に関心はないの?」

 質問に、フィリアはラビットを見て微笑んだ。

「私は――黄金竜ですから」

 愚かにも視野の狭いまま固執し続ける。
 それは確かに、世界の安寧に固執し続けついには古代竜まで滅ぼしてしまった黄金竜と同じ性質であった。



      >>20100219 少しは理由が見えてきたのではないでしょうか。



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