朝になり、二人は宿場町を後にする。
 街道は今日もまた晴れ渡っていた。
 他愛もない話をしながら二人が歩を進め続けると、街道の脇に生えている木々が徐々に少なくなりついには草原へと変わっていった。
 フィリアは立ち止まる。
 そうして、ラビットに聞いた。

「――個人的な用がありまして、少しばかりお時間をいただきたいのですが」

「構わないですよ」

 申し出にラビットはなんてことのないようににこりと笑い、言った。
 しかし、フィリアは安堵するわけでもなく真剣な目になり、ラビットへの言葉を重ねる。

「もしかしたら面倒なことになるかもしれませんが、――ラビットさん手出ししないと約束してもらえませんか?」

「もちろんですよ、手出しなどしません。面倒なことになりそうでしたら、すたこらさっさと逃げちゃいますので」

 にこりと軽口を叩いたラビットに対し、フィリアはほっと安堵の息を漏らした。
 そうして、彼女は街道から逸れ草原の中を迷わず真っ直ぐ歩いていく。
 ラビットはその後ろを楽しそうにぴょんぴょんと跳ねながらついてきた。
 街道が視界から消えそうになるほど歩いたフィリアは、唐突に立ち止まる。そして、何かを確認するようにしゃがんだ。

「フィリアさん?」

 ラビットは不思議そうに後ろから彼女の行動を見、名を呼んだ。
 しかし、フィリアはそれを無視しじっと地面を眺めていると、なにか確認が終わったのか立ち上がる。
 そうして、腰につるしてある袋の中から刃渡り十センチほどのナイフを取り出すと、フィリアは何気ない動作で左腕を切り裂いた。
 深く切れたのか、血が流れ出し腕を伝い大地に零れ落ちる。
 フィリアは治癒リカバリィもかけぬまま、地面へ手をかざした。

「――ラビットさん、離れていてください」

 フィリアの言葉に、ラビットは反論するわけでもなく大人しく距離を取る。
 それを確認することもなくフィリアは空を見た。
 雲ひとつない青空ばかりが広がる空の向こうから、黒が見える。まるで、青空を覆い隠してしまうような点の集合体。
 それはどんどん大きくなっていき、正体が見えてくる。
 そう、黄金竜の群れという正体が。
 フィリアはそれを見てぐっと瞼を閉じると、目を開き地面を直視する。
 切り裂かれた腕からは未だ血が溢れ地面へ流れていった。

「黄昏よりも昏きもの、
 血の流れよりも紅きもの」

 歌のように優雅ではなくけれど演説のように無骨でない言葉は、魔力の波に乗る。
 刹那、あふれ出した血は仄かに光り輝き、その血が落ちていく地面にはまるで今書いたように光の線が流れ輝き出す。

「汝の紅き力と我の紅き血潮を同化させ、
 我等が前に立ち塞がりし全ての愚かなるものを等しく打ち滅ぼし、
 また愚かなるものの力を我に与えよ」

 それは呪術。大掛かりな仕掛けを施しそれにより様々な効果を狙うもの。
 フィリアが詠唱したそれは黄金竜と相反する、生きとしいけるものの天敵……赤眼の魔王の力を借りたものだ。
 彼女は静かに迫り来る黄金竜の群れを見つめ、引き金の言葉を淡々と吐く。

紅玉糸吸ルビーアイ・ドレイン

 吐かれた刹那、光り輝く魔法陣から紅に輝く糸が無数にあふれ出す。何かを求めるように糸たちは宙を舞った。
 そして、光の糸は矛先を見つける。――黄金竜の群れという、獲物を。
 光の糸はフィリアの魔力を糧とし、黄金竜の群れまで糸を伸ばすと彼らに巻きつく。
 最初、見たこともないものに呆然としたまま行動を観察していた黄金竜たちであったが、糸が絡みつくと絶叫を上げた。
 糸は彼らに巻きつきながら魔力というエネルギーを、生命活動に関するものすらも瞬く間に吸い取ってしまったのだから。
 無防備に体を触れさせた黄金竜たちがミイラのように干からび、ついにはその体を風化させてしまった様を見たほかの黄金竜たちは、糸をどうにかしようと剣で切り裂く。
 しかし、光の糸たちは切り裂かれてもまた切断面を伸ばして黄金竜たちを侵食していった。
 黄金竜たちが次々と糸に絡み取られていく間、フィリアの体は仄かではあったものの紅に発光している。
 血液はあふれ出しているというのに、まるで力だけは逆流していくように血液からフィリアの体内へと侵入していく。
 それはまるで食事。
 魔族が生きとしいけるものの負の感情を食べ、力を保持するように。
 フィリアは同族であるはずの黄金竜を食べ力を増していく。
 彼女は静かに黄金竜の群れを見ていた。
 自分が食べている同族の群れを。
 だがしかし、元々黄金竜たちはフィリアよりも遥かに高い能力を有している。
 無論、手招いてそのまま食べられるのを待っていたわけではない。
 前方の黄金竜たちが食べられていく様を見た後方の黄金竜たちは、即座にレーザーブレスをフィリアに向けて発射した。
 しかし、エネルギー弾は結界によって消滅した。
 呪文を行使している間、多かれ少なかれ術者の周りには魔法的な結界が張り巡らされる。
 紅玉糸吸自体は人間が発明したもので、強力ではあるが強いエネルギー弾を防げるほどの結界が張り巡らされるものではない。この魔法は術者の魔力に直結し発動しているので黄金竜と人間のハーフであるフィリアが行使すると、エネルギー弾数発であれば抑えきれるが。
 が、ここでこの魔法の特性が作用する。
 この魔法は光の糸に触れた相手の魔力を吸い取り術者へ転換する呪文だ。
 術者への転換というのは黄金竜達の魔力容量キャパシティをそのままフィリアの魔力容量に肉付けされていく形になる。
 しかし、生物的な器は越えられるものではなく人間がこの魔法を行使する対象はせいぜい魔力的に自分と同じ人間かそれ以下にしか使えない。しかも、器を越えてしまえば内部から魔力があふれ出し破裂する。
 ゆえに、この呪術は禁術に等しい扱いを受けてきた。もっとも、使えないため自主的に使われていないだけなのだが。
 フィリアも無論、自分の生物的な器を越えれば死を迎えるだけなのだが、彼女はハーフとはいえ黄金竜である。すぐに限界を迎えるということはない。それだけ、生き物というのは自分の能力値と生物的な限界値には余裕があるのだ。だとしても、この選択肢は賭け以外の何物でもないが。
 さて、余談はさておきこの特性によりフィリアの魔力は黄金竜を食らえば食らうほど増大していく。
 それと共にフィリアの魔力と直結している呪術も力が大きくなっていき、張り巡らされている結界も強固になっていく。
 ゆえにエネルギー弾を受ける余力がどんどん増えていき、結果的に結界は破られないのだ。
 黄金竜たちもその特性を理解したのか、それとも仲間がどんどん食われ消えていく状況下に決断を下したのか、初期よりも半数以下になった程度で撤退を始め、空を覆い隠すほどの集団は消える。
 フィリアはそれを確認し、魔法陣の発動を停止させた。
 静かにそれを見ていたフィリアは、眉を顰め俯く。

「私が決めた道ですから後悔はありません」

 それは、誰に当てた言葉だったのか。

「けれど、ただ一度だけ」

 彼女の声は震えた。

「同胞を思い、涙を流すことを許してください」

 そうして、ぽろりと。
 一粒だけ、その青から零れ落ちた。

「フィリアさん」

 呼びかけられ、フィリアは顔を上げその存在を見た。
 ラビットは、左手の平に涙をふよふよと浮かばせ無邪気に微笑む。

「ありがとうございました。これで私の目的を果たすことが出来ました」

 その言葉に、フィリアは驚きもせず静かにラビットを見た。

「聞いてもよろしいですか? 魔族である貴方が私の元で果たせた目的を」

 魔族と呼ばれたラビットは、しかし先ほどのフィリアと同じように驚くこともなく笑みを添え、声を発した。

「いいですよ。私の目的は二つありました。――ああ、フィリアさんと会った時に言ったとおり外界へ行くための港町にも行くので三つですね」

 ただ、港町へは用事を済ませてから行くつもりなので、フィリアさんとはここでお別れになってしまいますが、とラビットは言葉を付け足し微笑んだ。
 風がふわりと吹き、羽のように軽いラビットのスカートは舞う。
 さやさやと音を奏で揺れる草の音を聞きながら、ラビットは目的を明かした。

「一つは、同等な力関係の魔族――まぁ、同僚って言っても過言ではないのだけれど――、ととあるゲームで負けてしまいまして罰ゲームに彼が求めている黄金竜の涙をとってこいと言われましてね」

 そうして、ラビットは手のひらに浮かばせた涙をフィリアに見せる。
 見せながら、ラビットはディトの実験好きにも困ったものだわ、と小さく呟いた。

「で、もう一つは――これが私にとっては重要だったのですけど――、私の主である獣王ゼラス=メタリオム様からのご命令で、獣神官ゼロス様の計画の鍵を握るフィリア=ウル=コプトを見極めろ、というものでした」

 その言葉にフィリアはぴくんっと体を揺らした。
 獣王ゼラス=メタリオム。それは世界の消滅を願う魔族の中でも、赤眼の魔王の腹心のうちの一人として君臨する高位魔族である。そして、フィリアが復讐を願う獣神官ゼロスを造った本人でもあった。
 フィリアはラビットの言葉に引っかかるところがあったのか端的に言葉を発する。

「計画?」

「いえ、計画と呼ぶのもおこがましいかもしれませんね。ただの戯れ、気まぐれ――まぁ、そんなところでしょう。実際、詳細な報告はゼラス様まで上がっていないようですし。しかし、ゼロス様が貴方の動向を気にしているのは確かです。ですから、ゼラス様は上司として計画の動向を見極め貴方が不適格であれば、遊ぶのはほどほどにと注意をいれる予定だった」

 つまりは上司が部下の仕事ぶりを観察するために別な部下に内情を調査させるようなものである。
 フィリアは静かにラビットを見ていた。
 揺らがない青の瞳で。

「それで、貴方の判断は?」

 強く風が吹く。
 フィリアの長い髪が吹かれるが、しかしそれを押さえることもせずラビットを見る。
 ラビットは微笑みながら、結果を告げた。

「力量としては不適格」

 フィリアの瞳が細く鋭くなっていった。
 もし、引き金が引かれればためらわず攻撃を加えそうなほどに鋭く。
 しかし、そんなフィリアの雰囲気など気にしていないのか、ラビットは変わらず笑みを浮かべていた。

「けれど、それを補うほどの思いが貴方の中に存在しています。今だって、同族を殺してまでゼロス様を滅するための力の増大を図り成功した。それを考えれば、ゼロス様の計画が成功する可能性はゼロではありません。ゼロでないものを不適格にするわけにもいかないでしょう。まぁ、これが綿密な計画でしたら中止することを申告しますが」

 つまりは遊びであったのが幸いしたということなのだろう。
 綿密な計画で低い成功率というのも、滅せられなければ永遠の時を生きる魔族にとって見ればありえる話なのだろうが、低い成功率という時点で計画としては失敗している。
 それは、遊ぶのはほどほどにと注意してしかるべき内容であろう。
 が、今回に限っては最初から遊びという条件がついている。
 遊びと割り切って遊ぶ分には、低い成功率であろうがしょせん遊びであるのだから問題ではない。
 フィリアも自身の目的を邪魔されることがないと認識したのか、鋭く殺気立った目は緩和され感情の見えない通常のものとなった。

「良かった。障害は少ないほうがいいですから。じゃあ、これで獣王が口出しすることもないんですね?」

「ええ。私達は喜劇を観賞するだけです」

 にこりと微笑みフィリアの復讐を喜劇と称したラビットに対し、彼女はくすりと笑みを漏らした。

「見事に踊りきって見せます」

「楽しみにしていますよ」

 ラビットは微笑み、ふわりと風で七色に光ったスカートが揺れた瞬間精神世界面へと潜り込んだ。
 フィリアは静かにそれを眺め、何もない草原に一礼すると歩き出す。
 目的の地へ。



      >>20100305 必要性に駆られ作ったわけですよ、呪文



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