それは違和感を覚えさせるものだった。
 街道を突っ切るように歩く妙齢の女性。それだけならば旅人である可能性が高いのであろうが、しかし女性が身にまとっていたのは黒いワンピースに白のカーディガンという至って普通の姿だった。
 それは、馬車に乗って旅をしているのなら違和感など感じないのだろうが、女性は供も連れずに独りで歩いていたのだ。まるで、盗賊に襲ってくれと宣言しているかのように。
 だがしかし、無知故に無防備という愚かな訳でもなく、その手には小柄な女性には似合わない飾り気のないバスター・ソードをまるでバッグを持つかのように違和感なく握っていた。
 しかし、女性の手には余る代物だ。もしくは筋肉隆々の鍛えた女性ならば違和感がないのかもしれないが、彼女は小柄で何処にでも居そうなぐらい、普通の女性だった。
 だからこそ、街の中でもない至ってごく普通の街道に歩いている彼女は違和感を感じさせる存在であった。

「おやおや、女性が独りで歩いているなんて危険ですよ」

 声が聞こえて、女性は足を止めた。
 右斜め前の声が聞こえた方向を女性が見ると、寄りかかるようにしてどこかの神官服を着た優男が居た。
 おかっぱ頭の男はにこにこと、何が楽しいのか微笑んでいた。――もしくは、警戒心をなくすためだろうか。
 女性は少しばかり面倒そうに顔を歪めたが、しかし神官服を着た男同様ににこりと微笑を作り上げた。
 それは確かに穏やかなはずの光景であるのにどこか緊張感に満ち溢れ、恐らくそこに第三者が居たとしたのなら寒々とした雰囲気に違和感を覚え首を傾げただろう。

「そういう貴方こそ。神官服で独りでいるだなんて、盗賊にとっては格好の獲物の的よ」

 女性の軽口に神官服の男は口に手を当てくすりと声を漏らすと、木に寄りかかるのを止め女性の前に来た。
 彼女は一瞬バスター・ソードを持つ手に力を入れるがしかし男の口から漏れたのは、女性に敵対するものではなかった。

「では、格好の獲物同士、少しばかり一緒に旅をしませんか?」

 その言葉に女性は微笑むのを止め殺気を膨らませた。
 鈍感な人にすらも恐怖を覚えさせる、小柄な女性の何処にそんな恐ろしいものを秘めていたのだろうか、と思わせるほどの殺気を。
 だがしかし、その殺気を一身に受けているはずの男は変わりなくにこにこと微笑むだけだった。
 殺気を感じていないのか、それともその殺気に恐怖を覚えていない愚かに無謀なのか分からないような笑みを。

「やだなぁ、何も取って喰ったりしませんよ。なにせ妻子もちですものでね。他の女性に手を出したら奥さんにしかられてしまいます」

 冗談なのか本当なのか分からない言葉に、しかし彼女の殺気が揺るぐことはなかった。

「――なにか、思惑があるのでしょう?取って喰われたりする気はさらさらないけれど。それに、私が今から向かうところはカタート山脈よ。貴方について来れるかしら?」

 真意を探るように睨む仄暗い闇の様な目は、しかし男性の何を探れるわけでもなく。
 カタート山脈という竜達の峰ドラゴンズ・ピークの更に先にある赤眼の魔王ルビーアイシャブラニグドゥの七分の一が封印され、魔族の巣窟となっているその場所に行くと言い放っても、神官の笑顔が崩れることはなかった。

「ならばなおさら。思惑がないとは言えませんけど、……それは秘密です♪」

 唇に人差し指を当てにこりと微笑んだ男に、女性はようやく殺気の含んだ目から緩やかな笑みを浮かべた。
 それは神官に心を許したといった部類ではなく、単純に面白がったものだろう。

「わかったわ、一緒に行きましょう。――私の名前はルナ」

「僕はゼロスと申します。以後お見知りおきを」

 こうして、神官とバスター・ソードを持った女性の一時の旅が始まった。




      幸せな約束




「けれど、何故カタート山脈に?あそこには不穏な噂しかありませんよ?」

 紅茶をすすりながら、夕食を終えたゼロスは穏やかに聞いた。
 同じく食後の紅茶を飲んでいたルナはそこでゼロスに視線を投げた。
 宿屋の1階にある食堂は味の質はまぁまぁながらもそのボリュームで旅人を魅了する。なによりも、直ぐに2階の借りている部屋にいけるという便利さから傭兵や旅の魔道士など金銭上切迫していたり、食事に対して感慨を持たないものなどが良く利用するので、それなりに繁盛する。ゼロスとルナもまた外に出歩くのが面倒だからという理由から1階の食堂を利用していたのだった。
 ともかく、そんな穏やかな時間に投げかけられた言葉に対しルナはにこやかに微笑んだ。

「……確かに。けれど、貴方はそれを知っているから付いて来ているんじゃなくて?」

「いえ――ルナさんの考えていることなど僕には分かりませんよ」

 肩をすくめたゼロスは、にこにこと真意を知りたげにルナを見ていたが、その視線を涼しげに無視し紅茶を飲んだ。
 何処にでもいる神官などにルナはそれほどの重点を置いていなかった。
 無論、ルナはゼロスが何処にでもいる神官などとはこれっぽっちも思っていない。
 だがしかし、役目を捨て土地を捨て父と母に別れを告げ、酷く乱暴な方法だったけれど可愛がった妹に何も告げずに旅をする真意を彼に教えるつもりは毛頭もなかった。
 それは彼が要注意人物だからというわけではない。
 ほんの些細なことであり重大なことでもあったが、ルナにとっては自分が行おうとしていることがどれほどの影響を与えるかなど、足元を歩く小さな蟻を潰そうか考えるぐらいどうでもいいことだった。

「私が考えていることなんて、世界がどうのこうのとかいう英雄のような大それたものでもなんでもないわ」

「だからこそ、怖いんですよ」

「何故?」

 問いかけるルナに対して、ゼロスは微笑んだままの線目をどこか遠くに向けた。

「ほんの些細な人間の感情が大それたことをしてしまうのですから」

「それは貴方の経験論?」

 くすりと、全てを知っているかのように微笑んだルナに対してゼロスはぽりぽりと頭を掻くとにこ目のまま困った表情をするというなんとも高度な技を見せた。

「そうですね。見てきたことばかりですけど」

 人間とは不思議で奇妙で突拍子のない面白い生き物ですからね――、と続けた神官に対してルナはこくりと頷いた。

「そうに違いないわね」

 頷いたその瞬間に思い出したのは、己の経験だったのか妹の波乱万丈な人生だったのか、客観的な一般論だったのか。
 それは全てでありそうでないような気もした。
 ただ変わらないのは、余計な物がついていようとも己の目的を果たすことだけだ。
 ルナはそう思いながら紅茶を飲んだ。



      >>20060705 例えは苦手だ。



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