幸せな約束




 どうでもいいことに時には首を突っ込み、時には巻き込まれたりしながらも二人はカタート山脈に着いた。
 降魔戦争時から魔族の本拠地となり、魔族が何のためらいもなく闊歩するそこには常に低レベルの魔族が存在している。
 入り口となる森を抜けた荒野にもちらほらとレッサーデーモンや低級の純魔族が居た。
 その様子を森の影からのんびりと眺めたルナの耳に神官の声が入ってくる。

「いやぁ……さすがにうじゃうじゃといらっしゃいますねぇ」

魔竜王カオスドラゴン冥王ヘルマスターと続けて消滅し、覇王ダイナストが精神世界で力を溜めし今――以前よりは、マシになったんじゃないかしら?」

 肩をすくめたルナは常人ならば恐れおののく光景をまるで日常の一端のように軽く答えた。
 そうして、ようやく後ろの神官に視線を移すとルナは面倒そうにため息を吐いて彼に問うた。

「で、まだ付いてくるわけ?」

「はい。上からの命令ですから」

 にこにこと微笑んだままのゼロスに対して、ルナは答えを予測していたのかもう一度ため息を吐くとジト目で神官を見、言った。

「じゃあ、入り口までの道を開けてくんない? じゃないと、同行許さないわよ?」

 レッサーデーモンや低級の純魔族などルナの相手にもならない。が、わざわざ親切丁寧にお相手をするほどルナは几帳面でも真面目でも生きとし生けるものの役に立ちたいわけでもなかった。
 結局、全ては目的を果たすための手段に過ぎないのだから、どんな手段をとろうとも目的さえ果たせればそれでいい。
 だからこそ、濃紫の神官に面倒ではない方法を提示したのだ。
 神官はニコニコと微笑みながらもへにゃりと眉をハの字にし、情けないような表情を作り出す。

「ルナさぁん、人使い荒いですよぉ」

「これぐらいは、貴方ならば簡単なことでしょう?」

 有無を言わさぬ即答を見せるルナに対し、はぁとため息を吐いたゼロスは呟いた。

「我が王といい貴女といい、人使いが荒い人たちばっかりですねぇ……」

 何のためらいもなく何処にでもあるような魔道用の杖をつきながら草むらから魔物たちが視覚できる荒野へと躍り出た神官に対し、低級の純魔族はぴくりと動きを止め、頭を垂れた。
 そして、その後ろについてくるように姿を見せたルナに対し、純魔族たちは攻撃の構えを見せるが神官が杖の先端を突き出すように見せると、低級の純魔族たちは攻撃の動きすらも止め、ただひたすら頭を下げていた。
 それでも知能が低いレッサーデーモンなどはルナの人間の気配に反応したのか踊りだすように攻撃を仕掛ける。
 しかし、神官が杖を振るとレッサーデーモンは獣のような断末魔を吐きながら灰に戻っていく。
 その光景を眺めながらルナは神官のやや後ろでのんびりと歩いていた。


 カタート山脈の中は岩が無造作に突き出て、自然のままに存在する装飾もへったくれもないようなものだった。
 幾重にもある分かれ道をしかしルナは迷うこともなく真っ直ぐに歩いていく。
 そんな状態が何分もあっただろうか、ルナの隣を歩いていたゼロスが不意に言葉を投げかけた。

「――で、そろそろ教えてくださってもよろしいのではないですか……?ルナ=インバースさんいえ、赤の竜神の騎士スィーフィード・ナイトさん?」

 その言葉に立ち止まってルナはにこにこと微笑むばかりの神官を見た。
 そうしながら、口角を上げにこりと笑って見せた。

「あら、それを言うのならば貴方の目的のほうを先に仰って下さってもいいんじゃない、……獣神官プリーストゼロスさん?」

 ルナの言葉にゼロスはくすくすと口に手を当てて笑った。

「あ、やっぱりばればれでした?」

「ええ、残っている赤の竜神フレアドラゴンスィーフィードの知識がそう言っていたし、なにより貴方の魔族独特の気配は隠しきれないもの」

 それは、赤の竜神の騎士であるルナにはたやすいことだった。
 もちろん、普通の人間であればこの神官が魔族の……しかも上位に位置するだなんてこれっぽっちもわからないだろう。だがしかし、赤の竜神スィーフィードの力のかけらを受け継いでるルナは常人には計り知れないほどの戦闘能力はもちろん、五感だったり第六感だったりが桁外れに優れていた。
 だからこそ、ルナは出会ったそのときに彼が何者かを理解していたし、理解していても傍に置いておくことにしたのだろう。勝算があるからこそ。
 動揺しないルナに対して、ゼロスはにこにこと笑い続けるそのスタンスを崩すことなく少しばかり間を置くとおもむろに話した。

「簡単な話ですよ――。ただ、貴方に動きがあると獣王グレータービースト様のお耳に入りまして、末端で動けるのは僕しかいなかった。ただ、それだけの話です」

 降魔戦争時に消滅した魔族はもとより、近年の魔を滅するものデモン・スレイヤーリナ=インバースの活躍により、魔竜王や冥王の消滅、覇王の死などで魔族側は今沈黙を続けている。
 もちろん、海王ディープシーや獣王は動けるのだが、沈黙をしているのは長いスパンでの世界の破滅を見越しているのか、ただ単に滅亡計画がこれっぽっちも浮かばないためなのか……、ともかく此処最近の活発な動きから沈黙の時期に入ったようだった。
 もしかしたら、魔竜王や冥王の部下統制に大変なのかもしれない。
 それ故に、ダメージの少ない獣王配下の獣神官ゼロスが不審な動きをしているルナの監視に当たったのだろう。
 どれも、憶測に過ぎなかったが。

「それを言うのならば、私も簡単な話だわ。――ただただ、あの人――レイ=マグナス……いえ、レイ=シャブラニグドゥに、会いたいだけ。……只、それだけの話だわ」

 ルナは緩やかに悲しげに呟いた。
 それは正に何かを悲観したような酷くただただ泣いてしまいそうなぐらい、悲しげな表情だった。
 その言葉にゼロスは眉をひそめて、顔に人差し指を当てると首をひねった。

「それが不思議なのですよ――。今まで静観を決めていらっしゃった貴方が、何故今頃になって動き出したのか。ですから、僕がこうしてルナさんと共に動いていたんですよ」

 ルナは普通の人間ではない。
 その力ゆえに、ゼフィーリアという土地に縛られ身動きを取れなかったし、ルナ自身も魔族が自分を監視しているのを知っていたからゼフィーリアから動こうとはしなかった。
 だがしかし、そんな均衡状態をルナは破ったのだ。
 それに深い疑いを持ち、なおかつ現存する赤眼の魔王に会おうとしているのだから、尚更氷付けの赤眼の魔王を人の輪廻の中に戻そうとしているのではないかと危惧するのもまたもっともな道理だった。
 もちろん、欠片とはいえ赤の竜神の力を所有しているのだから獣神官の荷には多少重いものがあったが、所詮上には逆らえない中間管理職。いざという時には純粋なる力では不利な試合を魔族全体のために挑まなくてはいけないのだった。
 ルナは不思議そうにしているゼロスを見つめると、ふっと息を吐いた。

「そうね……。これからも生きる貴方になら、話してもいいかもしれない」

 伏せた瞳はどこか悲しげで。
 けれど、神官を真っ直ぐ見つめる色はどこか吹っ切れたもので。
 ルナは緩く微笑むと話を続けた。



      >>20060712 カタート山脈内部イメージはSFC版から。



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