幸せな約束




「貴方たちの王には何度か会っているのよ」

「え?」

 ゼロスはまったく知らなかったようで、酷く驚いた表情でルナを見た。
 ルナはくすりと笑う。

「……その様子では気付いていなかったようね。もちろん気付かないような混乱時に会いに行っていたのだけれど。最初は十歳の頃だったかしら……。当時でも赤の竜神のおかげでそれなりに力があってね。父さんの目を盗んで此処まで来たわ。そして、見つけたのは氷付けになったレイ=マグナスの姿」

 十歳当時、目の前に氷付けで眠りについているレイ=マグナスの姿は生きているのだと感じさせるぐらい人間そのままの姿なのに、どこか幻想的な人間ではない何かを感じさせるような姿で。
 けれど、赤の竜神の記憶からそれが赤眼の魔王だと幼いながらも認識していた。
 認識しながらも赤眼の魔王に手を出すことなく、じぃっと氷付けのレイ=マグナスの姿を見つめているルナの頭の前頭部に唐突に声が響いた。
 それは低く穏やかな――赤眼の魔王ではなく、レイ=マグナスの声だった。

『こんな処に遊びに来てはいけませんよ――』

 声は低く穏やかに、活発な子供が危ないところへ遊びに来たのを優しく諭すようなそんな酷く慈悲にあふれたものだった。
 ルナは目の前で眠っているレイ=マグナスを凝視し、緩やかに微笑んだ。

「貴方には、私が"何者"であるか分かっているのでしょう?」

 その言葉を肯定するようにくすりと微笑むような声が聞こえたような気がした。
 氷付けで眠っているレイ=マグナスも柔らかく微笑んだものに変わったような気がして、ルナは目の前の幻想的な氷付けの姿が酷く穏やかな人のように感じた。

『けれど、まだ幼い身の貴方にこの憎悪を扱いきれるとは――思えません――』

 その言葉に幼いルナは首を横に振った。

「いいえ。――貴方を倒すつもりで来たわけではないわ」

『ほぅ――? 赤の竜神の騎士である貴方には――その強い意思がおありだと思いますが?』

 レイ=マグナスの声は酷く驚いたように語尾を上げ、しかし揺れることなどない安定した声音で、目の前の敵対しているはずである赤の竜神の騎士である少女に言葉を投げかけた。
 その言葉にルナは口角を吊り上げ、不遜げに微笑んだ。

「けれど、やるかやらないかは私の意志だわ。それに、貴方は"レイ=マグナス"として喋っている。そうでしょう?」

 その言葉に、息を呑むレイ=マグナスの声と呼ぶには原始的過ぎる、吐息が聞こえたような気がした。
 氷付けで目を瞑っている目の前の人には何一つ動きが見えないのに。

『ええ――。ええ、そうでしたね。では、貴方のお名前は? 貴方は私のことを知っていらっしゃるようですし――』

 先ほどまでも確かに子供に語りかけるような穏やかな声だったけれど、更に穏やかな優しげな話し方になり、ルナは頬を緩ませた。
 そうしながら、目を瞑っている氷付けのレイ=マグナスのその目を見るように真っ直ぐに視線を向ける。

「ルナ。ルナ=インバース。――貴方は、人の世でも有名でしょう? よく貴方の名を聞かせてもらっているわ。と言っても、つい最近魔道の道を進み始めた妹に聞いたのだけれども」

『そうでしょうね。あの頃――魔道士としての身分であった頃、その身にこのような強いものを封印されているとも知らず――私は魔族相手に人間で扱える様々な術を考案し、使ってきましたから――』

 穏やかな声音にどこか寂しげで悲しげな色がついたような気がして、ルナは眉を顰めた。
 目の前の氷付けのそれは表情を変えることなく、ただ瞳を閉じている。

「……賢者と呼ばれる貴方ならば、憎悪などに飲み込まれることもなかったはず――。それは、各地で伝承として残っている"レイ=マグナス"の話でも――よくわかるのに」

 その言葉に、くすりと笑うような声が聞こえた。

『――なまじ、人の身で百を超えるような長生きなどしないべきでしたね――。私は、降魔戦争と呼ばれる冥王が起こした茶番劇にまんまと引っかかってしまった。人と人との戦争――この身で助けていった人々が対魔族用呪文によって殺されていく様――、それを見ているうちに、魔族を人間を作り上げた世界をも――憎むようになってしまった。そして、それは人の心に封印された魔物たちの王の枷を外すことになり――結果、人をも竜をもエルフをも――全ての生きとし生けるものたちをも巻き込んだ巨大な戦争になっていった。――そんな、お粗末な話ですよ』

 最後の枷をはずしたのは、冥王が私の子孫を皆殺しにし私の血筋を途絶えさせたことだったのですが、それは言い訳にもなりませんね。と続けたレイ=マグナスの深い悲しみを含んだ響く声に、ルナは考えるように目を伏せて、そして顔を上げた。
 凛としたまなざしで氷付けのレイ=マグナスを見つめて。

「……人間ならば、仕様のないことだわ。特に、賢者であればあるほど――人に関わっていけばいくほど――それは、深まっていくもの」

『それは、"ルナ"の言葉かい?』

 くすりと小さく笑う声とともに先ほどまでのただ優しさだけを含んだ穏やかな声で問いかけるレイ=マグナスに、幼いルナは引き締めた頬を緩めると柔らかく微笑んだ表情のまま肯定の言葉を発した。

「そうね――。知識は全てを教えてくれるけれど、そう"思考"したのは私以外の誰でもないもの。そうでしょ? レイ=マグナス」

『そうだね。……――さぁ、もうそろそろ行くといい――、部下がやってくる。腹心の誰にしても今の君の手では有り余るものだ』

 赤の竜神の騎士というレイ=シャブラニグドゥにとって天敵であるルナに対し助けるような言葉を発するレイ=マグナスに、ルナは氷付けの彼を見つめて、穏やかに微笑んだ。

「――有難う――。レイ=マグナス」

 それが敵同士であるはずの赤の竜神の騎士ルナ=インバースと赤眼の魔王レイ=マグナスの出会いだったのだと、ルナは獣神官に話した。
 それは正に運命的な――。
 左手に握ったバスター・ソードをぎゅっと強く握り締めながら、ルナはどこか悲しげに切なげに呟いた。
 そんなルナの言葉にゼロスはまったく動揺する様子も見せずに、ただひたすら笑顔という仮面を被り続けるだけだった。



      >>20060719 現代と過去がごっちゃになりすぎだねぇ。



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