剣を振り落とすと、膨大な血液を噴出しながら人だったものは倒れていった。
 それを眺めている暇もなく、四方に迫ってくる敵を手に持った剣でざくざくと一発で斬り捨てていく。
 結構な数を切り捨てていたので、血のりがべっとりとついている。血を浴びないように、また剣を長く持たせるために一振りで敵を斬り捨てていたのだが、さすがに数には勝てなかったらしい。
 俺はちっと舌打ちをし、足元に転がっていた死人が使っていた剣を拾い上げた。
 後ろに同じ国の鎧を視覚し、俺は血のりがべったりとついた剣をそいつの近くに投げ捨て、怒鳴った。

「おい、てめぇ! その剣血ぃ拭いとけ!」

「は、はい!」

 俺の声は後ろに居た味方まで届いたらしく、周りの叫び声に負けないぐらいの大声で返事するのが聞こえた。
 その間にも四人ほど斬り捨てるとその剣は既に切れ味が悪くなっており、これでどれだけの敵を倒そうとしたんだかと呆れながら足元の剣を拾い上げた。代わりの剣ならいくらでもある、死人と同じぐらいには。
 そうしながら、ぐさりと敵の胸を貫く。
 血を噴出しながら絶命していく様を眺めつつ、怯えて襲い掛かる敵の群れを体術だけでとりあえず軽くあしらった。
 素早く落ちている剣に目星をつけながら回し蹴りをし、敵の腹に足を当てながら咄嗟にそれを拾い、その勢いで別の敵の首を刎ねた。血を噴出しながら頭を無くした胴体がゆっくりと倒れていく。

「……鬼人」

 呟く言葉が聞こえた。
 それは恐怖に震えた声だった。

「戦場の、鬼人――これが」

 それは俺につけられた大げさなあだ名であった。
 恐らく、長く揺れる火のように赤いと言われる髪が関係しているのだろう。鬼というものは赤を連想するものである。あの架空だか本当にいるか分からない生物が俺とそっくりだなんて、到底思えないが。
 振り回す剣に腕がだんだんとしびれてくる。
 しびれてくれば剣の腕が鈍ってくる。
 こりゃあ、戦い方をもうちょっと考えたほうがいいなぁとぼんやりと思った。そういうのは妻のほうが得意なのだが――。
 そういえば、次の休みが近いなぁと敵を切り裂きながら考えた。
 俺はこうやって戦っているのが好きだったので休日など必要なかったのだが、俺が今動いているこの戦争は自国と隣国の戦争であり、あまり戦力差がなかったので長期戦になっていた。かれこれ二ヶ月ほど同じ敵と戦っている。
 そして、この戦いでまだ胸躍るような敵に出会っていなかった。
 湧き出すように敵は出てくるが雑魚ばかり。
 ああ、なんてつまらない。
 もっと俺の心を沸き立たせ、こんな余計なことを考えなくてすむような敵と会わせてくれ――。
 それは俺の望みであり、俺の本質でもあった。
 その間にも敵はまた一人また一人と絶命していく。
 生も死も全てが麻痺する戦場――その場に於いて、俺は自身の全てを最大限に発揮し、最大限に楽しんでいた。




      本質なる核




「隊長! 今日も素晴らしいご活躍でしたねっ」

 撤収の合図と共に陣地に戻り、隊長として現状の報告を軍師に済ませ、雑談場になっている大きなテントの中に入るとそんな声を聞いた。憧れを含めたような目で見る若い男は俺の部下だった。
 手渡された剣は昼間の戦場で味方に投げつけた俺が愛用しているもので、どうやら俺の背後で戦っていたのはこいつだったらしいと気がつく。さすがに、敵に囲まれている状態で誰が誰だかを確認する余裕はなかった。
 血で汚れたなどとは思えないぐらい剣は綺麗な状態だった。鏡として使えるのでは? と思わせるぐらいには。

「わりぃな。これもいい剣なんだが、一発で敵を真っ二つに出来るような名刀がどっかに転がってねぇかな」

 思わず漏れた言葉は、愛刀に対する不満だった。
 俺の腕が素晴らしくとも、道具の性能にある程度左右されてしまう。たかだか十数人斬った程度でなまくら剣になってしまう俺の愛刀は一般的な剣から見れば素晴らしいものなのだが、いつも戦場で二桁単位の敵を一人で切っている俺としては少々不満が残る。

「隊長の使っている剣はかなりの名刀なんですけどね……。それ以上となると伝説級のものになりますよ?」

 伝説級か……。
 さすがに戦場を剣探しごときで離れることは出来ず、ため息をついた。
 しかも伝説級を探すにはかなりの運も必要だ。それが俺にあるとは到底思えやしない。こんな戦時中に生きていることも含めてだ。もっとも三度の飯よりも戦うことが好きなので、ある意味では運が良いとも言えるが。
 もし自国が戦時中でもなければ、流れの傭兵にでもなっていただろう。喧嘩は滅法強いが交渉能力は低いと自身で認識しているから傭兵はかなり厳しいが、何も考えずに剣だけを振るっていられたのなら俺に向いている職業なのだろう。

「けれど、隊長の場合伝説級の武器なんかなくてもへっちゃらじゃないですか! 敵国からはその長い赤い髪もあいまって『鬼人』なんて呼ばれていますし」

「お前なぁ……それ明らかに褒め言葉じゃねぇからな」

 一般的に嫌がられる言葉の類だ。
 もっとも口先では呆れてみたものの、俺はまったく平気だが。

「す、すみませんっ」

「ただの冗談だ。お前も戦場に立つ身なんだからもっとがっしり構えとけ」

 ばんっと背中を叩くと恐縮していた部下は目を潤ませて、しかしはいっと元気な返事をした。



      >>20061213 この時点で九割九分九厘誰の話か分かったかと思います。



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