本質なる核




 一日を傍から見れば家族団らんという形で過ごし(実質はそんな甘ったるいものではなくただの気まぐれによるところが大きい)、次の日の朝早くに城へと状況報告に上がった。一応隊長なんぞという責任を押し付けられている立場とすれば(隊長というわりに俺は個人プレーで動いていた)王に報告をしないわけにもいかなかったので、さっさと形式上の儀式のようなものを済ませた。
 というか、俺はこの王があまり好きではなかった。あまりにも愚鈍で好色だったためだ。
 そんな頭の回らない即物的な人間だからこそ戦争が頻繁に起こり俺の欲求が満たされているのだが、上司として敬うのは勘弁してほしかった。
 故に、王に対しては形式のみでしか動いていない。
 この国には前王に対する敬意で動いている人間か(ちなみに前王は知的で民を第一に考える云わば賢王だった)、もしくは俺のように別に目的があって王に敬意を払っているわけでもないのだが、形式のみで従っている人間しかいないようだった。もしかしたら、そんな愚鈍な王に純粋なる敬意を示している人物も居るのかもしれないが、俺は見たことがなかった。
 ともかく、面倒なことをさっさと済ませ、帰るため無駄にでかい城の中をさくさくと歩を進めていると呼び止められた。
 振り向くと、金色の緩くウェーブがかかった(天然パーマなのかあてているのかは判別がつかなかった)肩程度の長さをした髪に涼やかな顔の作りをした、言わば女受けのいい美形が其処に立っていた。
 女に受けのいい美形など、戦うことがほぼ趣味と化している俺と本来なら縁など無さそうなものだが、実際その男は軍における四番隊隊長という俺と同じ立場であったので、何度か模擬戦をしたり話をしたりしたことがあった。なかなか強い男である。

「久しぶりだな」

 そう言って、手を上げて見せると相手はまさに花も綻ぶようなと形容詞をつけてもいいような笑顔を見せた。

「ああ。……同じ戦場だというのに一番部隊と四番部隊じゃあ会うこともないからね」

「そういうもんだろ。俺らは切り込み専門だ。道を切り開いた後にそれを整頓するのがアンタらの役割だからな」

 部隊と名づけられているのだから、その部隊にはその部隊なりの役割がある。
 俺が一番隊隊長をしているのは力量の問題ではなく、その部隊の性質故なのだ。隊長には特に長けた分野があり、俺ほど接近戦の戦闘能力に長けているものはいなかったが、しかしそれを補い競うほどの能力を隊長格は有していた。故に、俺は隊長格の奴らを認めていた。もっともそれは戦闘における好敵手にはならないので、戦いに快楽を見出している俺にとっては楽しめる相手が居らず、その辺りが不満なのだが。

「って、君の場合はそんなことまったく考えちゃいないんだろう?」

 肩を竦めた彼に、俺は豪快に笑った。
 こまごまと物事を考えるのは気質に反する。

「ばれたか」

「分かりやすすぎるよ。幾ら戦場で君と会う機会がないっていったって、君の噂は存分に聞いているからね」

「人を斬るのを何よりも楽しんでいるって?」

 俺の噂などその辺りしかないだろう。
 それ以外の噂など、特に戦争が始まってからは聞いたことがなかった。
 その前は妻と比較して『美女と野獣』だの、戦いのみを追求していることを皮肉り『野生児(児にしては少々大きすぎたが)』だのいろいろ言われたものだった。
 状況が変われば噂も変わるということなのだろう。
 今の噂といえば――『戦場の鬼人』というところだろうか。

「そ、その様はまるで鬼人か火竜サラマンダーか」

「火竜?」

 何故、俺が火竜だというのだろうか? と首をひねった。
 火竜といえば鱗が赤く光り、炎を吐き出す生き物を思い出す。もっとも実物など人間である俺は見たことがなかったので、あくまで脳裏に描く想像のみだったのだが。

「あれじゃないか。赤眼の魔王ルビー・アイシャブラニグドゥに仕える五人の腹心のうちの一人、魔竜王カオス・ドラゴンガーヴにでも例えられているんじゃないか? 魔竜烈火砲ガーヴ・フレアなんか魔竜王の属性が火のように見えるし」

 なるほど。と納得した。
 魔竜王ガーヴなど伝承のみで聞く高位魔族であったが、魔族というからには凶暴で人間にとっては脅威なのだろう。俺自身は魔法を扱えなかったので、他人が魔竜烈火砲を打つところを見たことがあったが確かにあれは火の属性を有していたように見えた。魔竜王ガーヴとやらは炎を含む魔族なのだろうか?
 いまいちそのあたりの知識を有していなかったのであまり理解することは出来なかったが、なんとなく魔竜王は自身と同じ性質ではないだろうか、と思った。

「呪文がどうこうはしらねぇが、とりあえず神族に例えられてなくてよかったぜ」

「まったくだね。君が神族だなんて天地がひっくり返ってもなさそうだ」

 神族などという、赤の竜神フレア・ドラゴンスィーフードを主と仰ぎ、生きとし生けるものに敬意を払い、生きている人間にとってはどこか尊敬すべきもののように捉えられる生き物と同じにされてはこちらが困るというものだ。
 俺がしていることは、生きとし生けるものの生を全うすることを望むような保守的なものなく、殺戮破壊を好む魔族のようなものなのだから。
 などと思っていると、向こうの廊下から歩いてくる男の姿が見える。
 足首まである長めのローブはどこか魔道士を思い出させる。ひょろりと長細い胴体に深い藍色のショートカットは小奇麗にそろえられており、顔つきは青白いものだったが顔のパーツの配置の絶妙さは美男と称してもいいぐらいのものだった。
 男は俺達の姿を確認すると、にこりとどこか気味の悪さを感じる完璧すぎる笑みを向けた。

「こんにちは」

「――テメェ、見たことねぇ顔だな」

 顔を顰めて俺は言ったが、しかし男はにこにこと微笑んだままだった。普通ならばひぃっと叫ばれるかすみませんっと間髪入れずに謝られるかのどちらかなのだが、男はどちらの反応も示さずに同じく笑うだけだったので、更に気味の悪さを感じた。

「ああ――、貴方が戦争に借り出されている間にこの城に仕えることになりましたので。初めまして――戦場の鬼人さん?」

 男はそんな風に笑いながら右手を差し出した。
 どうやら握手の催促のようだったので、俺はそれに従い握手をした。
 どこかひんやりとした手は、こいつのほうが爬虫類である火竜という名がお似合いなんじゃないかと思わせた。

「僕はこの城で参謀を勤めさせていただくことになりました、ブノアと言います。どうぞ、よろしくお願いします」

「ああ。俺はあんまり城には寄らねぇから、アンタに会うこともほとんどないと思うけどな」

 そう言うと、ブノアはふっと微笑んだ。
 表情を変えずにただ微笑んでいる様は、何かの仮面をつけているようだ。笑顔という材料で他人を安心させ、その実自分の本心は何一つ示さない、気味の悪い仮面を。

「承知しております。鬼人は三度の飯よりも血がお好きってね」

「血じゃなくて戦いが、だがな」

 別に血が好きであった覚えはない。
 あんな脂っこいものを何故に好むというのだ。そんなもの、吸血鬼で十分である。さすがに鬼人だの火竜だの言われているが、吸血鬼だといわれたことはただの一度もない。

「まぁ、どちらでもこの国に貢献してくださっていることに変わりはありません。これからも、どうぞ存分に戦ってください」

「そのつもりだ」

 そんなこと、この胡散臭い男に言われる筋合いもなく俺自身がやりたいと思っていることだったので即座に返答を返すと、男は楽しげに微笑んだ。といっても、その顔は常に楽しげであったのだが。
 それでは仕事がありますので、と男は早々に立ち去っていった。
 参謀ということだから細かい雑務があるのだろう。
 そう思い、まだいた四番隊隊長を見た。

「……なんか、うさんくせぇな」

 それは自然に出てきた言葉だった。
 彼はくすくすと楽しげに笑い、それに同意した。

「確かにね。時期が時期だし、敵国の間者である可能性も捨てきれないけれど――どうやら、国王様が彼をかなり買っているらしく、参謀役に就けたんだよ。最初は重臣全て反対したらしいのだけれど、いつの間にか賛成していてね。彼の独裁みたいになっているらしい」

 なるほど、それは怪しい。
 どこぞの魔道士か――たちが悪ければどこぞの魔族がしたとしか思えないような手際の良い入り方である。
 でも、魔族がちょっかいを出すなどということはあまり聞いたことがなかったので魔道士が魅了チャームあたりを使って取り入れたというところが一番妥当なところだろう。

「内乱でもするか?」

 咄嗟に出てきた言葉はそんな物騒なものだった。
 大体にして今の王は気に食わなかったのだ。それに喧嘩を好む俺は自国民の血が流れるだとかどうだとかは、まったく考えなかった。
 それを知ってか知らずか、男は俺の言葉に苦笑した。

「余裕がない。戦時中じゃなければ、国民の支持も得られただろうしやる余裕もあるんだけれど、今は戦力が外に向いているからね。この状態で内乱は自滅するだけさ」

「まったく、お偉いさんは頭がいいのか悪いのかまったくわからねぇな」

 出てきた言葉はそんなものだった。
 自身を守るには上手いやり方なのかもしれないが、戦争は疲弊させるだけであり長い目で考えれば上手く発展するものも発展しなくなるだろう。
 そういう意味では、やっぱり今の王は愚王なのである。

「だからこそ、君のところの奥さんに参謀役をして欲しかったんだけれどねぇ」

 その言葉に俺はぽりぽりと頭を掻いた。
 なんだかんだで引退させる直接のきっかけを作ったのは俺だったのだから。
 もっとも、ここで結婚しなければ彼女は他の国に当てのない旅へ出たのだろうが。

「あー、あれの策略はすげぇからな。でも、本人が隠居したいって言っちまったもんだ、しょうがねぇだろう?」

「あんなに頭が切れて、剣術・魔法ともに優れている人なんて居ないよ。君は剣術バカだし。本当に、小説家になってしまったことがもったいない」

 それには思わず納得していた。
 剣術は俺に及ばないとしても、そのほかの付属するものでカヴァーし補っている。寧ろ、俺より遥かにすごいのではないだろうか?

「本当にな。今じゃあ剣の相手もしてくれやしない。あれと戦うのが一番血肉が沸き踊って楽しいのに」

「……これだから君は、戦場の鬼人だの火竜だの言われるんだよ」

 思わず、男の口から飛び出した言葉はあきれ返ったものだった。



      >>20070110 勤めてるってところを見せないとね。



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