本質なる核
そうして、つかの間の休暇は終わりまた戦場へと戻った。
テントの中でどう攻略するかを右から左に聞き流していた俺に、やや呆れたような視線があることに気がついたが誰も何も言ってこない。なんだかんだで、俺が先陣を切って指示通りに戦っていることがあるのだろう。
聞き流す能力に長けているのだ、要は。
耳に入ってきた情報を即座に重要であるものと無いものに分けてしまう。こういった作戦っていうのは、頭のいい集まりでやるものだから噛み砕いた言い方などしないのだ。無論、彼らは噛み砕いて説明することも出来るぐらいには頭がいいのだが、頭のいい奴らの集まりだと逆に専門用語を駆使した言い方のほうが理解できるらしい。
しかし、俺はそういった回りくどい言い方は苦手だった。
だから必要な専門用語の意味だけを覚え、勝手に要約してしまうのだ。
所詮戦場では指示通りに行かないことも多々ある。臨機応変に行えるかどうかが大切で、指示通りに遂行できることはそれほど重要じゃなかったりもするので、自己流に要約してしまっても平気なのだが。
「あー、面倒だ。敵んとこ忍び込んでいる間者は今どうなってる?」
「……敵国の王に取り入ることには成功しているようですよ」
そう言ったのは、戦場での戦略指揮を担当している奴だった。一応俺の上司に当たる。
もっとも、分野が違うので上司といわれてもぴんとこないし、彼も俺に対して上司面した事はなかった。寧ろ、敬語で話され俺のほうが立場が上のような気がしてくる。
そんな優男であったが、戦場での指揮は見事と言ってしまえぐらい的確だ。だから、俺も鬼人だの火竜だの言われるような人斬りが出来るのだろう。
「慎重すぎやしねぇか?」
「慎重なほうがいいでしょう。この戦いが直ぐに決着のつくものでないことも貴方はご存知でしょう?」
確かに。
国力で言ってしまえば同等なのだ。同じ力量の相手に戦争を仕掛けるよりも弱い国に戦争を仕掛けて国力を上げてから挑んだほうがいいのではないかと思ったものだったが、地理の関係上見捨てておくことが出来なかったのだろう。
俺達の国は右に海、左に今戦争を仕掛けている国、そして上下に小さな国が存在しているのだ。上下の国は俺達の配下におさめているが、これ以上の国土の広がりを望むのならば国力が同等でも戦争を仕掛け勝たなければいけない。
国民にとっちゃあ迷惑だろうし、民を第一に考えるべき国王としてはやるべきでない選択だっただろう。もっとも、俺は戦うのが好きなので野心のある王でよかったなどと思っているのだが。
ともかくそういう理由で勝ちを急げない。此処に負けてしまえば未来は無いのだ。
急ぐよりも着実に勝利への道を歩くべきだろう。幾ら血の気の多い俺でもその事実は分かる。
「まぁな」
だから、俺は一言で答えた。
彼は満足そうにゆったりと微笑んだ。妻も子もそうだが頭の良い奴ってのはどうもこう笑顔を浮かべるのだろうか? 俺にはさっぱり理解できなかった。
「では、また明日も頑張りましょう。戦場に出ている私たちに出来ることは敵の戦力を削ぎ、指揮を下げることですから」
それはどれだけの人を狂わせるのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えてみた。あまり興味もないくせに。
朝起きると、簡易的な武器庫に行った。
こうも連日戦闘ばかりしていると剣に不備が出てくるので鍛冶屋が常に在住し、代えの剣はそれなりに置いてある。それの入手場所が戦場かそうでないかはさておき。
テントの中に入ると、眼光が鋭い白髪の爺さんが其処にいた。
「剣を一本くれねぇか?」
爺さんは不思議そうな顔をして俺を見た。
「その腰の剣はなんなんだ? 別に切れ味が悪くなったわけでもあるまい」
「これは後にとっておきてぇんだよ。腕が疲れた頃のほうが切れ味のいい剣は必要になってくる」
最初のうちは多少切れ味の鈍い剣でも力任せに切り捨てることは可能だが、長い時間人斬りをしていると腕のほうが疲れて力が入らなくなってくる。力が入らなければ剣の性能に身を任せるしかなくなってくるのだ。
伝説級とはいかなくても、少し手入れをすれば直ぐに容易く切れるようになる腰の剣のような性能に。
その言葉に爺さんは酷くおかしかったのか声を上げて笑った。
なにも笑えるようなことなど言ったつもりはないのだが。
「そんなことを言うのはアンタだけだよ、"戦場の火竜"」
爺さんを見ると俺はあっけにとられた表情でもしていたのか、ふふんとなんだか満足そうに笑っていた。
「アンタの噂はこんなしがない武器庫の中にも入ってくるのさ。先陣を切り大きな剣で息を吸うて吐く頃には片手に余るくらいの敵を殺している。戦場に舞う赤い髪にあいまってその姿は正に鬼か火竜か……とな」
戦場を見る機会などなさそうな爺さんだが、ここは戦場である。実際に見たことがあるのかもしれないしここへ武器を求めにそして武器の手入れをしに来る兵士からでも聞いているのかもしれない。
ちなみに俺の剣は自身で手入れをしている。自分の得手ぐらい自身で全て出来るようになるべきだというのが持論だったし、意外と器用なのだ。無骨な手をしているし細かい技術ではなく力任せで人を斬っているように見えるようで、他人からはそんなことをするようには見えないとよく言われるのだが、まぁ見た目で全てを決めてはいけないということだ。
「その剣が血の脂で切れないぐらいに斬ってくるのはアンタぐらいさ」
それでも死なないというのはそれだけ技術を有しているからなんだろうな、と爺さんは楽しげに笑った。
爺さんの意図はよく分からなかったが、確かに俺が殺している人数を考えれば剣の切れ味なんぞ常人であれば直ぐになくなるだろうし、そこから死人の剣を拾って戦いを続けるのも俺ぐらいな者なのだろう。
普通ならば、切れなくなってきたと判断した時点で引いて安全な場所で剣を交換するか、血を紙で拭くのだ。
しかし、俺は常時戦いが繰り広げられている最前線でそれをやってしまう。俺にとっちゃあそれは普通のことなのだが、他人にとっちゃあ違うのかもしれない。
「そうかぁ? ま、興味はねぇがな。ともかくだ、爺さん剣をくれ。それほど切れる剣じゃなくていい……そうだな、二〜三人程度もってくれりゃあ良いんだ」
「その後は敵の剣を拾うから、かな?」
「そういうこった」
にやりと爺さんに笑うと、爺さんも同じく笑って放り出してあった剣を俺に投げて寄越した。乱暴な爺さんだ。
「戦場で拾った剣だ。兵士にやれないぐらいなまくらになってしまっているんで、処分に困っていたが二〜三人ぐらいなら斬ることはできる。これぐらいでいいのだろう?」
「ああ。十分だ」
俺はそう言ってそれを持ったままテントの外に出ようと入り口に手を掛けた。
すると、後ろから爺さんの声が聞こえた。
「処分に困っている剣は幾らでもある。また来て使ってくれ」
「おうよ」
俺は一言返事を返すと武器庫を後にした。
しかし元気な爺さんだ。
夜は緩やかに明け、戦場へと借り出される。
敵陣にも味方の陣営にも王の姿はどこにもなく、自国の城でのんびりと眺めているのだろう。
まるで、チェスを楽しむかのように。
その間にも陰謀は繰り広げられ、無意味に人は死んでいく。――そして、俺もその駒のひとつだと知りながら王達の遊戯に付き合うのだ。その性質ゆえに。
ふと、妻と子供を思い出した。
彼らは俺とはまた違う緩やかな世界で日々を暮らしているのだろう。
王のチェスの駒とはならない、穏やかな日々を。
しかし――これは遊戯ではなく生死をかけた戦争だ。いつ、妻も子もその被害にあってもおかしくない。
そう思った瞬間、ぶるりと身体が震えた。
生死の境でくるくると踊りながら楽しんでいる刹那的なものではなく、それは人間としての情を含んだ恐怖だ。
そう思うたびに、俺はああ"鬼人"でも"火竜"でもなく人間なのだと思う。生きとしいけるもので生を望み死に恐怖する人間なのだと。
爆発音が響き渡った。
それは魔道士が放った戦争開始の合図。
剣を持ったまま、王を楽しませるために俺は大地を蹴った。
>>20070117
大量虐殺のときの剣の手入れってどうするもんなんでしょ?
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