本質なる核




 夕方頃になると照らし合わせたように敵は撤収していき、味方の軍師からも撤収の号令がかけられる。
 夜は視界が大幅に効かなくなっていく。奇を狙うには丁度いいのかもしれないが奇を逆手に取られれば、本陣に攻め入られてしまう要素も含む正に諸刃の刃という側面を持っていた。
 俺はそういった短期決戦のほうが好きだったのだが、お偉いがたの駒となるには少々遊び心が足らないだろう。
 というわけで、また明日も繰り広げられる惰性のような戦争のために兵士はつかの間の休息を取るのだった。
 火が灯った松明が陣営を照らす。
 テントに入り既に寝るものもいれば、友と語らう兵士もいる。
 今日もまた隊長格の会合を済ませると、そんな様子をのんびりと眺めていた。
 と、ふと以前俺の剣を磨いておけと戦場で剣を放り投げ預けた自軍の若い兵士――つまりは部下がいた。
 何かを同僚と語らっているのなら邪魔にならないように通り過ぎるだけなのだが、静かに焚き火を眺めている様子はどこか憂いを持っていて思わず声をかけた。

「よぉ、なにしてるんだ?」

「あ、……隊長」

 呆けた顔を上げた部下は、俺の姿を確認すると顔に緊張の色を乗せた。
 同じ人間なのだからそれほどかしこまらなくてもいいような気がするのだが、上司という立場上変に馴れ馴れしいよりは緊張してもらったほうが命令しやすいのかもしれない。
 俺はどさっと部下の隣に座った。

「いい月夜だなぁ」

 見上げると、金色の満月が頭上で輝いていた。闇夜に金色は美しく映えて、酒のつまみ代わりとして眺めるには上等な月のように思えた。部下もそう思ったらしく、吐息と一緒に吐き出しながらそうですね、と呟いていた。

「戦場で見るのも粋なもんだが、静かに見るのもいいかもしれねぇな」

 きっと、どこで見ても粋になるような月だ。
 そんなことを思いながら部下の顔を見ると、悲しげな表情をして月を眺めていた。

「ええ、彼女と見るのにも……」

「ん? お前、結婚していなかったのか?」

 確かに部下は少々若かった。
 自国の平均結婚年齢が確か二十代後半ぐらいだったはずなので(妻との会話の中にそんな話があった。彼女は博識なのだ)、二十代前半であろう部下が結婚していなかったとしてもおかしくない。
 しかし、戦争前というと子孫を残そうという本能が強まるのか、それとも俺には理解できないのだが好きな人との証が欲しいというどうでも良い感傷ゆえか、結婚する年齢層は若くなる。まぁ、状況が状況ゆえに出生率は上がらないようだったが。
 妻に平均結婚年齢を聞いたのは確か結婚する前だったはずなので、戦争の始まっていない頃だった。恐らく今統計を出したらかなり年齢は下になるのではないだろうか?
 と、まぁそれは余談なのだが。
 俺が不思議そうに聞くと、部下は控えめに微笑んだ。

「ええ。この戦争が始まる前に婚約だけはしたのですが……さすがに帰ってこれるか分からないので」

 生きていられる確証もないのに、結婚の約束は出来ないということか。
 確かに結婚してしまってから死んでしまいましたでは、あまりにも思いが強くなりすぎるのかもしれない。死は人を美しく見せる。愛した人にしがらみを残したくないというのもまた人間の心理なのかもしれない。
 俺にはどうにも理解できない。
 友情ならば理解できるのだが、愛情となると……妻との結婚は恋愛感情から波及したものじゃなかったので。
 人を恋愛感情として愛せないという点において、俺は人間失格なのかもしれない。
 情は理解できるのに。

「隊長は結婚なされて、お子さんもいるのでしたよね?」

「まぁな。その言葉通りのものじゃあないが」

 ふっと鼻で笑うと、部下はきょとんとした目で俺を見た。
 意味が理解できなかったのか想像しきれなかったのか俺にはわからなかったが。

「私の言った単語の中に、曖昧さを含むようなものはなかったはずですが?」

 部下は納得しないと気がすまない性質なのかそれとも純粋に問うたのか分からなかったが、俺はその問いに答える気はなくただ月を眺めた。
 それにずがずがと入り込んでくるほど愚鈍ではなかったようで、部下は俺を習うように真っ直ぐ月に視線を向けた。
 そうして、少しの間無言で時をやり過ごすと、部下はどこか震えたような声音で聞いた。

「隊長は怖くないですか?」

 問いかけた質問は、人間の本質を突くものだなと苦笑した。

「怖いさ」

「"戦場の鬼人"なのに?」

 不思議だ、と言わんばかり声音だった。

「そんなもの関係あるか? それは所詮他人がつけたものであって、俺の人間である性質を曲げられるものじゃない」

 そうだ。"鬼人"だの"火竜"だの言われても精神に多少の欠落があったとしても、人間であることに変わりはないのだ。
 急所を突かれれば死ぬし、死ぬということに対して恐怖を感じる。それは何の裏すらもない純然たる恐怖だ。本能などと言ってしまえば簡単な話だが、そこには様々な思いが含まれる。俺の場合は……なにもやり遂げていない状況だからだろう。寝て起きれば後は戦い三昧という暮らしは遊戯のように楽しいが、刹那的で空虚しか残さない。
 俺の中には確固たる形をした何かが残ってはいない。
 だから、死に恐怖を感じるのだと思う。
 その確固たる何かなど俺には分からないけれど。

「そうですね。……私も怖いのです。死と隣り合わせの日常において、普段は恐怖を麻痺させることが出来るのですが、今日のように月夜の綺麗な晩にぼぅっとして彼女のことを思い浮かべると、ふつふつと腹の奥から『死にたくないっ!』と叫び上げるような恐怖が私を包み込みます」

 恐怖に覆い包まれているときに隊長に話しかけられたのですよ、と部下は笑った。
 普通はそういうものなのかもしれない、と俺は納得した。
 なにか、自身が死んでしまうと困る――執着するようなもののために死にたくないと思うのかもしれない。
 それは先ほど部下が言ったように恋人かもしれないし、妻や子供かもしれない。
 自分の遺伝子を受け継ぐ――受け継ぐ要素のある番いや子供を残して死ぬことに恐怖を覚えるのかもしれない。

「隊長は――やはり奥さんや子供を残して逝けないと思うから、恐怖を感じるのですか?」

 聞いてから、部下は当たり前ですよねとその場を取り繕うような笑い方をしたが、俺はそれに対していやと否定した。

「俺が死にたくないと思うのは己の矜持のためだ」

 突き詰めれば、きっとそこに行くのだろう。
 それほど綺麗なものでもなかったが。

「なんだか、隊長らしいですね」

 部下は俺に顔を向けるとにこりと笑った。



      >>20070125 戦争ってイメージしづらいなァ(今更!)。



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