本質なる核




 俺の噂を知っているのか、血で胸当てを汚し息を乱さず立っている俺に恐れをなしているのか、敵は顔を引きつらせながら間合いを取り、一人が先導するように動いたのを受けて三人が一斉に切りかかってくる。
 それを俺が右手に持った何処の物とも知れない安っぽい剣で受け止めると、後ろから切りかかってくる気配を感じ受けていた剣をやすやすと弾き返しながら右横に身体をそらした。
 勢いを止められない敵はそのまま刃を振り切り、体勢を立て直しきれない三人の敵のうちの一人がざくりと切られて悲鳴を上げた。
 金切り声を聞きながら、右手に持ったままの剣を裏手で横に振る。
 見事首に当たったそれを力任せに振り切ると、味方を切り裂いて顔を引きつらせていたであろう敵の首が飛んだ。
 そうしてしゃがみながら左手に首の飛んだ胴体が所有していた剣を取りながら、反応を見せない無事であったはずの二人のうちの一人に蹴りを加えるとぐぇっと蛙を潰したような音が聞こえた。
 ぐるんと一回転を済ませ、敵の姿を確認すると恐怖にどうしようもないのか剣を構えたまま後ろへと下がろうとするので、叩きつけるように右腕の剣で斬り殺すとキックで倒れた男の胸にざくりと剣を突き刺した。
 そうして更に襲い掛かってくる敵を左手の剣で捌きながら、右手に死体から剣を奪い去る。
 胸当ては綺麗な銀色をしていたというのに、既に赤く染まりあがっていた。
 心臓はばくばくと早鐘を打っているというのにそれほど興奮しないのはこの状況が明らかに俺に対して優勢な所為だろうか? それとも、命のやり取りを出来るような好敵手に会っていない所為だろうか?
 ……本当に、妻と戦いたくなってきた。
 彼女はあまりにも綺麗な戦い方をするため。俺の粗野で無骨な戦いぶりとは違い策略と計算された動きで翻弄する様は見事だ。それでも、俺が辛うじて勝っているのは戦いに対しての執着心があまりにもある所為だろうか。

「鬼人めっ!」

 憎々しげに叫ぶ声が悲鳴や交じり合う金属音の中から聞こえてきた。
 それでも気にせずに叫んだ敵をざくりと殺せてしまう様は確かに鬼人なのかもしれない。
 敵を切り裂きながらそんなことを考えると、甲高い一声が敵陣から上がった。

「敵国が消滅した! この戦いは我々の勝利だっ!」

 なに、と俺は顔を強張らせた。
 脳裏に思い描くは、妻と子供の顔。

「信じるんじゃねぇ!」

 俺は咄嗟に怒号を上げた。
 これを信じてしまったら味方の士気は格段に下がる。人間的な絶望よりも先に発せられたのはそんな戦略的概念だった。
 しかし、敵の士気は上がった。
 なにせこれを済ませてしまえば自分は無事に帰れるのだ、自国の勝利が決定したのだから。単純に勝利の喜びから士気が上がるでもいい。どうにしろ、敵国にとっては良い知らせであり、良い作戦でもある。
 敵の勢いが増す。

「ちっ! 何してるんだっ」

 しかし、叫んでも何の返答もない。
 動揺している様が振り向かなくても伝わってきた。事実を信じたくないという気持ちとそれをこの目で確かめられないという不安。そして、本当であるのならば家族や恋人――愛する人を失った絶望。
 敵国の情報を信じてよいものか確かめる要素など何一つないのだから、絶望はともかくとして不安は味方全てに起こり、士気が下がっていく。
 この心理作戦によって受けた自軍へのダメージは大きかった。
 後ろで雑魚を捌いていたはずの味方が倒れていく。
 ゆっくりゆっくりと後ろに後退していくが勢いのある敵に対して即座に捌いて下がることも難しく、舌打ちをした。

「――生きているか!」

 それは丁度後ろで戦っていたはずの味方に向けて発したものであった。

「隊長……」

 反応を見せた声は、昨日の夜に話しかけたあの若い兵士だった。
 見ると、絶望に打ちひしがれた瞳を俺に向けていた。

「は――ですかね?」

 声はほとんど聞き取れなかった。
 しかし、言いたいことはその瞳を見れば分かるような気がした。きっと、この戦争が終わったら結婚する約束をした女性の安否を気にしたのだろう。
 俺は大きく口を開こうとした。
 だが、それよりも先に彼の首が飛んだ。
 青い空に弧を描き、ぽとりと落ちていく。
 安易な気休めを言うよりも先に、彼は絶望の淵で死んだ。
 ぞくりと、死が一歩俺に近づいたような気がした。

「くそっ」

 俺は腰につけたままだった切れ味の良い剣を抜いた。
 一振りで敵を一刀両断し首を刎ね突き刺しながら、艶美な弧を口元に描きながら微笑む妻の顔を思い出した。
 どうしてだか、彼女が死ぬとは思えなかった。彼女が死ぬときは、彼女自身のどこかにある目的を達成してからだと確信していた。だから、彼女の死がどうしても現実のものとして思えず、そしてそれ故に身内を失うことへの恐怖という心理ダメージはなく、今の状況にはなんら影響を与えやしない。
 ただ、今勢いは敵にある。
 ばれてしまうような嘘を戦場で言うわけがないのだ。軍師が城へ確認を取り、隔幻話ヴィジョンで王が『我が国は滅びていない』とでも宣言すればおしまいだ。そんな見え透いた嘘は怒りしか買わない。
 しかし、それを敵国も承知の上で言った。
 だからこそ、真実なのではないかと皆を恐怖に陥れたのだ。
 そして、まだ王の言葉がない。それがなによりの真相に思えた。
 勢いは増す。

「誰かいねぇのか!」

 怒鳴りつけるように味方の確認を取ろうとしても、声は響かない。
 剣を振り回しながら三百六十度くるりと見渡しても、自国を示す銀色の胸プレートをしたものは誰もいなかった。
 ――ならば、俺一人でこの戦場を抜けなけりゃいけねぇのか。

「やってやろうじゃねぇかっ!」

 叫び声を上げずにはいられなかった。
 それと同時に部下達の顔が思い浮かぶ。第一部隊はどいつも俺を恐れているのか尊敬しているのかいまいち分からないがあまり俺に話しかけてくるということはなかった。
 しかし、切り込み隊という性質上粗野な男どもで構成されており、嘘をつく必要のない性根の真っ直ぐさは心地の良いものだった。
 そんな第一部隊の連中は見渡すかぎり誰もいない。
 きっとこの範囲にいないということは全員死んだのだろう。
 この部隊は死地を切り開かなくてはいけないという性質上、こんなことでおめおめと引き下がるような根性のない奴はいなかった。
 少しばかりの悲しみが胸をよぎる。
 それは妻の死を実感できない以上、一番胸を痛めた事実だった。
 しかし、それも一瞬のこと。
 先へ先へと敵を倒しながら進んでいく、刹那のような場所において胸を痛めている余裕などない。
 切れ味の良い剣で敵を切り裂いていくが、敵のほうも士気が上がり勢いが出た所為か斬り殺すための一人当たりの時間が長くなる。そして、血に濡れていけば、切れ味の良い剣もただのなまくらに成り下がり、俺はとうとう愛剣を捨てた。
 そうしながら切り裂いた敵の剣を拾い剣を代用していくが、敵の勢いは時間経過ごとに増すばかりで、時間が増すことによりじんじんと俺の腕がしびれてきた。
 だんだん敵の剣を捌くのすらも手間取るようになり、"戦場の鬼人"を倒せるとでも思ったのか敵の勢いは更に増す。
 真っ直ぐに襲い掛かってきた敵の剣を捌くが、後ろに控えていたのかもう一人俺の胸に向かって立ち向かっていく。弾いて宙に浮いた剣でそれを捌くことはできず、咄嗟に身体を左にそらし致命傷を避ける。が、左肩まっすぐに剣は貫かれていた。
 久しぶりに感じた痛みに顔を歪めるが、そのまま俺の肩を貫いた敵を切り裂いた。
 痛みで動きが鈍くなる。
 ここで抜いては出血により更に身体の動きが鈍るとそのままにしたまま動くが、余計なものが付属してしまった所為で身体の動きが随分と遅くなった。
 それを転機とでも見たのか、敵が連続で襲い掛かってくる。
 手前で真っ直ぐに来た敵を捌き、そのまま横の敵に左肘で打撃を与える。後ろに気配を感じ身体を動かそうとするが、別の敵が肩に刺さったままの剣に触れた。
 痛みに身体が一瞬硬直する。
 次の瞬間には腹部に痛みを感じた。
 どうやら、まっすぐ腹部を貫かれたらしい。剣が俺の腹から飛び出していた。
 それでも動きをやめることはなくどうにか敵を斬り殺すが、見えないはずの終わりが見え始めた。
 ――死ぬのか、ここで。
 もう一本剣を腹部に刺され、そして左太ももに刺された時点で朦朧とする意識の中そんなことを思った。
 怖い。
 死ぬのが怖い。
 矜持とかそんなものはどこにもなかった。

「あ、あああ……」

 それは純粋なる恐怖。
 それは純粋なる絶望。
 それは純粋なる渇望。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……生きたい。

「うわぁあああああっっ!」

 くるくるくると人間としての感情が蠢き爆発し、その先の魂に見たものは。

「そうか、そうだったのか。俺は」

 戦場は一瞬にして静まり返った。
 人一人いない状態で。



      >>20070131 人間臭さが出てればいいなァ。



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