買い食いという文化は考える葦と言われる人間が作り出した最高の文化の一つだ。
 少し大きな街に滞在していた私はそんなことを思いながら、串刺しにされたから揚げを頬張る。
 焦げ茶色の短い髪はさらさらと私の首元を柔らかく撫で、纏わりつく魔道銀ミスリルのマントをややうっとうしげに捌きながら、街路樹が等間隔に並ぶ街を歩いていた。
 それはどこか目的地に向かうものでも必要性に駆られてしているのでもなく、ただひたすらに興味あることを探そうとする旅人ならではの野次馬根性の一端だろう。情報というのはどんな分野でも必要なのだ。
 私は人と喋ることが苦手ではなかったので、人を介しての情報収集という奴を止めた事はない。
 そういえば、以前縁があり旅をしていた合成獣キメラの男はその姿を人に見られることを嫌っていたようだったけれど、人からの情報収集はどうしているのだろうか? あの、白いフードを被りながら話しかけられでもしたら怪しくてしょうがないと思うのだが。
 ……いや、それを言ったのなら悪の女魔道士ルックを好んでしていた高笑い女のほうがよっぽど怪しいだろうけれど。
 などと、自らを知らず旅をしていた怒涛の日々を思い出しながら、それでも自らに課している義務をこなすために地元の人らしき中年の男性に話しかけた。
 何か面白い伝承や出来事はなかっただろうか? と問いかけると、中年の男性は悩むように手で顎をさすりながら視線を上のほうに向けきょろきょろと眼球を動かす。

「ああ、そういえばこの街から十日間ほど東に歩いたクロノスという町では今、時が止まっているらしい」

「時が? どういうこと?」

「さぁ、俺は聞いただけだからなぁ。そこに行った商人がまるで時が止まったように動かない人々を見て、"時の止まった街"なんて称していたよ」

「時の止まった街、ねぇ……」

 とても興味を引かれる。
 その商人とやらが嘘をついていてもさして落胆しない程度の突拍子のない話であったし、もし本当ならば私の好奇心を十分にくすぐる話だ。
 ありがとう、と礼を述べた私はすでにクロノスという街へ行くことを決める。
 それは風のように流れる旅人だからこそできる、自由気ままで酷く適当で曖昧な決め方だった。
 そうとなれば、食という最高の楽しみを常に行うため編み出された立ち食いを嬉々として繰り返しながら街を見物するだけである。
 私は串に刺さった唐揚げを頬張った。




      造られしもの




 街道を東に歩いた先に街が存在した。
 街といっても集落に近い。森に囲まれたそこはまるで外から隔離されたようにひっそりと静まり返っていた。まるで、誰も居ないかのように。

「んー、案外信憑性が高かったりして」

 自ら呟いてみて、なんだか笑えた。
 時が止まった街だなんてあるわけがない。だって、確かに時はちゃくちゃくと進んでいるのだから。
 私が他の誰かだと分かった時に止まってほしいと願ってから、すでに。
 と、入り口から直ぐに人が見えた。私はやっぱり眉唾物だったかと心の中で苦笑しながら、残念にはげている髪型の中年男性に話しかける。

「あのー、すみません」

 しかし、返事はなかった。
 無視されているのだろうかと思ったが、しかし中年男性はその場からピクリとも動かない。
 まるで息のひとつもしていないように、ぴたりと横を向いて笑って手を上げているだけだ。
 もしかして。

「嘘でしょ……!」

 私は思わず中年男性に駆け寄って肩をゆすった。
 しかし、まるで接着剤で地面とぴたりと止められたかのように揺れることもなく、思わず口元に手を寄せると息をしている気配もない。心臓部分に耳を寄せてみても、規則正しい鼓動すら聞こえない。
 つまり、本当だったのだ。――時が止まった街というのは。
 しかし、彼だけかもしれないと思わず駆け出していた。
 流れる景色に見かける人々は中年男性のように動く気配すら見せず。
 私は息を切らしながら、町の中央部らしき井戸の傍で息を吐いた。

「馬鹿にできないもんね、噂って奴は」

 息が整ってくると、思わず空を見つめた。
 雲ひとつない晴れ。まるで、この街に起こっている事件など無意味だと言いたげにただ澄み切っている。
 ふと、そこに殺気を持ちながら蠢く音が聞こえたような気がして、私はとっさに両手で円を作るように柔らかく組み呪文を唱える体勢を整えた。
 蠢くそれらは私が自分たちの存在に気付いたのを知ったのか、静かに息を潜めていたのを止め一気に襲い掛かってくる。

烈閃槍エルメキア・ランス!」

 手の中に出来上がった青白い光の槍は、まっすぐ私に襲い掛かってきた蠢くそれに当たる。
 酷く汚い悲鳴が上がり、それは簡単に絶命した。
 蠢くそれは――レッサーデーモン。
 魔道士にぽこぽこ召喚されてしまう程度の弱さを秘めたそれは、だがしかし魔道士や魔法剣を持った剣士でなければ圧倒されてしまうほどの力を持ち、集団で襲い掛かられた日にはそれなりに苦戦してしまう程度には強い。
 そして、今回も例に漏れず十体という微妙な数で攻め入られたので、軽く苦戦しそうな予感がして思わず竜破斬ドラグ・スレイブを打ち放ってもいいかなぁという程度にはげっそりしてしまう。
 だがしかし、いくら止まっていようともここは町のど真ん中である。
 そこで竜破斬は人としてまずいような気がする。正直、イライラしているときや本気で面倒なときは簡単に打ってしまうような気もしなくもないが。
 ぐるるる、とまるで攻撃したくてしょうがない犬のようなうめき声を上げたレッサーデーモンに私は深く深くため息を吐きたいところをどうにか抑えると、己で覚えた呪文の中からどれがいいだろうか、とセレクトを開始する。
 レッサーデーモンのほうは犬猫ほどの知性しか存在していなくとも警戒心は持っているのか、最大限の殺気を放ちながら睨み続ける私を警戒しこう着状態が続いたのだが、焦れたように一匹が襲い掛かってくるとそれにあわせ他の奴らも襲い掛かってきた。
 中心から逃れるように身を引いた私は、まとまって襲ってくる彼らに対して呪文を打とうと手をかざす。だがしかし、後ろに気配を感じてやばい、ととっさに振り向くとレッサーデーモンを視覚して身構えた。
 後ろから襲い掛かってきたそれは、ぐるるるるぅぅ! と叫び声を上げながらその爪で私を切り裂こうと手を振りかざしたが――。
 真っ二つになったのはレッサーデーモンのほうで。
 灰になっていく先に見えたのは、一人の男だった。
 ロングソードを両手に持ち、真っ直ぐに切れ目をこちらに向けている。
 それは、妥協を許さぬ真っ直ぐで鋭い黒い目だった。

「――油断するな!」

「わかってるっ」

 私は軽口を叩き、再度襲い掛かってくるレッサーデーモンの塊にややキレつつ魔法を放った。

崩霊裂ラ・ティルトっ!」

 精霊魔法最大呪文は対魔族としてはかなりの威力を示すもので、レッサーデーモンを一掃するには十分すぎるものだった。
 ふぅ、と息を吐きながら一瞬にして灰になったレッサーデーモンたちが居たその場所を見た私は、くるりと後ろに居る男のほうを向く。

「ありがと。助かったわ」

 助けてもらわなくてもどうにかなるにはどうにかなるのだが、一応助けてもらったお礼を言うと男は背中にロングソードを戻しきょろきょろと辺りを見渡して不思議そうな表情を見せた。

「ガウリイはどうした? あんたら結構お似合いだと思ったんだがな」

 その言葉にああ、と声を発していた。
 つまりリナ達の知り合いだったのだろうと。
 なんだか疲れたような気がして、やや投げやりに私は言った。

「人違いよ」



      >>20100322 マイナーキャラクター達を会わせてみました。



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