次の日、朝早くに起きた私は昨日と同じく簡単な朝食の準備をするレオンを手伝い朝食を作り(物足りない量であったが)平らげると、まだ見ていなかった残り半分の家を回ることにした。
 町を歩くと、否応なしに固まって時を止めてしまった人々の姿が目に入る。

「……これって、どういう原理なのかしら」

「俺に聞くな。魔道士のアンタでも分からないことを俺が分かるとでも思っているのか?」

「でも、人生経験は貴方のほうが長いと思うし」

 しょせん、私は生まれてから五年も経っていないのだ。数十年生きているレオンのほうが人生経験は長いに決まっている。もっとも、こんなこと出来そうなレベルの魔族に出会った確率で言うなら私のほうが上かもしれないが。レアものである高位魔族に会っているのだし。
 けれど私の言葉の意図を正しく理解できなかったのか、レオンは呆れたような目で見た。

「俺とアンタでさほど人生経験に差が出るわけないだろうが。俺は年寄りか?」

「年寄りには見えないわよ」

「違うっつーの」

 ピントのずれた会話すると、レオンは疲れたように溜息を吐いた。
 私としては別段ピントがずれた覚えはないのだが、レオンからしてみれば私の発言はすっとぼけたものであっただろう、疲れるのも理解できる。
 理解できるが、だからといって改善する必要もない。

「やっぱりアンタ、リナ=インバースじゃないみたいだな。奴はそんな風な話し方をしそうにない」

「まだ疑ってたの?」

「一応な」

 リナが彼を騙して得するようなことはなさそうに思うけど。せいぜいある利点と言ったら、ガウリイ関連ぐらいなものだろうか。でも、それにしたってガウリイの過去なんか気にしそうにないリナには不要なものだろう。……もし私なら、過去を気にしてしまうのかもしれないが。
 まぁ、レオンが疑っているのは本当に念のためであり、傭兵としての防衛作だというのも分かっているのだけど、疑り深いのもいかがなものかと思う。

「――私がリナであるわけないでしょう? 私は、あんなに強くないもの」

 選ぶことの重みも知っているのにガウリイだけは守りたいと思い手段を選ばず、手段を選択して重みを背負うと知りながらなお生に固執し続ける彼女のようには。

「……そうか」

 レオンは一言だけ呟くと、まだ探していない家の扉を開けた。

 今日見回った家の十三軒目、昨日から数えると四十軒目ほどでついに日記帳らしきものを見つけることが出来た。
 どれだけ日記をつける習慣がないのよ、この町。
 と言う私も、日記をつける習慣なんかないけど。
 その日記帳は、黄色い装丁がなされている可愛らしいものだった。
 鍵などはかかっていなかったので見るのはたやすかったが、人のプライベートをのぞき見るようなものなので心の中で一瞬だけ謝ってから表紙を開く。
 女の子らしい丸い文字で綴られた言葉は日常の他愛もない話だったり、特定の名前への思いのたけだったりした。
 ぱらぱらと読み進めていくと、気になる文章を見つける。

「ねぇ、レオンこれ」

 私が指差した場所をレオンも覗き込む。
 そこにはこう記載されていた。
 某月某日、栗色の長い髪の女魔道士さんを見かけた。風になびく栗色の髪が羨ましいな、私真っ黒なんだもの。
 また明々後日後のページを開き、問題の箇所を指差す。
 某月某日、前に見かけた女魔道士さんを西の森にある廃屋で見かけた。母さんに聞いてみたら、住み着いちゃっているらしい。見たとき一瞬別人かと思った。だって栗色の髪が真っ黒になっちゃってたんだもの。あんなに綺麗だったのに染めちゃったのかな?
 その次のページには文字が刻まれておらず、日記はそこで終了していた。

「女魔道士か。単純に髪を染めただけとも考えられるが……」

「でも、なにか呪術を使っていて体に変化があったのかもしれないわ。魔道士なのだし、ジャンルや研究内容によってはおかしくないでしょう?」

「まぁな。分かるとは思えないが、宿屋で台帳を確認してみるか」

 とりあえず宿屋へ戻る算段をつけて日記を元の場所に戻し、くるりと後ろにいたレオンのほうを向くと突然音が響いた。
 まるで、悲鳴を上げるような女性の歌声。

『あたしの望んだ貴方は強く美しい焔。
 水晶の中で眠り続ける貴方は強く美しく生命の息吹をその中に閉じ込めたままだった。
 あたしは、そんな貴方の代価品として生まれたの。
 水晶に手を触れ眠りにつくあたしと同じ輪郭をしたあなたの線に触れながらあたしは祈った。
 世界の中心にいる貴方になりたいと』

 美しく引き込まれてしまいそうなのに、まるで混沌の言葉カオス・ワーズのように聞こえる。

『けれど、でも貴方はあたしを知ろうともせず深い眠りから覚めてしまって』

 聞きほれてしまっていたと思い、ふと体を動かしてみようとすると鈍く感じた。
 身体の動きすべてがまるで遅鈍の術でもかけられた様に、鈍い。
 私ははっとして唇を動かした。

『この広い世界が貴方のもののままで、あたしに振り向いてくれないと言うのなら。
 あたしはただ祈ることしか出来ない。
 あたしを拒絶する世界の。
 あたしを見てくれない貴方の。
 時よ』

無音サイレント!」

 そして、終結の言葉が紡ぎ出される前に音を遮断するオリジナルの技を叫んだ。
 結界術を音のみ遮断するように変形させたものだ。安い宿に泊まるときなど、寝ているのに隣の部屋から変な音が聞こえたり、一階で飲み会をしているのかおっさんの豪快な笑い声が聞こえたりするのでそれの対策としてこの呪文を編み出したのだが――まさかこういう役立ち方をするとは。
 術の範囲を拡大してレオンも無音の結界内に入れたため、突然唄が聞こえなくなったことに首を傾げていた。

「なにをしたんだ、ファイン」

「音を遮断したの。――あの唄が原因なんだわ」

 そう言うと、レオンはすっと目を細めた。

「この町の時が止まっている原因か?」

「ええ、確証はないけど。あの唄は混沌の言葉なのよ。いえ、もしかしたら力ある言葉なのかもしれないけど。――どちらにしろあの唄を聴いているだけで私の腕は自由に動かなくなったもの。レオンは感じなかった?」

 私の言葉に、レオンはそうかもしれないと同意した。

「唄での呪文など聞いたことがないもんだからな、別段気にせず聞いていたんだが」

「ま、貴方は傭兵だもの。でも魔法の論理を理解して混沌の言葉に転換することが出来れば、どんな形であろうとも精神世界面アストラルサイドから力を引き出すことは可能よ。今回はたまたま唄だっただけ。――唄が聞こえたのは」

「西の方向だった」

 私はその言葉に同意し、動くことにした。



      >>20100504 唄の内容で結末が読めたのではないかと思います。



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