「出来損ないを殺したばかりだというのに随分冷静ですね、ファインさん」
突然現れた神官服の男に警戒したレオンは背中にある長剣に手を掛けようとするけれど、私は前に手を出すことでそれを制した。
「リナならともかく私達じゃ手に余る存在よ、彼は」
すると、私の言葉を信じてくれたのか警戒はしたままだったけれど長剣を抜く気配はなくなった。
それにほっとしながら、私は目の前の神官を見る。
神官は変わらずおかっぱの髪を揺らしながら、にこにこと表情を読ませない笑みで私の答えを待っていた。
人を殺しても――姉妹と呼べるものを殺しても平然としていられることへ対する答えを。
「私はこれまで貴方たちが出来損ないと評する模造品を殺してきたわ。その場に居たガウリイ達がなんといっても、私が姉妹と呼べる模造品達を殺してきたことは事実だし、それにまた一つ追加されたとしても私が背負うべき重みが増すだけで、悲観できる立場ではないし悲観する立場であっていけないから」
私は冷静であるべきだ。せめて、人の目がある場所では。
「そういうものですか」
「案外、そういうものよ」
理解できない様子で呟く神官に、私は彼の言葉を肯定してほんの少しだけ笑った。
「それよりも、貴方が嘘をつくだなんて思ってもみなかったわ」
魔族は嘘がつけない。
嘘は精神体に歪みを及ぼし、精神体だけの存在である魔族はその歪みに耐え切れず消滅してしまうのだから。
しかし、神官は私の言葉に何を言っているのか分からないと言いたげに首をかしげた。
「嘘?」
「ええ、髪を切ったから黒くなっただなんて」
私は以前、戯れ半分に現れたゼロスに聞いたことがあった。模造品として作られ"生まれた"当初、リナと同じく明るい栗色の髪と栗色の目をしていたというのに、なぜ焦げ茶色へ変化したのだと。
その時、ゼロスは感情を隠す笑顔を被せたままなんてことのないように答えたのだった。髪を切ったことによって私の体に施した術印が崩れて色素が変化したのだと。
「本当は、作戦が失敗したときのための予備術印が作動すると模造品は色素が黒く変化するのでしょう? ――上手く作動している証として」
だから、望まぬ唄を歌わされた模造品――ジーウは恐らくリナと同じであっただろう栗色の髪と目が黒く変化した。ゼロスが髪の毛の先まで施したという術印が発動した証拠として。
しかしゼロスは私の言葉に対し戸惑うこともなく、にこやかに微笑んだ。
「貴方の言っていることは当たっていますが、僕は嘘をついた覚えもありませんよ。貴方の場合は髪を切ったからこそ術印が歪み、色素が黒くなり始めたのです」
貴方に対して術印を発動させた覚えもありませんしね、とゼロスはにこやかに微笑みながら肩を竦ませた。
「じゃあ、他の模造品達にも同じような現象を起こしているものがいるってこと?」
「まさか」
単純な疑問として問いかけた私の言葉をゼロスは一蹴した。
私達はリナの模造品として作られたからといっても、生きていることに変わりないのだ。それをなぜ、一言で否定できるのだろうかと私は神官を見た。
「他の方々は貴方と違い、始めから自分たちがリナさんの模造品だと理解しておりました。模造品だと分かりながら生きている者達にとって原型品と同じくあるのは当たり前のことで、そこからオリジナリティを出そうだなんて気が起こるわけないでしょう? 他者から見ておかしいことであっても、そうだと思い込んだままで生きていけるものなのですよ、人間なんてものは」
それは無知ゆえの刷り込みだと私は思った。
何も知らないから――、個がないことに対する恐怖を知らないから模造品のままいられるのだ。
「それは幸せなの?」
「さぁ? 僕達は人間達の感情に振り回されながらも人間達の――生きとしいける者達の感情を理解は出来ませんから。それを知っているのはむしろ貴方のほうでしょう、ファインさん」
「それもそうね」
生きとしいけるものの感情を知っても理解できない魔族より、どのような感情を発しているのか分からないが感情を理解できる私達のほうがきっと、遥かに幸せなのか不幸せなのか判断できるに違いない。
私はそんな感情論よりも、まず状況把握のために聞かなければいけないことを神官に問うた。
「じゃあ、生き残っている模造品達は貴方にしたくもないことをさせられているの?」
「ええ」
それは秘密です、とはぐらかされるかとも思ったがゼロスは意外と簡単に私の問いに答えてくれた。
彼のささいな問いかけに答えたからだろうか?
「幸い、リナさんは人間の中では上位に位置する魔力の持ち主ですから。僕らには遠く及びませんし
赤眼の魔王
(
ルビーアイ
)
様を身に潜めた人間と比べても魔力は格段に落ちますけど、血筋による魔力の強さは彼女の遺伝子を利用し貴方がた模造品を作った際には利用できます。その利用結果が、これなんですよ」
失敗したものの再利用まで考えるだなんて、僕はなんて物に優しい魔族だと思いませんか? と戯言をほざく神官に私は冷ややかな目を向けた。
にこにこと能面のような笑みを貼り付けたままの神官に、私はその張り巡らされた謀略に溜息を吐く。
「で? 失敗した物の再利用まで考えるほど合理的な貴方が私の前に現れた理由はなんなの?」
ただ感情を喰らいたいからとか、娘とも言える(というかそんなわけないのに勝手にほざいている)私にただ会いたいからなどという合理的でない理由から私の元へ出向くとは思えない。
感情を喰らうにしても戯れを提示するためそこにいるだろうし、彼自身に理由がないとすれば彼の上司の命令により動く。
それが魔族の模倣のようなこの神官の行動理由だ。
彼は私の問いかけに待っていましたとばかりに、にこりと口元に弧を描いた。
「さすが、模造品の中で一番の出来であり一番の失敗作であるファインさんです。僕の行動概念もご存知のようで」
「貴方の行動概念なんか知りたくもないわよ。それよりも理由言ってくれない? この不愉快な時間をさっさと終わらせたいんだけど」
腰に手を当て眉をひそめつつ神官へ本題に入るよう促すと、彼はしかし不愉快そうな顔をするわけでもなくここへ現れた理由を述べた。
「僕は貴方をそれなりに気に入っているんですよ。逆境の中立ち向かおうとする様はリナさんとよく似ていますしね。僕らの計画に一番従ってくださりそして一番逆らってくださった貴方に敬意を表して、貴方と同じ境遇である模造品を術印から開放するためのお遊びを提示しようと思いまして」
「それは助かるわ。私だって自分の姉妹といえる模造品たちが苦しむさまなんて見たくないもの。で、私はどう貴方の手の上で踊ればいいわけ?」
「そこの男性」
ゼロスが指差した先にいたレオンを見ると、自分にスポットが当たったことに驚いたのかぴくりと体を震わせていた。そうして、訝しげに神官を見ている。
私はレオンと同じくゼロスを見た。
「彼を空に月が満ちるときまで僕の放つ魔族から守れたのなら、模造品たちに施した術印を発動させるのを止めましょう」
「彼は無関係だわ」
表情を変えず、私は神官にそう進言した。
模造品達と神官のことは私の問題であり、彼は何一つ知らない。例えば私が私のことを模造品だと知ったあの旅の中で彼と出会っていたのならそう言い切れなかったが、彼は
獣王
(
グレーター・ビースト
)
と
獣神官
(
プリースト
)
が立てた計画の中に一寸たりとも紛れ込まなかったのだから。
それを含め神官を見たが、彼は楽しげに私達を見るだけだった。
「僕は原型品であるリナさんに敬意を表してこれを提案したのですよ? リナさんもまた、僕達のたくらみの中でガウリイさんという存在を人質にとられた。模造品らしく倣うのならば、人質を仕立て上げるのが道理でしょう」
「私とレオンにリナとガウリイほどの信頼関係がないとしても?」
出来るわけがないのだ。
知り合って数日しか経っていないし、事件は二人の心を近づけるほどのエッセンスにもならない。確かに、私はレオンに対し知り合いよりもうちょっと親しみを持ったぐらいの感情を抱いていたが、それはリナとガウリイの関係から比べるとほんのささいなものだ。
「けれど、貴方にはリナさんとガウリイさんのような絆を持った相手はいらっしゃらないでしょう?」
「そうね」
私は肯定した。
深い信頼関係などを持ち込むほど人と付き合った記憶がない。それこそ、リナとして旅してきた時に出会った愉快な面々が一番絆を持てていただろう、と断言できるほどに。
「だったら、そのあたりは目を瞑るしかないでしょう」
「……土台がないのならば諦めればいいと思うんだけれど」
呆れ気味に溜息をついた私に、神官ははっはっはっはといたって爽やかに笑った。腹が立つぐらいだ。
「それでは面白くありませんから。どうぞ、僕の手の中で見事に踊ってください」
「いやよ」
「つれないですね、ファインさん」
よよよ、と悲しげに涙を拭く仕草を見せたが神官はとても楽しそうに微笑んでいる。
言葉で嘘をついてはいけないのに表情では嘘をついてもいいものなのだろうか、と思考の片隅で思いながら私は息を吐いて肩を竦めた。
「けれど、私に選択権はないんでしょ?」
「ええ。与えるつもりなんてありません」
さも楽しげに語尾を上げた神官を殴りたくなった。
殴っても平気だと思うが、ダメージの一つも受けないだろうし私の手が痛くなるだけなのでやめておく。
「では、ファインさんに諦めてもらったところで今日のところは退散します。このゲームの決着がつく時に会いましょう。……ぜひ、楽しませてください」
にこにこと微笑んだまま、神官は消えた。
私はため息をつき、レオンのほうを見ると理解できないといわんばかりに漆黒の目で見られる。
「事態がいまいち飲み込めないんだが」
「巻き込んだだけよ」
説明を求めるレオンに、私は一言そう返した。
彼は私を睨み、それはわかっていると述べる。分かっているのならば、聞かなきゃいいのに。
「面倒ごとは避けて通る性質なんだがな」
「――その点では悪かったわ。でも、もう少し付き合ってもらうわよ」
私の姉妹達のために。
レオンは逆立った髪をぐしゃぐしゃと面倒そうに掻いた。
「群れるのは好きじゃあない。亜魔族ぐらいだったら、俺一人でもどうにかなるし勘弁したいんだが」
私はその言葉に鼻で笑った。
あの神官がレッサーデーモンを放ったぐらいで満足するとは到底思えない。原型品と同じ状況にしたいのであれば、普通に純魔族を投入してくるだろう。
原型品は……リナ達はそれらと戦い、そして彼女にとっての大切な人を守ってきたのだから。
「恐らく、純魔族も来るわよ。あれはそれほどの力を有しているから」
私の言葉に、レオンは訝しげな表情で聞いてきた。
「アンタとあの男の関係って一体なんなんだ?」
「そうね――、あれの言葉を借りるのなら親子関係みたいなものね」
私は鼻で笑う。
レオンはますます理解できないと眉間に皺を寄せた。
>>20100529
遊び心満載のゼロスさん(いつものこと)。
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