不変化




 生計の要である骨董屋は十時開店で、昼に休憩一時間をはさみ四時には閉めてしまう。
 定休日は木曜で、火曜と土曜はジラスさんやグラボスさんに店番を頼み家の中や家の裏にある庭で、ヴァルと遊び家事をこなす。
 普通ならばそれで生計など成り立たないのだが、商売を始めたころから来てくださっているお客様が広い交友関係をお持ちで新規のお客様をよく紹介してもらったり、常連のお客様方も私の事情を知っており、電話予約を頂いたり営業時間内にわざわざ来てくださるので、いちおう今のところ五時間程度の勤務時間で成り立っている(ちなみにヴァルが生まれる前は経営を軌道に乗せるため十時開店の六時閉店にし、常時私が受付をしていた。骨董市に出向くため開かれる街でチラシを配ったりなど結構営業活動はしていた)。もっとも、骨董という性質上夜遅くまで客が絶えることがないスーパーなどとも違うのでそれほど影響がないのかもしれないが。
 リーズナブルな商品も置いてあるが、主流が高級骨董品である私の店は主に壺の売れ行きがいい。私の得意分野が壺ということもあるのだろう。取り扱い品も壺が多く、お客様もそれを分かっていて買いに来てくださる方が多い。
 そういえば、骨董市に出向くとき耳にした噂では私の店は玄人向けらしい。私にはそのつもりはさらさらないのだが、一見さんお断りなんて話すらも出回っている。
 私はそれをどこか他人事のように聞いていた。
 確かに玄人のお客様の割合が多いのだが、時には骨董などほとんど知りません、と言わんばかりの戸惑った表情をしたお客様だって確かにいらっしゃるのだから。
 今日は土曜日で、暇を見つけて来てくださったグラボスさんに店番を任せると、私はヴァルと籠の中に入った卵のままである幼い子を連れて裏庭にピクニック用のシートを敷き、柔らかい日差しに包まれのんびりとボールで遊んでいるヴァルを微笑ましく眺めながら日光浴を楽しんでいた。
 と、ばたんっと音が響いて家の裏手のドアが開く。
 其処に居たのは困ったような表情をしたグラボスさんだった。

「姐さん、お客様が姐さんに用があるって言っていますが?」

 それはヴァルとの時間を邪魔することへの申し訳なさだったのだろうか。
 彼らはとてもヴァル=ガーヴを好きだったから。

「分かりました」

 だから、私は彼ににこりと微笑むとボールを持って泣きそうな表情をしているヴァルを見た。

「おしごと、いっちゃうの?」

 その声が今にも泣き出しそうで、だから私はヴァルに駆け寄るとその手に持っていたボールごとぎゅっと抱きしめた。
 抱きしめた体温で少しでも愛情が伝われば良い、と思いながら。

「ごめんなさい。でも、大切なお仕事でお客様も私を待ってくださっているから行かなくちゃいけないの。戻ってきたら、今度は二人でキャッチボールをしましょう?」

「……うん、ぜったいだよ!」

「絶対です。じゃあ、指きりげんまんしましょう」

 小さなヴァルの小指と私の小指を絡ませると、少し不安そうに瞳を揺らめかせているヴァルの目を真っ直ぐに見て、お決まりの歌を口ずさんだ。

「指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんの〜ます」

『指きった!』

 最後だけはヴァルも声を張り上げて、いつもの子供らしい活発な声で言ったものだからほっとしていた。
 本当はこの家にもう一人稼ぎ頭――父親的な存在の人が居ればいいのかもしれないが、独身である私にそれを望むのは無茶である。なにより、不毛な恋愛を貫こうとしているのだから尚更だ。その所為でヴァルに辛い思いをさせているのは本当に心苦しいが、それでも譲れない部分というのはある。どれだけ、彼に贖罪しなくてはいけないとしても。
 私は彼の青緑色の髪を緩やかに撫でた。ヴァルはとても嬉しそうに目を細め、私の行為を受け入れていた。
 それを嬉しいと感じるのと同時に、全てを話せずに愛情を向けられることへの苦しみを覚えた。それは自己中心的な感情であったけれど。
 ゆっくりと数度頭を撫でると手を離し、ぺこりとグラボスさんに頭を下げた。

「ヴァルとあの子を少しの間お願いします」

「ああ、分かっている」

 にこりと人の良い笑顔を浮かべたグラボスさんにいつものことながらほっとしつつ、裏手のドアをくぐった。
 最後ににこりとヴァルに笑顔を沿えて。


「お待たせいたしました」

 ドアを開けて人を認識すると言葉がするりと出た。
 其処に居たのは、四十代半ば程の外見をした白髪交じりの黒髪を上品に切りそろえ、ちょっぴり生えた顎鬚がダンディさをかもし出している男性だった。
 柔らかな物腰の彼は同じ街に住んでおり、開店当時からのお客様で新規のお客様も連れてきてくださる、骨董に関してはかなりの知識を持っている玄人の方だった。
 彼は私の姿を認識すると、にこりと柔らかく笑顔を沿えた。

「すまないね、今日はお休みの日だと知っているのに呼んでしまって」

「いえ、来ていただけるのが一番嬉しいですよ。ブルーノー様にもご都合というものがありますし」

 私がそうかしこまって言うと、ブルーノーさんは少し困ったように微笑んだ。

「なんだかフィリアさんに様付けで呼ばれると気恥ずかしいね。ご近所でうちのがよく喋っていると聞くと尚更ね」

「でも、仕事の範囲内ですので」

 確かに、彼の奥さん――ちなみにブルーノーさんは何故田舎町に定住しているのかよく分からない程度には大金持ちだった。貿易会社の会長らしい――とはよく食材を買うときや街中を歩くときにばったり会って世間話をよくする。子持ちの若い女性の一人暮らしである(もしくはそう見える)私を気遣ってくださり、時には手作りのジャムやらトマトソースなど長期保存でき重宝するようなものをどうぞ、と頂いたりする。
 どうやらその話は、夫であるブルーノーさんにも届いていたらしい。
 別に困るような会話をしているわけではないのだが、やはり自分の見知らぬところで自分の話をされるというのはなんだか照れくさい。無論、相手が自分に好意を持っていてくれていると知っているからいい感情を持てるのだが、もしゼロスが私の知らぬところで私の話をしていたとしたら、何を企んでいるんだ! と叫びたくなるだろう。
 つまり、紙一重だ。

「まぁまぁ、私とフィリアさんの仲じゃないか。せめて、さん付けぐらいにしておくれ」

「……それでは、ブルーノーさん、とお呼びいたしますね」

 これ以上断っても逆に相手に対して失礼に当たるだろうと思った私は、にこりと微笑んで妥協しておくことにした。
 すると、ブルーノーさんは嬉しそうに微笑んで、ではと話を始めた。

「今度、ベイゼルに支社を置くことになったんだよ。フィリアさんはベイゼルを知っているかい?」

 その言葉に、そういえばヴァルの卵を抱えて定住地を探しているときに行ったことがあったなぁ、と思い出していた。
 確か中規模の商業都市で、年中温暖な気温が続く熱帯地方だ。
 その所為か人々も情に厚い人が多くなかなか暮らしやすそうではあったが、中規模な商業都市ということもあって人の出入りが激しくその分犯罪も横行していた。
 なにより、私自身が彼に様々な気候を体験して欲しいと願っていて、結局其処は私達の定住地にはならなかったのだった。

「はい、一度行ったことがあります」

「ならば話が早いね。あの土地に合うような壺が欲しいのだよ。一応社長室に飾るものだからそれなりに威厳のあるものがいいのだけれど、年月の重ねた骨董壺はどれも気品に溢れているからその心配はないかな?」

 そうですね、と相槌を打った私は自分の店に置いてある骨董品の中でどれが一番いいだろうかと記憶を探る。
 すっと出てきた一品があって、私は彼の顔を見た。
 ブルーノーさんはにこにこと優しげに微笑んでいる。

「少々値が張るのですが、よろしかったでしょうか?」

「ああ。とりあえず、現品を見せてもらえるかな?」

「もちろんです」

 では少々お待ちください、と一礼し値の張るものを置いている奥の戸へと向かった。
 ここは一応鍵をつけて厳重に気温湿度調整をしているのだが、それでも扱っていると芸術的なその壺を破壊してしまうのではないかと少しばかり手が震えてしまう。
 真っ白な手袋をはめ骨董品たちが鎮座している棚の列をすっと見ると、手前から二番目に位置する戸棚の、上から三段目に納まっているその箱を取り出して、壊さぬようにと細心の注意を払いながらブルーノーさんの元へと向かった。
 ことり、とカウンターの上にその箱を置いた私はにこりと微笑みブルーノーさんへ来てもらった。
 丁度彼のところには机がなかったもので。

「お待たせいたしました。こちら253年前に活躍しました陶芸家ルベラーノ=チャリマーノ作"焔の揺らぎ"です」

 それはほのかな橙色がまるで燃えさかるかのように、上へ行くほど赤く鮮やかな色がついた壺だった。
 形としては少しひねりのある背の高いものであったが、形よりもその色の鮮やかさが目を引く作品だ。
 しかし若く活発的というわけではなく、年月を重ねたが故に見られる静かな情熱をこの作品は上手に表している。
 そしてこの色もまたベイゼルの気候にマッチしているのではないかと思われた。

「……ふむ、さすがフィリアさんだね。とてもセンスがいい。では、これを頂くことにしよう」

「本当ですか! 有難うございます」

「値段のほうを聞かせてもらってもいいかな?」

 にこりと微笑んだブルーノーさんは、嫌味にならない程度にそう聞いてきた。
 私は電卓を叩き、その値段を言いながら彼にその数字を見せる。百単位ではあったものの、やはり買うとなると偽者かどうかも含めて気になる値段ではある。
 もともと骨董品とは博打である。
 価値は専門家が決めるものであって、本人が決めるものではない。本物そっくりの偽者を掴まされることも、また多い世界であるのだ。そして、分かっていて嘘を吐かれない限りは法で保障もされない。
 私は骨董品に自信があったし、自身で決めて買った骨董の価値を見間違えてしまっても私のコレクター魂に火がつき勉強の嵐になるだけなのでまだいいけれど、あまりお金を持っていない人にとっては手の出しにくい分野であることは確かだ。
 しかしブルーノーさんはその程度なら即買いだよ、と微笑んで慣れた手つきで小切手にサインをすると、それを渡された。

「フィリアさんは値段も適正につけてくれるから、こちら側としてはとても安心できるよ。なのに、鑑定士の資格を持っていないだなんてとても不思議なのだけれど」

「もともと違う職業をしていましたので……。今はヴァルの子育てに手を追われていまして、なかなか勉強する時間も持てませんし」

 本当に不思議そうな声音で言われたので、私はくすりと少しばかり喉の奥で笑うとそんな風に言った。
 あくまで趣味でしかなかったのだ、骨董は。
 私には火竜王様に仕える巫女という大切な役割があったのだし。

「そうだね。ヴァル君の子育てがひと段落ついたのなら勉強することをお勧めするよ。フィリアさんなら絶対審眼のいい鑑定士になれるから」

「有難うございます。なんだか、そこまで言われてしまいますと照れますね」

「私は骨董壺愛好家として言っただけだよ……おや?」

 テンポのよい会話を交わしていると、ふとブルーノーさんは不思議そうに私の顔からは少し視線をずらしたところを見ていた。
 それが分からなくてふっと顔を横に向けてみるがやはりよく分からない。

「フィリアさん、少しばかり髪を触ってもいいかな?」

「え?」

「いや、黒いものが見えたような気がしてね」

 黒? と私は首をひねった。
 もともと私の髪は黄金竜の名にふさわしく金色なのだ。ストレートの長い金色は、昔の旅仲間に「綺麗ですねー」と褒められたこともある。私は彼女の濡れたようにしっとりと柔らかな黒髪が綺麗だと思っていたが。
 ともかく、私はどうぞとブルーノーさんに許可をした。
 すると、ブルーノーさんは私の髪を手にとって「やはり」と呟いた。

「ここ、一房だけ真っ黒ですよ? フィリアさんの髪は染めたわけでもなさそうですしねぇ」

 染めたのならそんなに綺麗な金色にはなりませんよ、と言ったブルーノーさんの発言にびっくりし彼の手の中を覗いてみると、確かに黒髪が存在した。金色の髪も混じっているのかところどころきらきらと輝いている。

「金色のほうが色素が薄いのですから、黒になるはずなんてないのですけどね」

 なんだかその一房ばかりの黒髪が彼との交わりを示しているような気がして、奇妙だった。



      >>20061108 骨董屋さんってどんな商売サイクルしているんでしょうね



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